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5)過去の影

 エドワルドは、休憩を切り上げ、執務室に戻る二人を見送った。

「父上」

エドワルドは、ベルンハルトを見上げた。エドワルドは、ルートヴィッヒとアリエルに結婚してほしかった。二人が、愛し合っていることくらい、エドワルドにもわかった。二人とも、大好きだ。大好きな二人に結婚してほしい、大好きな二人の間に子供が生まれたら、一緒に可愛がりたい。それだけだった。


「父上、私は、ラインハルト侯と竜丁が好き合っているから、結婚したら良いと思うだけなのです。何故、駄目なのですか。昨日、貴族達は賛成だと言いました。何故、無理なのですか」

エドワルドの願い通りになれば良いと、ベルンハルトも思う。だが、人は善意だけでは行動しない。善意を言い訳に、悪行を行うことも少なくない。ベルンハルトは説明に困った。


 いくらルートヴィッヒが竜騎士であることを誇りに思っていても、永遠に続けられるわけではない。年齢を重ねたら引退する必要がある。竜騎士を引退した者達の、その後の人生は様々だ。


 宰相代行という地位も、侯爵領の拝領も、ルートヴィッヒの過度な負担になることは分かっていた。だが、竜を降りた時、竜騎士でもなく、侯爵でもないルートヴィッヒを守るものは何もない。宰相という地位にあれば、彼を無駄に襲うものもいないだろう。ルートヴィッヒを侯爵の地位にとどめるには、侯爵領を彼に授けることが必要だった。ルートヴィッヒを守るため、ベルンハルトなりに手を打った。


 影が苦言を呈するほど、ルートヴィッヒに負担をかけているとは思わなかった。


 ベルンハルトはエドワルドを見た。

「私利私欲のために、家のために、領地や領民のために、財産のために、貴族は行動する。約束を違えることもある。貴族にとって当然の行為でも、私達から見れば裏切りだ。ルーイはそれをよく知っている。貴族が、今は賛成していても、何かあればすぐ意見を(ひるがえ)すだろう。あるいは、表向きは賛成しながら、気づかれないように暗殺しようとするかもしれない。陥れようとするかもしれない」


 事実、先日の王都の火災は、ルートヴィッヒを陥れるために引き起こされた。

「侯爵がルーイに放火の濡れ衣を着せようとしただろう。同じことがまたあるかもしれない。あるいは、竜丁ちゃんに何か濡れ衣を着せるかもしれない。例えば、竜丁ちゃんが作る食事に、誰にも気づかれないように毒を入れたらどうなる。竜丁ちゃんに濡れ衣を着せることができる。竜丁ちゃんはそんなことをしない。私達は知っている。でも、罪を着せようとする誰かがいたら、どうなる」


 エドワルドにも、ルートヴィッヒが何を恐れているかがようやくわかった。


 実際に、兵舎で捕らえられた不審者が、懐に毒薬をいれた小瓶を持っていたことがあった。ルートヴィッヒは無表情にその小瓶を自分で保存すると主張した。ベルンハルトは、ルートヴィッヒの底知れぬ怒りを感じ、小瓶を渡さなかった。ルートヴィッヒが主犯を捕らえ、御前会議での評決の前に毒殺することを恐れたからだ。

 

 ルートヴィッヒが神経を尖らせるのは無理もなかった。人が出来ることには限界がある。


 ベルンハルトは手元の資料を見た。書記官が作成した面会の予定が書かれていた。彼らなりに考えたのだろう。旧王妃派と旧中立派と新興貴族が同日に偏らないように配慮された日程になっていた。


 宰相代行であるルートヴィッヒは、表立っては貴族の面会を穏やかに受け入れている。時に貴族に会うだけで、ルートヴィッヒが神経をすり減らしていることを知る者は少ない。


 ベルンハルトは一度だけ、切りかからないでいるだけで、精一杯だったと、面会直後のルートヴィッヒに打ち明けられたことがあった。


 もとは、旧王妃派の大貴族だった。先代の当主は、ルートヴィッヒの暗殺を目的に刺客に大金を払った貴族の一人だ。その金で雇われた刺客達が、ルートヴィッヒを襲い、ルートヴィッヒを守った護衛騎士達が死んだ。面会を申し込んできたのは、代替わりした息子だった。


 当時の当主だったら、自分のために命を落とした護衛騎士達の(かたき)をとりたかった。眼の前にいる今の当主、息子を殺して後悔させてやろうかと思った。思いとどまったのは、傍らにいたアリエルに返り血を浴びせたくなかったからだ。とルートヴィッヒは言った。


 ルートヴィッヒは、(かたき)をとらなかった、とってやれなかったと悔いた。だが、手にかけてもルートヴィッヒは悔いただろう。


 せめて、息子が父の素行を少しでも詫びていたら、ルートヴィッヒは別のことを思ったはずだ。だが、代替わりした当主からは、ルートヴィッヒへ詫びも気遣いも一言もなかった。


 義務感の強いルートヴィッヒは、私利私欲なく宰相代行としてなすべきことをする。宰相代行であるルートヴィッヒが、宰相となることを望む貴族も多い。私利私欲がないのはよいが、ルートヴィッヒは彼個人の想いを押し殺す。自らの願いを簡単に諦める。ベルンハルトは、ルートヴィッヒから、何もかも諦めようとした時もあったことを打ち明けられていた。


「面会を申し込んでいる貴族たちが、ルーイの味方となることを誓ってくれたり、ルーイやアリエルの結婚を支持すると表明してくれたら、少しは変わると思うけどね。少なくとも、竜丁ちゃんが子供を産んで、その子がある程度大きくなるまでの間だけでも、貴族達が言葉通り二人を支持してくれたら良いけれど、それもわからないからね」


 いずれ誰かが裏切る。一時期であっても政情が安定するだけでかなり異なってくる。ベルンハルトは、面会の予定表を手に、ルートヴィッヒとアリエルに続いて執務室に向かった。


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