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2)兵舎

 ルートヴィッヒは兵舎に戻った。まだ子供であるエドワルドの生誕祭は、比較的早く終わる。

「お帰りなさい」

アリエルは、微笑んで迎えてくれた。

「あぁ。戻った」

礼服のまま、ルートヴィッヒはアリエルを抱きしめた。愛おしいこの温もりを手放すなど出来ない。


「ルーイ。何かありましたか」

アリエルは時々、とても聡い。

「ルーイ。どうされました」

ルートヴィッヒの目から、涙がこぼれた。

「すまない」

アリエルは、傍に居てほしいというルートヴィッヒの我儘を受け入れてくれた。何も与えてやれないというのに。


 妻として迎え入れてやることも出来ない。子を持つことも出来ない。アリエルは優しい女だ。きっと優しい良い母になる。火災の避難所で、慈愛の微笑みを浮かべ赤子を抱くアリエルを見て、その美しさと、決して手に入れることができない光景に胸が引き裂かれるかのように辛かった。


「ルーイ。本当にどうされました。何があったのですか」

ルートヴィッヒは何も言えなかった。


「ルーイ。着替えましょう。お茶を飲んで落ち着きましょう。あなたはずっと働き詰めです。今日は早く休みましょう」

「あぁ」

腕を抱く力を緩めると、アリエルに礼服の上着を脱がされた。

「あなたは働きすぎです」

アリエルはそっと、ルートヴィッヒの頬に手を添えた。ルートヴィッヒの頬は涙に濡れていた。


「お前は、優しいな」

「優しいでしょう。感謝してくださるなら、優しいルーイは食堂に一緒に行ってくれますよね。お茶を淹れますから、一緒に飲みましょう。私に付き合ってくださいな」

冗談めかしたアリエルの言葉に、ルートヴィッヒは救われる思いがした。


 礼服を脱ぎ、平服に身を包み、ルートヴィッヒは食堂にいた。隣に座るアリエルの肩を抱いていた。


 アリエルはただ、黙ってルートヴィッヒのしたいようにさせていた。ここのところの忙しさで、ルートヴィッヒが疲れ果てているのが心配だった。エドワルドの誕生祭で何かあったのだろう。


 ルートヴィッヒは貴族が集まる場所を好まない。貴族の大半が、ルートヴィッヒの命を狙っていた旧王妃派に属していた。それが今や、過去に何事もなかったかのように、にこやかにルートヴィッヒに接してくる。ほとんどの家が代替わりをしている。先代の暴挙など、彼らにとっては終わったことなのだろう。


 実際に襲われていたルートヴィッヒにとっては、今も現実だ。貴族達の豹変ぶりに、ルートヴィッヒがやりきれない思いを抱いていることを知っていた


 アリエルはただ、ルートヴィッヒが落ち着くのを待っていた。


 ルートヴィッヒの手がゆっくりと、アリエルの頭を撫で始めた。

「アリエル。トールみたいにしてもらっていいか」

アリエルは笑うと、立ち上がり、ルートヴィッヒの頭を抱き寄せ、そっと撫でた。

「トールはここを撫でてもらうのが好きですよ」

アリエルは、ルートヴィッヒの耳の後ろを掻いてやった。

「くすぐったい」

ルートヴィッヒが笑った。

「やっと笑ってくださいましたね」

アリエルは微笑んだ。


「すまない」

「いいえ。ただ、何があったか、お話しいただけますか。心配です」

「お前を喪いたくない」

ルートヴィッヒの微かな声がした。

「ずっとあなたのお側にいます」

「お前になにも与えてやれない」

「十分です。幸せですもの。あなたにお会いしなければ、あの山村で養父を喪った私は、流れ者の捨て子として、どうなっていたかわかりません」

アリエルは、多くを望まない。ルートヴィッヒは、そのことに甘えている自覚があった。


「すまない」

「ルーイ、謝らないで。あなたは何も悪いことをしていませんもの」

アリエルの言葉は、ルートヴィッヒには虚しく聞こえた。ルートヴィッヒが生きたいと願ったことで、多くの者が死んだのだ。

「私がいなければ、死なずに済んだ者は大勢いる」

「あなたが助けた人も多いではありませんか」

「偽善だ」


 エドワルドの慈善事業に、ルートヴィッヒは警護に付き添っている。影で偽善と罵る者も多い。ルートヴィッヒ自身が、己を責めていることを、誰も知らないだけだ。

「そんなことを言ったら、ペーターとペテロが騒がしくなりますよ」

彼らに剣の基本を教えたのはルートヴィッヒだった。

「おしゃべり双子か」

双子は常に一緒にいて騒がしい。


「えぇ。そして、あの二人の父親が、牢の天井を壊してくれました。それで私は外に出ることができました」

「双子が父親を見直したと言っていたな」

「えぇ。父親も、息子達の竜騎士姿を見て、誇らしく思ったそうです」

「それはよかった」

石工の父は、双子が竜騎士となったことを、快く思っていなかった。石工である父の跡を継ぐことを望まなかったからだ。親子の和解は、ルートヴィッヒにとって朗報だった。彼ら双子が竜騎士となるのに力を貸したことで、親子の不仲の誘因となったのではないかと、負い目があった。


「ルーイ、何もかも一人で背負わないでください。あの時、私が水牢から外に出られたのは、ペーターとペテロの父親のおかげです。竜騎士になりたいという彼らに、あなたが手を貸したから、父親がすぐに来てくれたのです」

アリエルの言葉に、ルートヴィッヒは答えなかった。

「もう遅い、休もうか。遅くなってしまった」



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