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16)指輪1

 王都に戻り、また忙しい日々が始まった。焼けた貧民街は、一度更地に戻すことになった。王都にあった侯爵家の屋敷の改築だけで、避難民を受け入れることはできない。


 侯爵領への帰還を希望する者達を、故郷に帰す必要がある。無秩序に帰還されては、侯爵領が荒れる。移動中に強盗に襲われる危険も、逆に略奪する可能性もある。それだけのために、竜騎士や騎士団を動かす余力もない。途中、通過せねばならない土地を治める貴族達の協力が必要だった。


 連日の折衝だ。ルートヴィッヒは疲れていた。竜騎士としての鍛錬は、午前中だけになっていた。後任を誰にするかも問題だ。宰相代行としての仕事を終え、休む前の時間、アリエルと過ごしていた。アリエルと過ごす時間、腕の中の柔らかく暖かいアリエルを抱きしめて、過ごす時間が、安らぎだった。だが、その時間も時に辛かった。


 ずっとそばに一緒に居てくれるというが、妻には出来ない。愛人と同じだ。 


 王宮にいると、不愉快な噂話ばかり聞こえてくる。貴族の中に、アリエルをルートヴィッヒの愛人とみなし、飽きたら捨てるだけだと噂する者がいることは知っている。自分の娘を、妻にと勧めてくる貴族がいることも知った。最近まで、ベルンハルトはルートヴィッヒに知らせずに片付けていた。午前中の仕事の進み具合があまりに遅いことから、問いただして分かったことだ。ルートヴィッヒの怒りは、アリエルが鎮めてくれた。


 かつて、貴族の多くはルートヴィッヒを庶子と嘲笑い、排斥しようとした。心の中で今もルートヴィッヒを庶子と嘲笑う者の方が多いだろう。腹に一物を抱えたままの貴族達が、ルートヴィッヒが宰相代行となり侯爵家の広大な領地を引き継ぐことが決まったとたん、態度を変え、次々と娘を差し出してきたのだ。


「聞き覚えのないお名前ばかりですけれども」

マーガレットが首を傾げた。シャルロッテは他人を、特に女性を罵ることに余念がなかった。大半の貴族の女性の名前を、マーガレットは耳にしていた。


「なかなかに、悪質と申し上げましょうか」

書記官達が調べたところ、彼ら貴族の言う娘たちの大半が、急遽彼らが迎えた養女とわかった。

 ルートヴィッヒとベルンハルトの両方が激怒した。

「適当に拾ってきて娘だと偽るなど。石ころでもあるまいに、なにを考えている」

「何でも適当にあてがっておけばいいとでも、思っているのか。自分達が愛人を適当に(もてあそ)んでは捨てているからと、人の兄を同じ扱いにするな」


 怒る二人がいる執務室で、書記官達は黙々と彼らの仕事を続けた。

「書記官達も豪胆になりましたわね」

落ち着かせようと、人数分のお茶の用意をするマーガレットも十分に豪胆だと思ったが、アリエルは指摘しなかった。


 時に騒がしい日もあるが、大半は書類仕事に明け暮れて一日が終わる。


 ルートヴィッヒはアリエルを妻に迎えたい。だが、人の命を守るというのは容易ではない。


 ルートヴィッヒは、アリエルを喪いたくはないがため、アリエルの立場をはっきりさせることを避けていた。アリエルを、中途半端な立場に置いているから、貴族達が妙な勘繰りをするのだろう。アリエルの立場をはっきりわかるように示す方法の一つは、ずっとルートヴィッヒの手元にあった。


 一日が終わろうとする頃、アリエルを抱きしめる今が幸せだ。


「僕は、息子の願いを叶えてやりたい」

この時間がもっと長ければいいと思う。ベルンハルトの言葉に乗せられてやっても良いかもしれない。

「私は従兄弟が欲しい。ラインハルト侯」

エドワルドの願いは、ルートヴィッヒの願いでもある。


 ルートヴィッヒは、首から下げていた小さな袋から中身を取り出した。

「アリエル」

アリエルの左手をとり、薬指に指輪を嵌めた。

「ルーイ」

アリエルが驚いたように目を見開き、手を見ていた。

「ずっと渡したかった」

渡したくて渡せなかった指輪だ。夜、寝ているアリエルの指に嵌めて、眺めていた。その手に口づけたこともある。アリエルは一度寝るとなかなか起きない。寝ている間に指輪を外すのは、虚しかった。


「あの、これ」

「結婚を申し込む時、男は女に装身具を送る」

戸惑った様子のアリエルの手に口づけた。

「愛している。アリエル。今は無理でも、いつか結婚しよう」

「ルーイ」

アリエルがルートヴィッヒに抱きついてきた。

「うれしい」

細い金の指輪には、ルートヴイッヒの髪色に似た、暗い赤いルビーが一列に並んで光っている。アリエルが指輪に触れた。ルビーを撫でたその手を伸ばしてルートヴィッヒの頭を撫で、髪を指に絡ませた。指輪にもう一度触れたアリエルがルートヴィッヒを見上げた。


「あの、少し緩いのですけど。無くしてしまいそうで怖いです」

「職人に直せる。大丈夫だ」

ルートヴィッヒは、アリエルの指から少し指輪をずらした。

「とれなくなると困る。夜、こっそり嵌めて、お前が気づく前に外していた」

「え」

「お前は一度寝ると、なかなか起きないからな」

指輪が光るアリエルの手をとり口づけた。


「気づいていなかったか。寝言を言うし、寝返りを打ったりするし、目が合ったような気もしたが。何も言わないから、気づいていないと踏んでいたが、本当に気づいていなかったとはな」

「いつからですか」

「秘密だ」

ルートヴィッヒはアリエルの口を覆って誤魔化すことにした。


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