6)ルートヴィッヒの過去とアリエル1
執務室では、ルートヴィッヒとアリエルが書類に向かっていた。
「ルーイ。君に面会だ」
ベルンハルトは予定表をルートヴィッヒに渡した。一覧を見たルートヴィッヒの顔が険しくなった。
「断れないのは分かっていますが」
陰鬱な声で呟いたルートヴィッヒの手元の資料を、アリエルは覗き込んだ。
「午前中に次々と使者がきた。書記官に整理させたよ。まだ、先方には連絡していないから、変更は出来る」
「そうですね。会わねばならない」
ルートヴィッヒは頭を抱えた。
「ルーイ」
「しばらくの猶予をいただいたようですね」
面会予定には、具体的な日付は記載されてはいなかった。まだ仮の予定だ。
「君に負担をかけてすまない」
「いいえ。いずれ、向き合わねばならないことです」
だが、言葉と違い、ルートヴィッヒは、頭を抱えたまま動かなかった。
「団長様」
アリエルは、ルートヴィッヒの手にそっと触れた。
「今日はもう、休みましょう」
ルートヴィッヒはその手を取りゆっくりと顔を上げた。
「いや」
「団長様、お顔の色も、あまりよくありません。今日は休みましょう。お願いです。心配です」
「大丈夫だ」
ルートヴィッヒは微笑んだ。
「でも」
「大丈夫だ。今日は早く終わらせて、兵舎に帰ろう。久しぶりに皆と食事も食べたい」
「わかりました。確かに、久しぶりですものね」
アリエルもルートヴィッヒに微笑み返した。
竜騎士達は、彼らの団長が久しぶりに一緒に食事をとることを喜んだ。
夕食後、ルートヴィッヒとアリエルは執務室にいた。ルートヴィッヒは、膝の上にアリエルを乗せ、アリエルの淹れたお茶をゆっくりと飲んだ。火災から数か月、そんな時間は全くなかった。
お茶を飲み終わったら、仕事を始めるのが常だった。だが今日は、ルートヴィッヒは膝の上に乗せたアリエルを抱き、ゆっくりと撫でていた。アリエルは、ルートヴィッヒの好きにさせていた。ルートヴィッヒに抱かれているのをいいことに、アリエルはその胸に頬を寄せた。そんなアリエルに気づいたルートヴィッヒが、静かに笑った。
ルートヴィッヒは、想いを言葉にすることが苦手で、すぐに自分を抑えてしまう。
昨夜はエドワルドの誕生祭だった。火災の後、久しぶりの祝い事だ。王宮も町も浮かれていた。避難所の人たちがどう感じるか、アリエルは心配したが、彼らも祝い事を楽しんでいるようだった。慰問にやってくるエドワルドは、彼らに慕われていた。とても、喜ばしい日だった。
多忙を極めていたルートヴィッヒも、誕生祭の打ち合わせには熱心だった。ベルンハルトの誕生祭の日に侯爵の放火で町が焼けたことを悔い、エドワルドの誕生祭が良いものとなるよう警備に心を砕いていた。だが、昨夜、ルートヴィッヒは帰ってくるなり礼服も脱がずにアリエルを抱きしめ、涙を流した。
事故や事件があったとは聞いていない。会場にいたリヒャルトは、会場が一瞬静かになったから、ルートヴィッヒのいた上座のほうで何かあったらしいが、わからないと言った。
ベルンハルトやエドワルドの様子も、いつもと違った。給仕をしていて何かを知っているはずのマーガレットも、王宮の噂を聞く機会があるはずの書記官達も、何も言わなかった。アリエルは、言葉少ないルートヴィッヒが口を開くのを待った。
「遅くなったな。お前は休め」
ルートヴィッヒが口にしたのは、アリエルが待っていた言葉ではなかった。アリエルを抱きしめていたルートヴィッヒの腕が緩んだ。
「ルーイ」
何も言わずに、ルートヴィッヒはアリエルに口づけた。
「付き合わせてしまった。アリエル、お前はもうお休み」
言葉も態度も優しいが、ルートヴィッヒが、昨夜のことを口にしたくないという拒絶があった。
アリエルは俯いた。悲しかった。自分一人が蚊帳の外に置かれた気がした。ルートヴィッヒに抱き着き、胸に顔をうずめた。
「アリエル。どうした」
アリエルは、ルートヴィッヒの言葉に答えなかった。
「アリエル」
ルートヴィッヒは、離れようとしないアリエルに戸惑ったようだが、また抱きしめ、背を撫でてくれた。
「どうした」
自身が辛いはずなのに、何も言わないまま、ルートヴィッヒはアリエルを案じてくれる。それが、悲しかった。




