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20)潮流

 御前会議の終わりを、ルートヴィッヒが宣言しようとしたとき、ベルンハルトが発言した。

「ラインハルト候、今日は最後に一つ議題を追加したいのだが」

今日の議題はすべて話し合ったはずだ。ルートヴィッヒは控えるアリエルに視線を送ったが、アリエルも首を振った。心当たりはなかった。

「陛下、議題とは何でしょうか」


 ルートヴィッヒの言葉にベルンハルトは、議題を口にした。

「宰相代行殿であるラインハルト侯を宰相に任命する」

「聞いておりませんが」

真っ先に否定したのはルートヴィッヒだった。

「今言った」

ルートヴィッヒの言葉にも、ベルンハルトは動じない。

「陛下、突然そのようなお話をいただいても困ります」

動じないベルンハルトに、ルートヴィッヒも引かない。


「いや、ここ数ヶ月、候を上回るような人物も現れなかった。もう代行のままは面倒だなと思ってね」

「陛下、数ヶ月とおっしゃいますが、火災の対応、不正の発覚などのため貴族の取り潰しが相次いでおります。それらの影響も考慮されるべきです」

「火災と、貴族の取り潰しというが、ラインハルト侯も影響を被っているはずだ。候が最も影響を被っているのではないか」

「確かに、もう一度侯爵領に飛んで、現地の確認をしたいところです。前回の滞在では各地を回ったのみですから。王都を一定期間空けることになりますゆえ、宰相など」

「その前に、宰相に決めておきたくてね。我こそは宰相にふさわしいと、思う者は挙手願いたい」


 ルートヴィッヒの発言を遮り、ベルンハルトは挙手を求めた。ベルンハルトの言葉に、誰も動こうとはしなった。宰相の職務は多い。国王を支えるという重責を担う。それゆえに、以前は、その権限にあやかろうと賄賂が絶えなかった。その賄賂と権限の大きさに、宰相になることを願う者は多かったのだ。だが、ルートヴィッヒが宰相代行となってからは、贈収賄は一切無い。そうなると忙しさばかりが目についてくる。


「では、宰相代行を務めておられたラインハルト侯が、正式に宰相ということでよいか。賛成の者は挙手を」

ルートヴィッヒ以外、発言者のベルンハルトまでが挙手している光景に新宰相ルートヴィッヒは嘆息し、頭を抱えた。


「なぜ、今」

ルートヴィッヒ自身、いずれ、宰相になることは覚悟していた。ベルンハルトにも伝えた。だが、こんなに早くとは思っていなかった。今は、本当に多忙である。


 ルートヴィッヒは、異例の若さで王都竜騎士団団長に就任した。最強の竜騎士としての栄誉を手にしている。その地位を手放すことはすでに決意した。そのためには後任を決めなければならない。引継ぎ業務もある。西方竜騎士団の立て直しもしておきたかった。西方竜騎士における貴族の問題を放置したのはルートヴィッヒ自身だという負い目もあった。


 王宮全体に張り巡らされている秘密の通路や、竜舎の地下にある過去の地下牢など、どこまで次世代に伝えるかも検討する必要がある。水牢があることが分かった後宮を取り潰したのは、詳細を調べる手間を省く意味もあった。


「なぜ、この時期に」

ルートヴィッヒは、頭を抱えたまま繰り返し、ベルンハルトを恨めし気に見た。その隣に座るベルンハルトは、すました顔で座り、ルートヴィッヒと目を合わせないようにしていた。


「陛下」

「では、今日の御前会議は」

「以前より、兼任は無理だと申し上げておりましたが。王都竜騎士団団長として為すべきことがいまだ残っております」

「後任の選定は団長の君に一任している」

「それだけではありません。それだけですめば、結構なことです」

「団長辞任のあとは、顧問として関われば良い」

「役職ではなく、問題は業務です」


 徐々に兄弟喧嘩めいてきた国王と新任宰相の二人の会話に、周囲の貴族の目がアリエルに集まった。御前会議に出席するような貴族であれば、当然執務室を訪れたことはある。


 兄弟をなんとか出来るのはアリエルだけだ。

「恐れながら、陛下」

アリエルの声に、二人は睨み合いを止めて、アリエルに視線を向けた。


「竜騎士団のことは、御前会議でのお話は必要ないことかと思われます。ただ、陛下の望まれるように、宰相としてのお仕事に存分に専念する前に、お時間をいただきたいというルートヴィッヒ・ラインハルト侯のお気持ちもあります。特に、竜騎士団の再編成には時間が必要です。せめて、後任の王都竜騎士団団長が任命され、引き継ぎが終わるまではお待ちいただけませんでしょうか」


 アリエルがにっこりと笑った。周囲の貴族達は、アリエルの提案が通ることを願った。この兄弟は優秀だが互いに頑固であることは誰もが知る事実だ。このまま意地の張り合いになったら、いつ終わるかわからない。


「よろしいですね。ご兄弟で仲良く、お互いに妥協してくださいますね」

二人とも何も言わない。アリエルは、自分を見るルートヴィッヒの頬に、そっと手を触れた。


「ここで、延々と皆さまを引き留めるわけにもまいりません。会議そのものは終了ということでよろしいですよね。団長様は、宰相になることには、反対ではないのでしょう。時期の問題です。でしたら、お二人で、お好きなだけ、いつまでも、お話されてもよろしいのではありませんか」

やや棘のあるアリエルの言葉が、兄弟の琴線に触れようとしたときだ。


「私、先に兵舎に帰ります」

本当に荷物をまとめ、アリエルは立ち上がった。

「竜丁ちゃん? 」

ベルンハルトは慌てた。ルートヴィッヒと少々険悪な雰囲気になっても、アリエルがとりなしてくれるという安心感があった。まさか、ルートヴィッヒと二人で、勝手にしろと言われるとは思っていなかった。


 置いていくと宣言されたに等しいルートヴィッヒは、アリエルを引き留めようと、アリエルの手を取った。


 アリエルは、ルートヴィッヒに手を取られたまま、ベルンハルトを見据えた。

「陛下、王都竜騎士団団長は、国王陛下の剣と盾です。御身のために、後任が任命され、引き継ぎが終わるまで、団長いえ、宰相代行様の宰相の正式な就任はお待ちいただけますか」


 ベルンハルトに向いていたアリエルの目が、ルートヴィッヒを捉えた。

「宰相代行様、竜騎士団の再編成は必要ですが、竜騎士の養成が必要ですから、時間がかかります。焦って人事を動かすよりも、顧問というお立場で、関わってはいかがでしょうか」


 ルートヴィッヒに手を取られているが、アリエルは立ち去ろうという姿勢のままだ。これ以上、言い争うならば、あなたたち二人なんて知りません。アリエルの態度は明白だった。


「わかった、待つ」

「それでいい」

頑固な兄弟達は妥協案に同意した。


「皆様も、陛下と宰相代行様のおっしゃる通りでよろしいでしょうか」

反対する者などいなかった。


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