25)新たな始まり2
王宮の庭で、人と竜が参列する珍しい結婚式が行われたのはそんなやりとりがあったからだ。
雲一つない空、焼野原となった王都の低地に新しい公園ができつつあった。まだ整備中だが、王都の民の憩いの場として整備される予定だ。その公園にはたくさんの人が集まっていた。
「来た!」
子供が叫び空を指した。竜騎士達が編隊をつくって飛んでいた。先頭のひときわ大きな竜がゆっくりと広場の中心に作られた仮設の舞台に降り立った。
「おめでとうございます」
「お幸せに」
誰かが叫んだ。その言葉に応えるように、新郎が新婦を抱き上げくるりと回った。祝福の声が、広場から沸き起こった。
周辺では、宴の用意がされていた。王宮での食事のような豪華さはないが、市井の民が祝うには十分な料理と酒だ。この後、新郎新婦は旧侯爵家に向かう予定だ。
「こういうほうがいいんじゃないかと思ってさ」
リヒャルトの言葉に、ハインリッヒも頷いた。
「民のほうが、心から祝ってくれるだろう。婚約を公にした直後の夜会でも、いろいろあったと妹から聞いている。意外と、あの侯爵夫人の切り返しが強烈だったらしい」
「あー、想像つく」
基本、アリエルは気が強い。貴族同士の腹の探り合い、女同士の嫌味の応酬など、物ともせず、切り捨てていくだろう。ルートヴィッヒは、正論でねじ伏せていく。貴族の力関係も大きく変わるだろう。
新郎新婦を乗せたトールが、飛び立とうとしているのが見えた。
「今だ」
ハインリッヒが合図した。
広場は竜騎士達が空から撒いた花に包まれた。
「見事なものだな。美しい」
上空から見ても、風に舞いながら降り行く花は美しい。
「俺も結婚したくなってきた」
「なんとかなるだろうに」
「その言葉は、そのまま返すよ。伯爵様」
ハインリッヒは、ルートヴィッヒから彼の領地を分割してやるから、竜騎士を辞したら、改めて爵位の授与を受けないかと誘われていたことを思い出した。
「その呼び方は止めてくれ。団長、違う、顧問が何か企んでいる」
無条件で爵位など授与されるわけがない。絶対に何か、ルートヴィッヒは計画をしている。ベルンハルトが何か企んでいる可能性もある。仲が良いのはよいが、少々迷惑な兄弟だ。
「蝙蝠が、死神殿下だった頃より今の方が怖いって言ってたな」
そうは言いながら、蝙蝠は東方竜騎士団から、ルートヴィッヒの領地に近い西方竜騎士団への移動を願い出ている。
「これからだ。よろしく頼む、リヒャルト副団長」
「あぁ。もちろんだ、ハインリッヒ団長」
旧侯爵家へは、副団長のヨハンが先に飛んでいた。旧侯爵家では、ヨハンの提案で、孤児院の子供達が、屋根から花を降らせることになっている。
あの頃から、こうなる予定だったのだろうか。ハインリッヒはあの山村で、トールに懐かれていたアリエルを思い出した。
リヒャルトは、手元の花を見ていた。南方竜騎士団長のアルノルトが、この日のために持ってきた、薫り高い南方の花だ。日持ちもするという。今日、彼ら夫婦にかかわった多くの人は、式に参列し、あるいは空を飛んだ。
当然、全員ではない。最近、教会からやってきた、アリエルの後任の子供達も留守番だ。燃える孤児院に、赤ん坊を助けるため飛び込んでいった小さな英雄達だ。孤児達は、見捨てられたと思っていたのに、助けてくれた竜騎士達のため働きたいと、押しかけてきた。
竜も、小さな英雄達を覚えていたのか、アリエルの後任として受け入れてくれている。
「一輪くらい、持って帰ってやろうと思うんだけど」
「なんだ、君もか」
ハインリッヒの手にも、花が一輪残っていた。
「あとは明後日の御前会議で、陛下の計略は一段落か」
ハインリッヒの言葉に、リヒャルトが人の悪い笑みを浮かべた。
「陛下から参加するように、要請されたそうですね。ハインリッヒ団長。健闘をお祈りしております」
ハインリッヒが顔を顰めた。
「止めてくれ。兄弟喧嘩をふっかける予定の弟に、兄が怖いからなんとかしてくれって呼ばれているようなものだぞ」
「なにをおっしゃいますか、伯爵」
「全く。伯爵になってしまったから、爵位がどうのという言い訳も出来なくなった。最悪だ。根回しはしてあるとおっしゃっておられるが、どうなることやら」
「ま、俺でよければ、愚痴ならいくらでも聞くからさ」
「そう言ってくれるのはありがたいが、気が重い」
大きく溜息を吐いたハインリッヒを慰めるかのように、ヴィントが大きく羽ばたいた。
翌々日だ。御前会議で、国王ベルンハルトは、異母兄ルートヴィッヒ・ラインハルトに公爵位を授けると宣言した。古来から王国では、公を名乗るのは王族の一員に限られている。
「ベルンハルト、どういうことだ。聞いていないぞ、そんなことは。私は庶子だ」
驚きのあまり立ち上がったルートヴィッヒが倒した椅子が、騒々しい音を立てた。
「今言ったとおりです。我が兄上。では、賛成する者は挙手を、賛成多数、決定だ」
警護のため近くに立っていたハインリッヒを盾に、ベルンハルトが宣言した。
「待て、ベルンハルト、どういうことだ」
ルートヴィッヒが、ハインリッヒの後ろに隠れようとするベルンハルトに詰め寄った。
誰か、誰でも良い。助けて欲しい。兄弟の喧嘩に挟まれたハインリッヒの視線を、御前会議に出席している貴族達は、誰も受け止めてくれない。気持ちもわからないではないが、誰かなんとかして欲しい。
「宰相様」
聞き慣れたアリエルの声に、ハインリッヒは安堵した。マーガレットは、少々騒がしすぎる兄弟のじゃれあいは、アリエルがいればなんとかなると言っていた。
「あの、陛下も。どうして突然、そのようなことを決定されたのですか」
どうやら、アリエルも何も聞かされていなかったらしい。ベルンハルトは、最も重要な人物への根回しをしていなかった。
敬愛すべきベルンハルト国王陛下ではあるが、巻き添えにされたくなどない。ハインリッヒは己への被害を最小限に抑えるため、非礼を承知で両耳を手で塞ぐことを選んだ。
王国の各所で蔓延っていた不正を暴き、身分に関係なく有能な者を次々と召し抱え、王国の発展の基礎を築いた国王ベルンハルトは、後々の世まで名君として語り継がれている。
ベルンハルトの改革の原動力が、異母兄ルートヴィッヒの遅い初恋の成就と、従兄弟が欲しいという愛息エドワルドの願いを叶えるためであったことは、当時を生きた親しい人々だけが知っている。




