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恋愛自然発火

十二歳になった春。


 桜は、もう満開だった。

 学寮の石畳を、花弁が流れていく。


 小紫透歌は廊下の窓辺に立ち、風を眺めていた。


 何もしていない。


 本当に、何も。


 それでも世界は動く。


「透歌様」


 隣に立つ楼來宵の声は、変わらず静かだ。


「本日、萌乃様と朝霧様が中庭で偶然お会いになったそうです」


「偶然、ね」


 透歌は微笑む。


 十二歳。


 四年間、透歌と宵は“観測”を続けた。


手にした手帳を開く。宵と共にまとめた四年間の記録に目を通す。


■ 9歳 ――初期補正

・理由なく「冷たい」と評価が広がる

・萌乃の好感度が自然上昇

・千隼との距離がわずかに開く

透歌は何もしていない。


■ 10歳 ――強制誤解イベント

風、転倒、涙。

必ず“透歌が悪い構図”になる。

だが宵が介入すると補正が弱まる。


■ 11歳 ――恋愛自然発火

萌乃と千隼が偶然二人きりになる頻度が増加。

誰も仕組んでいない。

それでも発生する。


 そして今。


 十二歳。


 補正は、より洗練されていた。


 中庭。


 萌乃が転びそうになる。


 千隼が支える。


 視線が絡む。


 周囲がざわめく。


 透歌は遠巻きに見ているだけ。


(自然発火)


 恋愛イベント。

 何もしなくても。

 透歌が介入しなくても。


 勝手に進む。

 萌乃の頬が染まる。

 千隼がわずかに微笑む。


 そして。


 なぜか数分後。


「透歌様は、あまりご興味がないのですね」


 という噂が立つ。


(わたくし、そこに居なかったのだけれど)


 宵が淡々と告げる。


「本日の評価変動を記録します」


「どれくらい?」


「微減」


 透歌は小さく笑う。


「安定して悪化しているわね」


「はい」


 冗談のようだが、事実だ。

 この四年で透歌は確信した。

 この世界は、


 “選択肢で動いている”。


 行動を選ばなくても、

 沈黙という選択肢が処理される。


 好意を示さなくても、

 無関心というマイナスが加算される。


 イベントは、

 既定ルートに沿って発火する。


 透歌は静かに呟く。


「この世界は……選択肢で動いている」


 宵は、すぐに理解する。


「提示される選択肢は見えませんが」


「存在はする」


 透歌は頷く。


「悪役らしい反応を取らなくても、“悪役らしく処理される”」


 萌乃は“守られる”。


 千隼は“惹かれる”。


 透歌は“誤解される”。


 誰も悪意を持っていなくても。


 構図だけが完成する。


 十二歳。


 まだ断罪まで六年ある。


 だが。


 構造は変わっていない。


「透歌様」


 宵が言う。


「観測は十分では」


「ええ」


 透歌は桜を見上げる。


 花弁が舞う。


 美しい。


 そして、決まりきっている。


「このまま何もしなければ、わたくしは断罪台へ進む」


「はい」


「努力しても、補正がかかる」


「はい」


 静かな肯定。

 透歌は宵を見る。

 四年前より背が伸びた。


 だが、瞳の静けさは変わらない。


「宵」


「はい、透歌様」


「もし、選択肢そのものが問題なら」


 少しだけ、声が低くなる。


「どうすればいいと思う?」


 宵は一瞬だけ考え、

 そして答える。


「ならば、選択肢の外に出ればいい」


 空気が、変わる。

 その言葉は、理屈ではない。

 宣言だった。


「提示された反応を選ばない」


 宵は続ける。


「悪役として処理される枠組みそのものを無効化する」


「どうやって?」


「構図を崩す」


 萌乃が守られる構図。


 千隼が惹かれる構図。


 透歌が誤解される構図。


「三角形を、四角にする」


 透歌の目が細まる。


「あなたがいるから、可能?」


「わたしは元の脚本に存在しません」


 淡々と。


「補正が弱い」


 四年間の観測で、それは証明済み。

 宵が関与したイベントは、


 必ず“完全成立しなかった”。


 透歌は、ゆっくりと息を吸う。


「観測は終わり」


 十二歳。


 ここから六年。


「次は」


 桜が一斉に散る。

 風が強くなる。


「干渉する」


 悪役は、観測者であることをやめる。

 選択肢の外へ。


 物語の方向性は、ここで確定する。

 断罪は十年後。


 だが。


 そこへ至る“道”は、まだ決まっていない。

 透歌は微笑む。


「面白くなってきたわね」


 宵はわずかに目を細める。


「はい、透歌様」


 十二歳の春。


 第2章は、静かに動き出した。

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