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― Prologue ― 灰色の夜に生まれた子
夜の病院に、誰も泣かない赤ん坊の声だけが響いていた。
その子は、生まれて数時間後、名前も知らぬ母親に抱かれ、冷たい金属の箱の中へと滑り込まされた。
「赤ちゃんポスト」。
ほんの一瞬のためらいのあと、母はその小さな身体を置き去りにした。
数日後、その子は「蓮」と名づけられた。
親はいない。血のつながりも、居場所も、ぬくもりもない。
施設の朝は早く、飯は冷めており、誰も笑わない。
叩かれ、無視され、嘲られ、蓮は泣くことをやめた。
――泣いても、誰も助けてくれない。
――強くなれ。奪われる前に、奪え。
十四歳のとき、施設の裏口で古びた雑誌を拾った。
そこに写っていたホストたちの笑顔――煌びやかなスーツ、金、女、歓声。
「これが勝者の顔か」
蓮は思った。
十年後、彼は本当にその世界の頂点にいた。
銀座のナンバーワンホスト「レン」。
甘い笑顔の奥に、誰よりも深い孤独と冷徹な計算があった。