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幕間 照れる男と、惚気けの自覚もない男

「ヨハン」

ハインリッヒは、一度軍靴の踵を打ち合わせ、周囲の注目を集めた上で、姿勢を正した。

「ご婚約成立、おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」

ハインリッヒの言葉に、周囲が祝福を叫ぶ中、ヨハンが丁寧に一礼した。

「ご丁寧にありがとうございます」

照れくさそう笑うヨハンを、仲間達が少々乱暴に祝福する。


「それはそうと、ハインツ、妹君の件ではお祝いを申し上げ、というより、君の寛大さに感服した」

ヨハンの言葉に、ハインリッヒは溜息を吐いた。

「仕方ないから認めてやっただけだ」

あの日、マーガレットのチェス仲間だというクラウスを見た時から、薄々察していた未来が現実になっただけだ。

「マーガレット嬢から、当主の兄を説得してくれたと聞いたが」

「好きにしろという言質を取ってあったからな。己の無責任な発言を思い出させてやった」

ハインリッヒは顔をしかめた。妹のマーガレットは家のために、後宮で横暴なシャルロッテに仕えて苦労したというのに、兄からは(いたわ)りの言葉一つなかった。


「だったら君は自由か。色々と雁字搦(がんじがら)めだったから、それがいいのかもな」

ヨハンの言葉に、少し気が楽になったハインリッヒは、もう一つの用事を思い出した。


「マーガレットに頼まれた。今から教会に行ってくる」

ハインリッヒは手にした籠を見せた。

「あぁ」


 ハインリッヒは見送りの声を背に、部屋を出ていった。


 閉まった扉に目をやったリヒャルトは苦笑した。

「まさかの団長も気づいたってのに、ハインリッヒの奴、自覚ないな、あれ」

「あ、やっぱそういうことか。最近やたらとハインリッヒが教会に行く当番になるなと思ったら」

イグナーツが意味ありげに笑う。


「あの火事で焼け出された孤児を預かってる教会に」

ペーターとペテロが首を傾げた。


「いくら教会でも、大勢の子供の面倒を見るなんて、そう簡単にはいかないからな」

ヨハンの笑顔はどこか思わせぶりだ。

「後宮にいた侍女のうち、マーガレット嬢が問題ないだろうと判断した女性達が、手伝いに行っているんだ。そのうちの一人が、ま、ちょっと、色々な。そのうちに、ハインリッヒといいことがあるといいなという関係だ」


「えー、ハインリッヒ副団長に春が」

「えー、ハインリッヒ副団長に恋が」

ペーターとペテロの叫び声が重なる。


「まだだ、まだ。周りがあまり騒ぐな」

騒がしい双子を、ヨハンは身振りで黙らせた。

「ハインリッヒは、多分、先方の御令嬢を、親切で優しい女性だと思っている」

あちこちから非難の声が上がるが、それを聞くべき本人がここにはいない。


「ハインリッヒに、教会に話が合う女性がいて、つい長居してしまうと言われた俺の身になってくれ」

リヒャルトはつい愚痴をこぼした。惚気(のろ)けるならそれらしく惚気(のろ)けたらよいのに。ハインリッヒは真顔だった。あれは単に、正直に帰りが遅れた理由を説明しているつもりだったのだろう。


「マーガレット嬢は、相手のご令嬢のことを、男を見る目以外は評価すると言っていた」

ヨハンの潜めた声に、周囲が顔を見合わせる。

「つまり、先方は、妹さんが保証するいい感じの女性で、ハインリッヒのことは満更でもないと」

「そうらしい」

確認するようなイグナーツに、ヨハンが重々しく頷く。


「何故ヨハンが、相手のご令嬢のことを知っているのさ」

とたんにヨハンの頬が赤く染まった。

「婚約者の友人らしい」

小さな声に、周囲は事情を察した。

「あぁなるほど」

リヒャルトは一度、父親に連絡することにした。同じ竜騎士であるヨハンの懐事情くらい察しが付く。いずれ訪れる蜜月に華を添えるものがあってもいい。


「ハインリッヒがどういう男かと聞かれて、真面目で腕が立つことは伝えておいた。王都竜騎士団では、副団長だが、ほかなら団長になれる腕前だと」

ヨハンも仲間の恋路を応援したい。


「最近、団長が教会関係の用事をハインリッヒばかりに頼むと思っていたら、そういうことか。お前ら、無駄な気の遣い方するなよ」

イグナーツの言葉に、全員が頷く。


「団長が気づいたってのが、信じられない」

「ハインリッヒ副団長が自覚ないのは、当たり前だけど」


 出かけるハインリッヒはどこか嬉しそうだった。ルートヴィッヒだけでなく、妹のマーガレットも、あれこれ用事を作り出しては、ハインリッヒが教会に行くように仕向けている。ヴィントも嫌がる素振りもなく飛ぶので、ハインリッヒを応援する気持ちはあるのだろう。


「ハインリッヒは、先方のご令嬢を、優しくて親切な御令嬢と思っていることまでは、わかっているんだけどな」

先日リヒャルトが、ハインリッヒの惚気話の愚痴をフレアにこぼしていたら、近くにいたヴィントが呆れたように首を振っていた。

「それだけなら、教会に行くのにあそこまで嬉しそうにするわけがないって、いつ気づくんだろうな」

リヒャルトの言葉に、誰からも答えは無かった。

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