14)トールとルートヴィッヒとアリエル2
風を切り飛び続けるトールの背で、アリエルはルートヴィッヒに身を任せたまま、静かなルートヴィッヒの息遣いを聞いていた。
「アリエル、お前はトールの言うことがわかるのか」
ルートヴィッヒがまた、前と同じ言葉を口にした。
「あなたよりも、ずっとたくさんわかります」
「いいな。うらやましい」
ー私達の言葉の前に、人の言葉に慣れろ。全くー
「わかるのか。いいな。うらやましい」
ルートヴィッヒは繰り返した。
「いいでしょう」
アリエルは笑い、つられたようにルートヴィッヒも笑った。
「本当にうらやましい」
「だから、トールが、仕方ないからあなたの寿命まで、付き合ってやるかと思っているのも本当ですよ」
ルートヴィッヒは答えなかった。
「ルーイ、どうしました」
アリエルは振り返った。
「竜騎士ではなくなっても、か」
ルートヴィッヒの躊躇いながらの問いに、呆れたようにトールが叫んだ。
ーそもそも、ずっと私に乗りたいと言ったのはお前だろうが。本当にお前は、子供のときから世話の焼けるー
トールの怒鳴り声に、近くを飛ぶ竜が笑った。
―おやおや。子離れがまだのようだなー
―誰が子離れだ、誰がー
―子も素直でないが、親も素直でないなー
―よく似た親子だー
ー誰が親子だー
竜達が騒がしくなった。
「今、トールが何を言ったかわかりますか」
「呆れられた」
叱られた子供のような口調のルートヴィッヒが気になったのか、トールが振り返る。
「トールにずっと乗りたいといったのは、あなただそうですけれど」
「言った。竜騎士見習いの時だ。あの頃は、いつ殺されるかと思っていた。死ぬ前にトールに乗って飛びたかった。王都竜騎士団団長になってみると、立場的に長生きできないと思った。トールは、他の竜を助けて自分が囚われたと聞いている。群れでも立場が上だったはずだ。だったら、群れも帰ってきてほしいだろうし、トールも帰りたいだろう。どうせ長くないから、その間、群れからトールを借りていてもいいだろうと思っていた」
ルートヴィッヒが自分を大切にしないのは、今に始まったことではなかったようだ。
ー“独りぼっち”らしくて、呆れるー
トールの言葉に続けて、竜達が揃って大きな溜息を吐いた。今だけは、ルートヴィッヒは竜の言葉がわからないほうが良いかもしれない。
「このまま、王都竜騎士団団長でいることは困難だ。かといって、私が竜騎士のまま、次の者に団長を譲るとなっても難しい。団長を誰かに譲るならば、竜騎士もやめるべきだ。竜騎士でもないのに、トールに乗りたいなど。トールに仲間と離れて、このまま私といてくれなど言えない」
アリエルを包み込むくらいに大きなルートヴィッヒが、小さな子供のように思えてきた。
ー言っているだろうが。全部聞こえているのがわからんのかー
トールの愚痴に、竜達が笑う。
―珍しく“独りぼっち”が素直なのだから、聞いてやれ、親だろうー
―だれが親だ、誰がー
「ルーイは、トールのいない生活なんて考えられますか」
「無理だ、嫌だ、考えられない」
「他の竜に乗るのは」
「トールがいい」
ーやせ我慢はいい加減にしろ。“独りぼっち”のくせにー
正面を向いて一直線に飛んでいたトールが、また振り返って背に乗るルートヴィッヒを見た。
「今、何と言ったか、わかりますか」
「叱られたような気がする。多分、私がトールにいてほしいが、仲間のためにパンドゥーラ山脈に帰らせるべきだと思っていることだ」
「そうそう。素直に言ったらどうですか」
あれこれ言っていた竜達も静かになった。
「ずっと、トールに乗っていたい。ベルンハルトの即位まで、自分が生きているとは思っていなかった。だから、ずっとと言ったが、ほんのしばらくの間だからいいと思っていた。だが、状況が変わった。アリエル、お前がいる。できるだけお前と長くいたい。ベルンハルトの言う通り、宰相も安全とは言い難いが、武官よりはましだ。思っていたより長く生きるかもしれない。それでもずっとトールに乗っていたいと、言って良いのだろうか」
気弱な言葉を口にするルートヴィッヒを見るトールの目は優しい。
ー良いもなにもすでに聞こえている。“竜丁”、お前は“独りぼっち”に、私が全部聞いていると言え。“独りぼっち”の寿命くらいは付き合ってやる。どうせ人の寿命など知れているー
「人間の寿命など、たかが知れているから、あなたの寿命くらいはつきあってくれるそうですよ」
「そうか」
たった一言だが、ルートヴィッヒは本当に嬉しそうに言った。トールが満足そうに笑い、竜達がそれに続く。竜騎士達には、竜の言葉は聞こえない。人の声は風に飛ばされ、届くはずもない。竜騎士達は、鳴き交わす竜達に首を傾げていた。




