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終章

「アオローラ」

短い足で一生懸命走ってくる少年は、満面の笑みを浮かべている。どうやら、父親がとうとう折れたらしい。アオローラは苦笑した。

「アオローラ、今年は僕も一緒に北に行くよ。初めてのパンドゥーラ山脈だ。父上が今年は僕も一緒だって、おっしゃったんだ」

飛びついてきた少年は、アオローラに頬ずりして嬉しそうだ。


―根負けかー

アオローラの言葉に、少年の父親が肩を竦めた。

「色々と課題を出してみたが。まぁ、本人が頑張ったから約束通り連れて行く。約束は守らねばな」

―お前の父親も、同じことを言っていたなー

「一緒に行きたい。連れて行ってくれと懇願したことは朧気(おぼろげ)に覚えている。親になってみると、息子の挑戦は嬉しいのと心配が半々といったところだ。私一人ならともかく、この子を連れてとなると、長旅に思えてくる」

少年を抱き上げた父親に、アオローラは目を細めた。


―本当に、幼い頃のお前と若い頃のお前の父親のようだー

「私が幼いころは、祖父が領地に残ることが不思議だった。あれは父の留守を預かっていてくれたわけだが。今年の留守居になる父の胸中を聞きたいものだ」

―暫く待てば、お前の順番だろうにー

アオローラの言葉に、まだ若い父親が笑う。

「この子に続く子供達を連れて行ってからだ。人にとってはかなり先だ」

竜と人が生きる時の長さは違うのだ。


「ねぇ。アオローラの父上は、アオローラに似ているの」

―私と父か? 似ていると言われるが。父が私に似ているのではない。父のほうが私より先に生まれているのだから。私が父に似ているだけだー

「アオローラの父上は、初代様の竜だったのでしょう」

―そうだな。今でもそうだー

アオローラの父は、その背に乗せた竜騎士を、今も“我が友”と呼ぶ。人の身でありながら、竜に友と呼ばれた稀有な竜騎士とその妻の墓を、アオローラの父は今も大切に守っている。


「トールは初代様の竜だからね。お会いしたらご挨拶だ。アオローラに練習相手になってもらおうか」

「はい」

父子の会話に、アオローラはパンドゥーラ山脈にいる父トールを思い浮かべた。


 父トールが、“我が友”と呼んだ男は長く生きた。晩年、男は“独りぼっち”と呼ばれていた幼い頃のように、トールに包まれるようにして眠って過ごすことが増えた。竜と人に愛された男は、竜と妻と子供達と孫達に見守られながら永遠の眠りについた。


 男の妻は言った。

「トール。あなた達竜に比べて、人間はすぐに死んでしまうし、すぐに忘れてしまうわ。それはとても悲しいことだと思うの。トール、もしよかったら、あなたが良いと思う所にルーイを葬ってもらえないかしら。いずれ私も同じところに葬ってくれたら嬉しいわ。それまでの間はトール、あなたなら私をルーイのお墓に連れて行ってくれるでしょう」

トールは男の妻の言葉を喜び、男の棺をパンドゥーラ山脈の奥にある高原に葬った。夏になると美しい花で覆われる高原だ。毎年夏、花が咲き誇る頃に、トールは男の妻を背に乗せて、男が眠る高原へと飛んだ。男の妻が、目覚めぬ眠りについたとき、トールは約束通り男の妻の棺を男の隣に葬った。


 墓参りの伝統は、世代を越えて引き継がれている。

―すぐに忘れるはずの人間なのに、初代から今まで、ずいぶんになるなー


 アオローラの言葉に、伝統を引き継ぐ父親は頷いた。

「あぁ。いつか血が薄れて、アオローラ達の言葉がわからなくなるだろうと言われているが、幸いなことにそれもない」

―良いことだ。悪い予想が外れているのだから。問題はあるまいー

「確かに」


 毎年、パンドゥーラ山脈には、竜に乗って多くの人々が集まる。皆、彼らが初代様と呼ぶ、ルートヴィッヒ・ラインハルト公爵とアリエル・ラインハルト公爵夫人の子孫達だ。かつては夏に集まっていた。あまりに人数が増えたことから、今は春から秋にかけて分散するように申し合わせている。


「僕ね、トールに初代様のお話を教えて欲しいな。だって、本よりも、会ったことが有る人のほうが、沢山知っているもの」

―そうだなー

「ねぇ。アオローラは初代様に会ったことはあるの」

―ほんの少しだけだー

「ねぇ、アオローラ、どんな人だったのか、教えて」

―そうだなー


 アオローラは、二人を背に乗せて飛ぶトールと一緒に、大陸の果てを目指して飛んだ日々のことを思い浮かべた。まだ幼いが、この少年がパンドゥーラ山脈に行くのであれば、祖先の歴史を知っても良い頃だろう。少年の父親が頷いたことを確認し、アオローラは昔語りを始めた。


ー私がお前の祖父の曽祖父を、私にとっての最初の竜騎士だが、あの男を背に乗せることを選んだ日よりも、もっとずっと遥かに昔のことだー 


<完>

これにて一旦完結といたします。

前日譚57話と本編250話にお付き合いをいただきありがとうございました。


(「竜丁に伯母上になってもらう計画」を推進していたエドワルドは、南で恋に落ちました。いつか形にしたいと思っています。


他にも作品がございますので、ご覧いただけましたら幸いです。


【投稿中】目標十万字

お客様はマジでときどき神様です 

https://ncode.syosetu.com/n2969io/


【完結済】(後日譚もあります) 全編 三十万字弱

旅芸人のうちは、貴婦人のコンスタンサと呼ばれる大役者になるために頑張って、それから

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【完結済】7.5万字弱

勇者の愛猫

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【完結済】 全編約百万字 第一部から第四部まであります。

マグノリアの花の咲く頃に

本編と短編で、シリーズ化しております(リンクは第一部のみです)

第一部https://ncode.syosetu.com/s0801g/


【突然増える予定です】

ある日思いついた短編達

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【エッセイ集】現在気まぐれに投稿中

人がすなるえつせいといふものを我もしてみむとしてするなり

https://ncode.syosetu.com/n4307hy/


 これからも、朝のひととき、お楽しみいただけましたら幸いです

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― 新着の感想 ―
[一言] 何度も何度も繰り返し読んでいます。本当に大好きで素晴らしい物語で、この作品に出会えた幸運に感謝です。
[良い点] 物語や騒動の主軸を団長に絞ったこと。 ・アリエルが竜の言葉がわかることを騒動の中心にしないことで、ライトで読みやすい物語になったと思います。 ・騒動の主軸は団長ですが、物語の視点を他からに…
[一言] とても読み応えのある、お話でした。 出会に感謝しつつ、次のお話を楽しみにしております。
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