21)貴族の来訪1
応接室は執務室に隣接している。立派な調度品で飾られた豪華な部屋だ。調度品の中にアリエルの短槍やルートヴィッヒの長剣が、いつでも使えるように飾ってあるが、客人達が、その意図に気づいているかはわからない。
応接室に来た客人の対応は、マーガレットの仕事だ。今日の客人はルートヴィッヒに用事があるらしい。
アリエルは、執務室でリヒャルトが実家から預かってきた書類を見ていた。亡くなったシャルロッテのところに出入りしていた商会が、王妃と組んで裏金を作り出していたことを匂わせるものだ。
「親父から団長への伝言だけど『この程度の書類でしたら、いくらでも手に入れてみせます。腐った同業者は恥ですから、是非、容赦なく片付けてください』ってさ。兄貴夫婦も、親父が商会のこと以外で忙しほうがいいらしいから、親父を使ってくれってさ」
リヒャルトの気遣いなのか、本当なのかは分からないが、まさに必要としていた書類だった。
シャルロッテ側の書類とも合致する。不当に高い値段で物を売り、その差額分を両者で分配していたらしい。
「国庫の使い込みと私物化ですね」
同じ書類を見ていたベルンハルトは、眉間に皺を刻んだまま頷いた。
「困ったことだけど、面白いことになりそうだよ」
疑惑の商会は、王妃以外にも、王宮に関連する各部署で取引をしていた。当然、部署毎に責任者がいる。ベルンハルトの顰め面が、徐々に何かを企んでいる時の笑顔に変わり始めた。
「監査役達に頑張ってもらっていたけれど、丁度良い資料がやってきたね」
「こちらの資料と比べていただきますと」
書記官が差し出したのは、貴族の名簿だ。
「あら、まぁ」
共通する名前が幾つも並んでいる。
「君達も良い仕事をしてくれているねぇ。とても助かるよ」
王都では建築資材の値段が徐々に上がりつつあった。買占めが疑われているが、そこにも件の商会の関与が疑われている内容だった。
「うーん。一網打尽は難しくても、黒幕は抑えたいね」
「今は統率がとれているのでしょうか」
「いや、それはないだろうね」
侯爵亡き後、貴族の勢力図は混沌としている。今は、相対的に王家の力が強い。
「今が狙い目だ」
ベルンハルトは、書類の一か所を指した。
「まずは、ここ」
突然、応接室と執務室をつなぐ扉が乱暴に開かれた。
「ルーイ、少し殺気を抑えてから戻ってきてくれ」
ベルンハルトが抗議するのも無理ないくらい、殺気立ったルートヴィッヒがいた。
ルートヴィッヒの背後では、マーガレットが茶器を片付けている。普段なら、マーガレットはほとんど物音を立てず上品に片付ける。今日は食器がぶつかる音がしていた。
珍しい光景に、執務室に居た面々は顔を見合わせた。
ルートヴィッヒは、ベルンハルトに答えず、護衛騎士の一人を見た。
「相手をしろ」
ルートヴィッヒは部屋に常備してある木剣を手に、返事も聞かずにさっさと隣の部屋に行ってしまった。護衛騎士が一人続く。アリエルは残された護衛騎士達を見た。
「あと二、三人は呼ばれると思います」
「承知しております」
「いや、一緒に行っておいで。ルーイのあの様子では、一人で相手は大変だよ」
ベルンハルトの言葉に、さらにもう二人が隣の部屋に入っていった。
ようやく部屋に戻ってきたマーガレットにアリエルは尋ねた。
「何があったか、聞いてもよいですか」
不機嫌なのはマーガレットも同じだが、殺気立っているルートヴィッヒよりは質問しやすい。
「ラインハルト候は、どうしておられますか」
「あちら」
本来の宰相の執務室、今はルートヴィッヒが鍛錬し、護衛騎士達との手合わせに使っている部屋をアリエルは指した。
「ご無理もないことです」
マーガレットはそう言うと、執務室に残っている人数分のお茶の用意を始めた。
「お茶を淹れさせてください」
普段通り手際よく用意しているが、不機嫌なマーガレットは珍しい。アリエルは戸惑いながらも、マーガレットが落ち着くのを待った。




