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私の隣に終身刑

北辰商会の中庭には、干した布が風に揺れ、軒先では蜂蜜パンが焼かれ、奥の倉では新しく届いた麻袋が積まれている。


「透歌様、南部行きの荷、積み終わりました!」


「ありがとう。帳簿、あとで一緒に確認しようね」


 透歌は笑って応じる。


 かつては荒れ地だったこの場所が、今では人の声と足音で満ちている。


 北方の再生は、静かに、しかし確実に進んでいた。


 広場では、小さな“交換市”が開かれている。貨幣だけでなく、物々交換も認める仕組みを透歌が提案したのだ。


「干し肉と織布、どっちがいい?」


「じゃあ半分ずつで!」


 笑いながら交渉する声。


 北辰商会は、利益を出す組織でありながら、地域の“循環”を大切にしている。


「商会が全部買い上げると、依存が生まれる」


 透歌は以前、会議でそう言った。


「だから、直接のやり取りも残す。選択肢を減らさない」


 その考えは、少しずつ根付いている。

 宵はその様子を腕を組んで見守っていた。


「騒がしいな」


「いい騒がしさだよ」


 透歌は楽しそうに答える。桜音は、蜂蜜の新商品を並べていた。


「“春摘み百花蜜”です! パンにも、お茶にも合います!」


 父と並んで、堂々と声を張る。

 その横には、蜂蜜を練り込んだ焼き菓子。


「桜音、看板出しておこうか?」


「はい!」


 透歌が木板に文字を書く。


北辰商会 桜音おとの蜂蜜菓子


 それを見た桜音の父が、目を細める。


「娘の名を出していただけるとは」


「商会は、人を売り出す場所でもあるんです」


 透歌はにこりと笑う。


「“誰が作ったか”が分かるほうが、安心するでしょう?」


 父は深く頷いた。北辰商会は、ただの流通拠点ではない。


 “顔が見える商い”。


 それが、北方の信頼を育てている。


 午後、宵は新しく作られた小さな倉庫を確認していた。


「雨漏りはないな」


「うん。大工さん、腕上げたよね」


「商会の注文が増えたからな。技術も上がる」


 透歌はその言葉に嬉しそうに微笑む。商会が仕事を生み、その仕事が人を育てる。


 人が育てば、また商会が強くなる。


 その循環が、ようやく形になり始めていた。


「宵」


「なんだ」


「北辰商会、ちゃんと“根”を張ってきたね」


「ああ」


 宵は周囲を見渡す。


 荷を運ぶ若者。帳簿をつける女性。菓子を並べる桜音。笑い合う農家。


「もう、簡単には倒れない」


 その言葉は、確信だった。


 夕暮れ。


 透歌は倉庫の二階から広場を見下ろす。今日の売上は好調。だがそれ以上に、空気があたたかい。


「何を見ている」


 宵が隣に立つ。


「未来」


「抽象的だな」


「だって、見えるんだもん」


 透歌は指を差す。


「あそこ。子どもたちが走ってるでしょう?」


「ああ」


「あの子たちは、商会があるのが当たり前だと思って育つ」


 飢えや不安だけでなく、選べる未来がある場所。


「それが、再生だと思う」


 宵は静かに頷いた。


「透歌は、国を作っているな」


「そんな大きなことじゃないよ」


「いや」


 宵の声は穏やかだが、確かだ。


「北方という、小さな国だ」


 透歌は少しだけ照れたように笑う。


「じゃあ、宵は?」


「護衛兼、雑用係だ」


「雑用多すぎない?」


「文句は受け付けない」


 ふっと、二人で笑う。


「俺も元公爵令嬢に加担した『悪役』でもあるからな」


「そう。なら」


「宵は私の隣に終身刑、ね!」


春風が頬を撫でる。


「死ぬまで君だけを守るよ」


「北方も守ってよ」


同じ言葉を重ねて同じ時間を過ごす。その幸せを、愛しさを。


誰にも奪わせないと誓って。


 夜。


 商会の灯りがともる。帳簿を閉じ、透歌は小さく息を吐いた。


「今日も、無事に終わったね」


「ああ」


「ねえ、宵」


「なんだ」


「北方、好き?」


 少しだけ意地悪な問い。宵は一瞬考え、そして答える。


「嫌いになる理由がない」


「それ、好きってことだよ」


「……そうかも」


 透歌は満足そうに笑う。北方の再生は、派手ではない。


 けれど確かに、毎日少しずつ進んでいる。


 蜂蜜の甘さも。焼き菓子の香りも。木の倉庫も。


 そして、北辰商会という仕組みも。


 すべてが春の光の中で、静かに、強く根を張っていた。


 未来は、もう遠くない。

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