第1章 帝国の中心で
午前六時。
渋谷・桜丘町にそびえる二十階建てのビルの最上階。
ガラス越しに見下ろす街は、まだ眠りの中に沈んでいた。
神谷蓮、三十五歳。
芸能事務所〈RAYN Production〉の代表取締役。
無機質なオフィスに、彼の靴音だけが響く。
壁一面に飾られた所属タレントの写真――雑誌の表紙、映画ポスター、CMスチール。
どの顔も均整のとれた美貌で、完璧な笑みを浮かべている。
「……人形だな」
呟く声は冷たく、どこか寂しげだった。
彼はデスクの上の資料をめくった。
新しいオーディション候補者のリスト。
SNSで話題のインフルエンサー、読者モデル、地下アイドル。
それぞれの顔に、蓮は無表情で赤いペンを入れていく。
「目が死んでる。
鼻筋が弱い。
顎、削る必要あり」
脳裏で、自分の過去が一瞬よぎる。
孤児院で鏡を割られた日。
「お前なんか、見苦しい」――あの言葉。
「美は力だ」
蓮は呟き、赤いペンを止めた。
コンコン――。
ノックの音。
ドアの隙間から、秘書の西条が顔を覗かせる。
「社長、週刊誌の件ですが……」
「どこの?」
「『サミット』です。うちの女優・夏海の整形疑惑について」
蓮の眉がわずかに動く。
「“疑惑”か。真実じゃないなら、揉み消せ」
「いつものルートで?」
「政治部の記者に連絡を。彼、うちのCM女優に夢中だから、すぐ動く」
西条が小さく頷く。
彼女の指先は微かに震えていた。
蓮の前では、誰も逆らえない。
その瞬間、デスク上のスマートフォンが震えた。
画面には「匿名メール:Subject:あなたの“女優たち”を知っている」と表示されていた。
蓮は一瞬、息を止めた。
指先で開く。
添付された画像。
見覚えのある顔――二年前、突然姿を消した元タレント・星野あかり。
だが、写真の中の彼女は別人のように痩せ、怯えた目をしていた。
“彼女の真実を知りたければ、明日午前0時、目黒川沿いの倉庫へ。”
メールの署名はない。
蓮の瞳に、かすかな怒りと不安が混じった。
帝国の中心で、何かがひび割れ始めていた。




