19)道筋
御前会議では、宰相代行であるルートヴィッヒが進行を務めていた。
最初の議題は竜騎士の御前試合をどうするかというものだった。切磋琢磨した竜騎士の技の披露という意味もある。だが、何よりも諸外国へ王国の竜騎士の強さを示す意味もあった。
「毎年優勝者が同じで面白くない。ラインハルト侯、今年は欠席されてはどうか。以前から提案があったように、ラインハルト候と南方竜騎士団団長のアルノルトは、模範試合を披露してもらいたい」
ベルンハルトの言葉に、貴族達は戸惑った。最強同士の戦いを見せつけてこその御前試合だ。
「ここ数年、決勝戦は私と彼だけですからね」
「そうだ。別の試合も私は見たい」
ベルンハルトの我儘に聞こえるが、ルートヴィッヒとアルノルト以外にも、優秀な竜騎士がいることを他国に示すことも必要だ。
「では、王都竜騎士団からは、副団長二人を出しましょう」
「他も副団長にしてはどうかな」
「東は去年来ましたが。ただ、準決勝も流れましたしね。ご意見のある方は」
ルートヴィッヒは周囲を見た。
「では、特にご意見がないということで、今年は私を含め団長は出場しません。副団長と選抜された代表が出場します。次の議題ですが」
貴族達はこの時、決まったことがその次への布石だということを気づいていなかった。
アリエルだけは気づいていた。あるいは知っていた。ルートヴィッヒは、次の王都竜騎士団団長を決めるため、御前試合で副団長達の腕を比較したいのだ。
「腕前だけで決まるわけではない」
竜騎士達を率いる何かが必要なのだ。
「私も何ができるというわけではないのだが」
王都竜騎士団の竜騎士達は、ルートヴィッヒに心酔している。だが、そのためにルートヴィッヒには何かをしたとは思っていない。ただ、竜騎士としてやるべきことを、ルートヴィッヒなりに実行してきただけだ。
「皆よくついてきてくれたな」
部下との関係を過去形で語るルートヴィッヒの腕にアリエルは包まれていた。
「みんな、ルーイが好きですから」
「そうなのか」
「燃えている孤児院に一緒に入っていくくらいには、ルーイのこと好きですよ」
アリエルの言葉に、ルートヴィッヒは答えなかった。ルートヴィッヒは、火災現場で何があったのか、アリエルには教えていなかった。何度か本当に危ないことがあった。アリエルが溺水させられそうになった直後で心配させたくなかった。結局、言わないままになっていた。
「聞いていませんでしたけど」
「言わなかったな。直後にいろいろあって言いそびれていた」
ルートヴィッヒが黙っていても、実際に助けられた者達は、黙っていない。ルートヴィッヒ達竜騎士の活躍を、彼らは口々に語っていた。
「他にもいろいろ、あったようですね」
「いちいち覚えていない」
そっぽを向いたルートヴィッヒに、アリエルは追求を諦めた。
アリエルは、トールや他の竜から大抵のことは聞いている。ルートヴィッヒに無茶をしたという自覚があれば良かった。自覚があれば、少しは自重するはずだ。
「でしょうね。ルーイ、少しは自分を大切にしてください」
「そのつもりなのだが」
「どこがですか」
驚いたアリエルはルートヴィッヒの腕を振りほどいた。
「自覚ないのですか」
アリエルの非難がましい目に、ルートヴィッヒは大きな体を精一杯縮めた。
「そう言われても。それに、言われたんだ。あの時、赤ん坊がいるって」
本当に色々あった。一番危なかったのは、孤児院での救助だが、見捨てるなど出来なかった。
「子供だけでなんとかしようとしていて、放っておけなかった」
ルートヴィッヒはアリエルの頬を両手で包んだ。
「大人達が逃げてしまって、小さな子を大きな子が背負ったり、手を引いたりして逃げていた。また孤児院に入ろうとするから止めたら、赤ん坊がいる、助けに行かないと、と言われた」
本当ならば、まだ大人達に守られているべき子供が、子供を助けようと必死になっていた。
部下に上空から消火をさせながら、ルートヴィッヒと数人は、燃えている建物に入った。年長の子供たちは、率先して赤子を背負い、幼子を抱き上げ、泣く子の手を引っ張り逃げていた。彼らが背負いきれなかった赤子たちをまとめて抱え上げ、すり寄ってきた猫を懐に放り込み、ルートヴィッヒと部下が建物から出てしばらくした後、孤児院は崩れた。
それまで泣いていなかった子供達もそれを見て泣き出した。助かった子供達も、孤児院にいた子供の人数など把握していなかった。今でも全員を助け出せたのかはわからない。火災発生直後に、孤児院にいた大人達は逃げ出してしまった。孤児院が燃え落ち、お家が無くなったと泣いていた子供達も、ルートヴィッヒが懐から猫を取り出すと笑った。
「ありがとうございました」
住んでいた孤児院が焼け落ち、不安だろうに子供達はルートヴィッヒ達竜騎士に礼を言った。引き離すと可哀そうだと思い、全員一纏めに、近くの修道院に避難させた。王妃が死んで仕事が減った後宮から、侍女を手伝いにやった。人選はマーガレットに任せた。特に口止めしていなかったから、誰かが話したのだろう。
ルートヴィッヒは修道院に何度か様子を見に行った。問題がないわけではないが、何とかなっていると、年長の少年と少女は言った。
「少し、お前に似た気の強そうな子供達がいたな。今でもいろいろと率先して、頑張っているらしい」
アリエルが微笑んだ。
「多分、その子達だと思います。お礼を言われました」
アリエルが窓辺を指した。野の花を摘んだ、小さな花束があった。
「あれをくれました。何もないけれど、皆からのお礼の気持ちだと言っていました」
「そうか」
アリエルの左の薬指には、ルートヴィッヒが贈った指輪が光っている。避難所等にいくときもそのままだ。貧しい者達が多いところに、金目のものを身に着けていっては危ないのではと最初はルートヴィッヒも思った。だが、彼らは、アリエルとルートヴィッヒの婚約を喜び、祝いの言葉をくれた。
結婚式はいつかと聞かれたとき、二人はあいまいに笑い、まだ決まっていないと答えるしかなかった。
執務室でも、御前会議でもアリエルは指輪をつけている。貴族がどう反応するかが、問題だった。貴族の面会は、連日予定されていた。




