27)未来へ2
三年に一度、王都での竜騎士見習いの募集だ。我こそはと思う少年達が集まるため、活気がある。ありあまる活気のせいか、一部では喧嘩めいたものも始まっていた。喧嘩も恒例行事だというのが、少々問題だ。
受付の前できちんと列を作って待っている一団から、順に名前を聞いていく。
「名前は」
「ヴォルフガングです」
黒い髪、黒い瞳の気の強そうな少年だった。
「次は彼方だ、行ってこい」
身体測定、体力測定を行っている一角を指した。
「はい」
少年は、機敏な身のこなしで、示された方向に歩いていった。
「いい動きしていますね」
ヴォルフガングはそれなりに経験もあるのか、どこか落ち着いている。
「あ、そうか。お前は会ったことないのか」
受付係の一人が、相手の相槌に首を傾げたときだ。
「フリードリヒです」
突然、目の前に現れた籠がしゃべった。
「あ、こら、フリード。ちゃんとついてくる約束だろう」
先ほどのヴォルフガングが慌てて引き返してきた。
「すみません。弟です。どうしてもついてくると言ってきかなくて。お前はまだ無理だよ。年齢が足りないからね」
「僕は兄上のお手伝いをしています」
「そうだね。ありがとうフリード。とても助かっているよ。今日のフリードは僕のお手伝いだから、僕と一緒にいるって、母上と約束したよね」
ヴォルフガングは、フリードリヒから籠を受け取った。
「ほら、手を繋ごう」
「兄上とですか。僕は母上が良いです」
弟の生意気な返事に、受付をしていた二人は、吹き出すのをこらえた。
「僕は、大事な弟のフリードと手を繋ぎたいな」
「仕方ないですね。兄上がそうおっしゃるなら、手を繋いであげますよ」
生意気な弟を上手くその気にさせた兄に、受付係は感心し、名簿に小さく印をつけた。
「子守りしながら、竜騎士見習いの試験だと」
同じ光景を見ても、どう感じるかは人それぞれだ。だが、口にして良いとは限らない。
「そういう物言いは良くない。あの年頃は言うことを聞かない。私には妹がいるが、あの言い方は、妹に使えそうだ」
嘲るような言葉を口にした少年に、列に並んでいた別の少年が注意をした。
「何だお前、小煩い奴だな」
列を作って並んでいた中にも、まだ喧嘩っ早いのがいたらしい。
「あ、ほら、君の順番だよ」
険悪な雰囲気は、突如割り込んだ声で霧散した。
「何だお前、恩を売ろうったって、そうはいかないからな」
受付での態度も大切な評価項目だ。順番待ちの時点で、選抜は始まっている。
「ありがとう。礼を言う」
「いや何、お前、じゃねぇ君みたいに良い奴が、あんなのに喧嘩売られて、評価下がったら、良くないって思ってさ」
「君も気づいていたのか」
「見るからに、そうだろ」
声を潜めた二人に見つめられた受付係達は、少し強めに唇を引き結んだ。黙っていろという意図は通じたのだろう。二人は話題を変え、自己紹介を始めた。
自分の背中を預ける相手を選ぶために、竜騎士達は、あちこちで目を光らせている。文官の服を着て受付に座っているからと、油断して性根の悪さを披露するような者は減点だ。体格を見れば、文官ではないと気づきそうなものだが、失態を披露する者ほど面白いくらいに気づかない。
「俺、黙っときますから、減点無しにしてください」
「誰にも言うなよ」
「勿論です」
「お騒がせしました」
「まぁ、内密に」
「はい」
気づいた者の反応も、それぞれで面白い。リヒャルトは、顧問になってからも受付を続けている。趣味なのかとハインリッヒに不思議がられて、逆に趣味だと納得した。
竜騎士見習いに応募する条件の一つが剣術の心得だ。実技試験の最終にある、決闘形式の勝ち抜き戦は、王宮に勤めている者であれば誰でも見学が出来る。娯楽の一つだ。
「兄上。頑張って下さい。大丈夫。父上からも、父上のご友人の方々からも、一本もとったことないけど、大丈夫ですよ」
「フリードお前、始まる前から、やめてくれよ」
「だって、兄上は父上よりもとても弱いではないですか」
「フリード、お前だってそうだろう」
ヴォルフガングと、弟のフリードリヒの会話は、実技試験会場の雰囲気を和ませた。
木剣での試合だ。参加者は全員が、己の腕前を披露しようと必死だ。勝ち抜き戦は、可愛い弟の声援に励まされてか、ヴォルフガングの独壇場だった。ヴォルフガングは、他の少年たちに攻撃の機会すら与えず、勝ち進み優勝した。
「兄上、兄上、凄いです。全部勝ちました。兄上、おめでとうございます。今まで一度も勝ったことなかったのに、兄上、凄いです」
「ありがとう。フリード。フリードが応援してくれたからだよ」
「そうですか。僕も応援を頑張ってよかったです」
「元気な応援をありがとう、フリード。フリードの応援も優勝だよ」
「嬉しいです。兄上」
ヴォルフガングとフリードリヒの会話に、ヴォルフガングの敗者達も微笑んだ。
「ヴォルフガング、私とやってみないか」
審判に紛れ込んでいた王都竜騎士団団長ペテロは、優勝者ヴォルフガングに声をかけた。途端に周囲の空気が張り詰める。
「よろしくお願いいたします」
ヴォルフガングがフリードリヒの口を抑えて黙らせながら返事をした。
「いいかい、フリード。今からは、静かに見学だ。家で父上とお客人の方々が試合をするだろう。あの時と一緒だよ。静かに黙って、心の声で応援だ。いつもと一緒だよ。フリードなら出来るよね」
「はい。兄上。お約束します」
真剣なヴォルフガングの言葉に、神妙に頷くフリードリヒに、張り詰めた空気が緩んだ。
ペテロとヴォルフガングの試合が始まった。
「腕を上げたな」
鍔迫り合い最中、ペテロは相手に囁いた。
「はい」
余裕が無いためか、返事は短い。経験と体力の違いで、ペテロはヴォルフガングに勝利した。ヴォルフガングの悔しそうな顔は一瞬で消えた。
「ありがとうございました」
どれほど激しい試合であっても、終わった後は礼を欠かさない態度は、本当に両親によく似ている。
「ヴォルフガング、お前、父親の名前は」
別に隠すことでもない。ペテロの質問の意図がわかったのだろう。ヴォルフガングが苦笑した。
「ルートヴィッヒです」
ヴォルフガングに手招きされたフリードリヒが、籠を抱きかかえて歩いてくる。
「家名は、ラインハルトか」
「はい」
周囲が騒ぎ出したのが分かった。伝説の竜騎士、史上最強、無敗の竜騎士と讃えられたまま、引退し、今は宰相としてこの国に貢献する男の名はルートヴィッヒ・ラインハルト。この国始まって以来の女性宰相代行である妻アリエル・ラインハルトも有名だ。
「母親の名は」
「アリエルです」
ヴォルフガングは、母親と同じ艶のある黒髪をしていた。
「ま、隠すことでもないだろう」
同じく団長のペーターは掃除夫の格好のままやってきた。
「隠していないのは、僕じゃないですよ」
「あ、いけね」
ヴォルフガングに指摘され、ペテロに睨まれたペーターは箒を片手に試合会場から姿を消した。
「ヴォルフガング、お前、長男だろう」
「はい」
「いいのか」
「父に言ったら、渋々許可をくれました。母も止めても無駄だと笑っていました。トールも僕の味方をしてくれましたし」
「目に浮かぶなぁ」
ペテロが笑う。
「はい。あの、で、良かったら渡すようにと言われたのですが」
ヴォルフガングは、フリードリヒが持っていた籠を差し出した。丸い、少しいびつな焼き菓子が入っていた。
「あ、これ、竜丁のよくわからない、美味しいやつ。懐かしいな」
「皆さんで、と母は申しておりました」
手を伸ばしたペテロに、籠を引っ込めたヴォルフガングは釘を刺した。
「あぁ、そういうところ、竜丁にそっくり。違った、ラインハルト公爵夫人にそっくり」
戻ってきたペーターが、彼らにとって慣れ親しんだ呼び方を口にし、慌てて訂正した。
「懐かしいな」
王都竜騎士団初の双子の竜騎士団団長、双翼の竜騎士と称えられるペーターとペテロが笑った。
「ヴォルフガングの次は、フリードリヒ、君かな」
「いえ、次は姉上です」
大真面目なフリードリヒの言葉の意味を理解したペーターは、額に手を当てた。
「やっぱりそうか。そうなるか」
「トールは、妹テレジアのことも応援していますから」
「ラインハルト公は、ますます外交で忙しくなりそうだな」
戦争では兵力がぶつかり合い、互いに死力を尽くすことになる。外交では国力でせめぎ合い、知力でしのぎを削る。どちらも真剣勝負だというのが、ルートヴィッヒの信条だ。彼の部下や子供達が戦で命を散らすことがないようにと、ルートヴィッヒはトールに跨がり各地へ飛び、外交に励んでいる。成果の一つが南との関係改善だ。
「父は今も南です」
「南がそろそろ慶事でくるからか」
「一応はまだ秘密ですよ」
従兄弟のエドワルドと、南の王国から嫁いできた妻との間に、もうすぐ二人目の子供が生まれる。一人目の子供の時は、子供が少し大きくなってから、エドワルドの一家は南の王家に孫の顔を見せに行った。今回は、南の王家がこちらに来ると言い出した。
エドワルドの一家は、竜が乗せてくれるから良いが、南の王家は陸路での移動だ。途中、万が一のことがあっては、外交問題が再燃する。宰相ルートヴィッヒ・ラインハルトは、両国間の街道から、盗賊を一掃すると決定した。
「ラインハルト公が統括する両国の騎士団と竜騎士団の連合部隊の盗賊狩りか。参加したかったな」
「若手に経験させる必要があるのは事実だけれど。俺達だって二人いるから、片方ずつくらいと思ったんだけどな」
国王陛下の剣と盾と称賛される王都竜騎士団団長達が、叶わぬ願いを口にする。
「父上は、とても格好良かったです」
「そうかそうか」
自慢げなフリードリヒに、文官の制服を脱いで来たリヒャルトが笑う。
「ところで、フリード、テレジアお姉ちゃんはヴォルフガングお兄ちゃんの応援には来なかったのか」
リヒャルトの言葉に、フリードリヒが元気よく応えた。
「姉上は南で父上のお手伝いをしています」
「予定では、母や僕達兄弟と一緒に王都に来るはずだったのですが」
リヒャルトが天を仰いだ。
「ラインハルト公、そんなんだから、お嬢さんも竜騎士になるって言うんですよ」
リヒャルトの言葉に、ヴォルフガングが苦笑する。
「母も同じことを言っています」
「そうだろな。目に浮かぶなぁ。声まで聞こえてきそうだ」
リヒャルトの言葉に、竜騎士達が頷いた。
「父上は、とても格好良かったです。僕も父上みたいな竜騎士になります」
フリードリヒは元気よく宣言した。
三年後、後に王国初の女性竜騎士となるテレジア・ラインハルトが竜騎士見習いの試験を突破した。
ルートヴィッヒ・ラインハルト公爵は、最年少で王都竜騎士団団長となった当時最強の竜騎士という自身の功績だけでなく、王国が誇る多くの竜騎士達の父であり祖父である男として、竜騎士達の母であり祖母と呼ばれる妻アリエル・ラインハルト公爵夫人とともに、王国の歴史に名を遺している。
パンドゥーラ山脈に住む人々の間では、竜は二人を友と呼んでいたという伝承が今も語り継がれている。




