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完全勝利と残る疑問

十二歳、盛夏前。


透歌は今日も何もしない。

廊下を歩き、授業を受け、視線を受け流す。


だが。


「透歌様……」


震えた声が、教室の空気を裂いた。

萌乃だった。


白い指先が、机の端を握りしめている。


「私のノート……なくなってしまって……」


教室がざわめく。

千隼が立ち上がる。


「なくなったって?」


萌乃は俯き、肩を震わせる。


「今日提出の課題で……昨日までは、確かに……」


その視線が、ほんの一瞬だけ透歌に向いた。


――発動。


宵は即座に理解する。


(物証型・窃盗疑惑イベント)


透歌は動かない。

驚きもしない。


ただ、静かに状況を受け止める。


「……探しましょう」


担任が教室を見回す。

空気が重くなる。


千隼の視線が、透歌に向く。


「透歌……」


疑いきれない。


だが、完全には否定できない。


その曖昧さが、厄介だ。

萌乃は小さく首を振る。


「違うんです……きっと、私の不注意で……」


否定しているようで、

疑いを強化する言葉。


透歌は立ち上がった。


「先生」


声は穏やか。


「机の中とロッカーの確認を、全員分行ってはいかがでしょう?」


教室が静まる。

自ら提案する悪役。


想定外。


宵が続ける。


「公平性の担保になります」


担任は頷く。


全員の机が順に確認される。

萌乃は、わずかに焦りを見せる。


透歌の番。

机の中は空。

ロッカーも問題なし。


次。


千隼。

問題なし。


そして――

萌乃。


ロッカーの奥。


布袋の下から、綺麗に折りたたまれたノートが出てくる。


教室が凍る。


萌乃の顔が、真っ白になる。


「え……?」


震える声。


「そんな……」


宵が冷静に告げる。


「提出期限前の自己保管の可能性が高いですね」


逃げ道を残す言葉。

完全に追い詰めない。

透歌は微笑む。


「見つかって良かったわ」


責めない。

勝ち誇らない。


ただ、終わらせる。

担任も咳払いをする。


「不注意だったようだな」


ざわめきは収束する。


イベントは、失敗。


透歌の評価は、下がらない。


むしろ――

少し上がった。


完全勝利。


だが。


千隼は透歌を見つめたままだった。


放課後。

教室に残った三人。


萌乃は涙目でノートを抱えている。


「私、本当に覚えがなくて……」


守られる立場を維持する。

退かない。


千隼が透歌を見る。


「……お前、最初から分かってたのか?」


透歌は首を傾げる。


「何を?」


「こうなるって」


核心に近い。


宵が一歩前に出る。


「透歌様は、公平な確認を提案しただけです」


千隼は唇を結ぶ。

納得しきれない。


透歌が焦らないこと。

動じないこと。


それが、引っかかる。


「……なんか、変わったよな」


ぽつりと呟く。


透歌は微笑む。


「成長期かしら?」


軽く流す。


萌乃は俯いたまま。


けれど、その指先は白くなるほど握られている。


世界は、萌乃を守る構造。

今回も、退学にもならない。


処罰もない。


ただ“かわいそうな失敗”。


それで済む。


だが。


千隼の中には、疑問が残る。


“本当に偶然か?”


“本当に透歌は無関係か?”


疑念は、透歌ではなく――

状況そのものへ向き始めている。


廊下に出ると、透歌は小さく息を吐く。


「完全勝利ね」


「はい」


宵は淡々と答える。


「ですが、千隼は納得していません」


「ええ」


透歌は振り返らない。


「それでいいの」


「意図的ですか?」


「もちろん」


微笑む。


「全員に理解される必要はないわ」


むしろ。

揺らぎは種になる。


千隼の疑問は、やがて世界の綻びを広げるかもしれない。


宵は透歌を見つめる。


「透歌様」


「なに?」


「あなたは、少し楽しんでいますね」


透歌は目を細める。


「だって、勝ったもの」


その笑みは無邪気で。

けれど、鋭い。


「でもね」


小さく続ける。


「まだ油断はしない」


萌乃は退かない。

世界も修正する。


断罪は、十年後。


今は、序章。


宵は静かに頷く。


「次も、勝ちましょう」


透歌は歩き出す。


「当たり前よ」


背中は小さい。


けれど、確かに強い。

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