23)御前試合
御前試合だ。ルートヴィッヒは、アリエルを前に乗せて上空を旋回していた。警備のためではなく、試合を見るためだ。
「こうやって試合を見るのは初めてだ」
「そうですか」
「竜騎士になるなり、試合に出ていた。経験と箔をつけさせようというゲオルグの方針だったらしい」
ルートヴィッヒは、初年度、準々決勝で王都竜騎士団団長のゲオルグに負けた。竜騎士になったばかりで初登場での快挙に会場は沸いた。その数年後には、優勝し、王都竜騎士団団長になった。
「どう思われます」
副団長達を集めた試合だったが、実力差は明らかだった。王都竜騎士団の二人の副団長の他、東方副団長であるカール以外は全員王都竜騎士団団員だった。南方の副団長は期待されていたが、ヨハンが打ち負かした。
「カール以外は、王都竜騎士団だ。これはベルンハルトに、御前試合ではなくて、結局普段の訓練と同じだと文句を言われるな」
勝ち残っていたカールはリヒャルトに惜敗した。騎竜のトルナードの体力が持たなかったのだ。決勝戦は、リヒャルトとハインリッヒだった。
試合前だ。
「こうなるとは思ったが、こうなるのか」
ルートヴィッヒは苦笑した。リヒャルトとハインリッヒは互いに顔を見合わせた。お互いに手の内は、知り尽くしている。
「存分にやってこい」
ルートヴィッヒの言葉に、竜の背に乗った二人は飛び立っていった。
二人の実力は伯仲している。試合は拮抗し、決着はつきそうもなかった。幾度も決定的かと思われる場面があったが、勝負は決まらない。緊迫した試合を制したのはハインリッヒだった。
ベルンハルトは勝者を祝福し、敗者へも祝福の言葉を告げた。
「さぁ、これからだ」
ルートヴィッヒはゆっくりと試合会場にトールを着陸させ、降り立った。アリエルを伴い、決勝を戦った二人のもとに赴いた。
宰相代行でもあるルートヴィッヒは、リヒャルトとハインリッヒを祝福した。ゆっくりと、王都竜騎士団団長の象徴である兜を脱ぎ、ハインリッヒに渡した。
「団長!」
会場がどよめき、ハインリッヒの叫び声は打ち消されてしまった。
「正直、お前達二人なら、どちらが団長になっても良いと思っていた。勝った以上はハインリッヒ、お前が次の団長だ。だが、お前だけでは足りないこともある。ハインリッヒには、私と同様に厳格すぎるところがある。リヒャルトなら、それを補ってくれる」
「しかし、私では」
「そのために副団長がいる。もう一人、副団長を据える予定だ。三人でこれから、王都竜騎士団を発展させていってほしい。ハインリッヒ団長」
「はい」
ルートヴィッヒの言葉に答えたハインリッヒの目に、涙が光っていた。
「ですが、団長は、竜騎士を引退されるにはあまりにお若いではありませんか。私はまだ、団長と一緒に飛びたいです」
リヒャルトの言葉に、ルートヴィッヒは微笑んだ。
「ベルンハルトは、私を竜騎士の相談役か顧問か何かに据える予定らしい。当面、お前たちに関わることになる。気を遣わせることになりそうだが、当面よろしく頼む」
「団長、そんなこと言わないでください。もっと団長でいてください」
「飛ぶのを辞めることはない。トールが乗せてくれる限りは、飛ぶつもりだ」
ルートヴィッヒは、間近にあるトールの頭を撫でた。
ルートヴィッヒは、ハインリッヒの兜を脱がせ、団長の兜を被らせた。ルートヴィッヒとアリエルは揃って礼をし、会場を去った。会場を去る二人に、拍手が送られた。新しい王都竜騎士団団長を祝福する声も響いた。
一方で、西方竜騎士団団員はここ数年恒例となっていた全敗記録を更新することすらなかった。王都竜騎士団の猛者ぶりは毎年のことだが、南方、東方の竜騎士団も、それぞれにある程度の成績を収めていた。それ故、連敗続きの西方竜騎士団の不甲斐なさが目立っていたが、今年はそれ以上の失態だった。
そもそも参加できなかったのだ。歴史上初の十人もの「竜との信頼関係を失った竜騎士」、あるいは「竜に見限られた竜騎士」を出した前代未聞の事態の後だ。仕方がない。西方の砦には、残った竜騎士全員で警備にあたっていた。
「私の仕事として、西方竜騎士団の極端な弱体化は対応する」
ルートヴィッヒの言葉に、次の団長であるハインリッヒ、引き続き副団長のリヒャルト、新しく副団長となるヨハンは安堵した。新任早々、団を超えた大幅な人事異動を命じるなど想像しただけで気が重い。
「西の問題を放置していたのは私だ。幹部に頼りすぎた」
数年来、西との抗争は絶えていた。少し油断していたのも事実だ。南との小競り合いに注意が向きがちだった。
西の隣国からの間者が侯爵領内ですでに捕らえられている。
「来年の募集で、急遽人数を増やして、質の低下を招くわけにもいかない」
「ラインハルト候、また一度、西へ飛んでください。それでずいぶん牽制になります」
「その予定だ」
「ところで、団長、団長を退任されたら、どういう役職になるのですか」
「団長を退任されても、何か役職に就いて下さると、おっしゃっておられましたよね。陛下からも、そのようにお言葉をいただきましたが」
ルートヴィッヒは、先日の執務室での会話を思い出した。
「顧問の予定だ。ただ、陛下が何やら企んでおられて、面倒なことになりそうだ」
明らかに、何か企んでいるベルンハルトは、何を企んでいるのかは、口にしてくれなかった。




