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15)トールとルートヴィッヒとアリエル3

「ならば、竜騎士を辞めてもいいな。後継者を決めないといけないが」

「え、辞めるのですか」

ルートヴィッヒの言葉にアリエルは驚いた。


「王都竜騎士団団長として、必要な職務を果たしていない私が、これ以上団長の地位にあるのは問題だ。かといって、私が竜騎士のままなら、後任の団長に気苦労をかける。竜騎士を辞めてもトールが乗せてくれるなら、竜騎士であり続ける必要もない」

ルートヴィッヒは清々しく笑っていた。


「ルーイ、あなた、トールに乗りたくて竜騎士になったのですか」

アリエルは、弟であるベルンハルトを軍事面で支えるためだと思っていた。


「トールに乗って飛んでみたかった。そのために竜騎士になればいいと知った。そのあとから、竜騎士になれば、安易に殺害されないことに気づいた。王都竜騎士団は国王陛下の剣と盾だ。特に団長はそうだ。そうなったら、殺されないし、ベルンハルトを武力で支えることができると気づいた」

「最初の動機がトールですか」


 また前を向いたトールだが、どこか嬉しそうなのはアリエルの気の所為ではないだろう。

「子供の時、竜舎に逃げ込んだ。大きな竜が、星に照らされて、とても綺麗だったんだ。目が合って、優しそうだったから、惹かれて檻に入った。匿ってくれて嬉しかった」

ーあの時の子供が、本当にここまで成長するとはなー

トールも感慨深げだ。


「竜騎士が竜に乗って飛ぶのは前から見ていた。とても遠くまで行けると聞いて、飛んでみたいと思った。この綺麗な竜に乗って飛んだら、どれだけ気持ちが良いだろうと憧れていた。そのあとから、トールが、この国一の暴れ竜で、誰も乗せたことがないと知って落胆した。誰も乗せないなら、当然私など乗せてもらえるわけがないと思った。それでも匿ってくれるし、人間の食べ物をくれるからよくトールに会いに行って、丸まったトールの足の間で眠った。いつも夜だったから、星や月に照らされているトールばかり見ていた。綺麗だった。お前が言うように、夕日で照らされている時もきれいだが」

トールのこととなると、ルートヴィッヒは言葉数が増える。


ー竜丁達は、人間の食べ物を、私の檻の中にわざと落としていった。多分、人間の子供が来ていると気づいたのだろうー

「子供だった時のルーイに懐かれていたのがうれしいなら、素直に喜びなさいよ。それに、綺麗と言われたのも、うれしいでしょうに」

アリエルは目の前にあるトールの背を叩いた。素直でないのは、トールもルートヴィッヒと同じだ。


「トールのところにあった人間の食べ物は、当時の竜丁さんたちが、トールの檻にわざわざ落としていったものだそうです。人間の子供がいると気づいたようだと、トールが言っています」

「そうか。礼を言おうにも、私が就任したときの人事で、色々問題があったからな。当時の竜丁たちが、どうしているかというのは難しいな」

時々、ルートヴィッヒが語る過去は、当時の政争の凄まじさをアリエルに感じさせる。ルートヴィッヒはそれを当然のことだと思っているようだから、なおさら恐ろしい。


「ルーイが辞めるときの人事は、無難にするために、ルーイは顧問かなにか、竜騎士として関わる立場を残しておかれてはどうですか。ルーイもゲオルグさんにいろいろ相談したと思うのですけれど」

アリエルの言葉に、ルートヴィッヒとトールが低く笑った。

「したな。今も、助かっている」

ーそうだな。子育ての悩みは、色々聞かされているぞー

 

 ルートヴィッヒの育ての親達が、言葉は通じないままに、あれこれ相談する様子を想像し、アリエルは微笑んだ。


「ルーイも、次の団長の相談に乗ってあげてください。ルーイは、団長相談役とか、顧問とか、何かそういう役職にされたらどうでしょう。今、王都竜騎士団から団長を選ぶと、他の竜騎士団団長よりも相当若くなります。他の竜騎士団団長から、王都竜騎士団団長に任命しようにも、今、各地の団長を動かすことが、適切とは思えませんし。ルーイが後ろ盾になってはどうですか」


 非友好国に面している南はアルノルトが抑えている。東方の団長は、副団長カールという有能だが問題がある男と相性が合う貴重な人物であり、ぜひこのままにしておきたい。西は残念ながら貴族出身者たちをつけあがらせた以上、王都竜騎士団団長になどできるわけがない。


「ベルンハルトに相談だ。私の一存では決められない」

ルートヴィッヒはそういうと、腕の中のアリエルの頬に口づけた。


「うれしそうですね」

「トールがまだ山に帰らないのがうれしい」


ーほら、素直に喜んだらどうだ。息子があなたを慕っているー

ー誰が親だ、誰が。人の子など、(はら)んだ覚えも(はら)ませた覚えもないー

ー素直でないな。親子揃って。本当に似たもの親子だー

竜達も楽しげだ。


「あとは、アリエルを妻として迎えることができたら。だが、未来の国王の従兄弟を産む女となったら、貴族がどう思うか。国王と、その血縁者の力ばかりが強くなると、懸念する者もいるだろう」

アリエルを抱くルートヴィッヒの腕の力がまた強くなった。


「お前を喪いたくない」

ルートヴィッヒが子供のころ、彼は母親の元から王都に連れてこられた。


 ルートヴィッヒの母親は、その直後、真冬の川に落とされて死んでいたことが、最近わかったばかりだ。ルートヴィッヒも母が殺されたことまでは、情報を掴んでいた。せめて苦しまずにすんだのであればと願っていたが、ルートヴィッヒの願い通りではなかった。


「だが、今のままも辛い。お前と結婚したい。子供が欲しい。家族が欲しい」

避難所で、町で、村で、いろいろな家族を見た。羨ましかった。苦労もあると聞くが、それでもルートヴィッヒは羨ましかった。


「私も、そうできたらうれしいです。でも、今のままでも、あなたと一緒にいられますから、幸せです」

「お前は多くを望まないな」

「えぇ。女にとって、妊娠、出産は命の危険があります。怖いという気持ちもあります」

「それは嫌だ」

「もし、あなたと結婚出来て、子供が生まれて。でも、その時に私が死んでしまったら、あなたに子供を育ててほしいです」

「わからない。そんなことになったら、わからない。後悔するだろう。お前を妻としなければ、ずっと傍に居てくれたのにと。赤子をどう思うかわからない。想像も出来ない」


ー人間はそうだな。人間の女はそれで時に死ぬ。お前が死んだら、“独りぼっち”が死にそうだ。お前が子供を遺しても、育てるどころでなくなりそうだなー

「死ぬな。私より先に死なないでくれ、お願いだ」


 人の寿命など、人が決めるものではない。だが、アリエルが先に死んだら、ルートヴィッヒが死にそうだというトールの言葉は無視するにはあまりに真剣だった。


「いっしょに、年を取りましょう。ルーイ。一緒に白髪になって、髪の毛が薄くなって、皺皺になりましょう。だからルーイも無理をしないでください」

アリエルには、ルートヴィッヒの怯えの根幹はわからない。出来るのは小さな約束だけだ。

「皺か。そんなに長く、想像できないな。ずっと先か」

「えぇ」

「ずっと先もずっと一緒か」

「もちろんです」

「いいな、それは楽しそうだ」

ルートヴィッヒが笑った。


ー“独りぼっち”とお前の子供か。私は見てみたいがなー

 

 トールの言葉にアリエルは答えなかった。子供は欲しいとアリエルも思う。だが、そのために死ぬかもしれないというのが怖い。貴族に命を狙われ、出産どころではなくなるかもしれない。

「えぇ。ずっと一緒です」

アリエルはルートヴィッヒに身を任せた。


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