幕間 リヒャルトと親父 4)親父の計略
「まぁ、綺麗」
真っ先に、楽しげな声をあげたのはマーガレットだ。アリエルはその隣で、目を丸くしている。
「とても素敵ですわ。こちらも見せてくださいな」
マーガレットがいてくれて助かった。アリエルに似合うのを選んで見せると張り切っていただけあって、上手くアリエルを誘導している。
「どうぞどうぞ、よくご覧くださいませ。宝石達も可愛らしいお嬢さん方に見てもらったほうが幸せですよ」
意味不明な売り文句を口にしながら、父親は二人に装飾品を次々とあてがっている。二人に見えない位置にいる従業員の手が、休みなく動いている。手の動きから察するに絵を描いているのだろう。素晴らしい才能だ。ハインリッヒが言うマーガレットの話が本当ならば、あの絵はベルンハルトに届けられ、あれこれ意匠を決める材料になる。父親は本気だ。
「あら、この指輪の可愛らしいこと。竜丁さん、ほらお試しになって」
マーガレットはアリエルに腕輪や指輪を勧めている。ベルンハルトが誂えようとしているのは首周りの装飾品だと聞いた。同じものにならないようにとの気配りだろう。女も、女に贈り物をする男も大変だ。
飾り一つない無骨な部屋に運び込まれた宝石達はきらびやかな光を周囲に反射している。
「綺麗だろう」
リヒャルトは窓から、庭にいる竜に声をかけた。竜も、気になるのか時々中を覗いている。
「団長には許可貰ってるから、気にするなって」
見慣れない人間に警戒しているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
「あっちが気になるのか」
竜の視線の先にいるのは、楽しげな女性達だ。
「あれは、細かいことは団長には内緒だ」
リヒャルトの言葉に、竜達が頷く。竜が相手だ。色々喋ってしまいたいが、警護のため窓際に陣取っているハインリッヒとの距離が近い。
「俺も仕事をするか」
これ以上、突っ立って暇にしていると、喋りたくなってくる。リヒャルトはヨハンの接客を引き受けることにした。女性二人のことは父親に任せることにした。
「首飾りが良い」
ヨハンの希望ははっきりしていた。
「俺の瞳の色の宝石が彼女の胸元を飾る光景を、想像しただけで最高だ」
ヨハンが続けた言葉にリヒャルトは絶句した。頬を染めているイグナーツの気持ちもよく分かる。
「それは、ご令嬢のご両親の前では、絶対に口にしないほうがよいと思う」
良識あるハインリッヒの発言に、リヒャルトは頷いた。
「恐れながら、お相手の方は」
見本を並べていたが従業員が家名を口にした。
「あぁその家のご令嬢だ」
ヨハンの返事に、父親の肝入りの従業員が微笑んだ。
「御当主様が奥方様に首飾りを好んで贈っておられます。おそらくですが、ご不快に思われることはないかと思われます」
「そうか。それはよかった」
ヨハンは笑顔だ。
ペーターとペテロが顔見合わせた。商人の情報網を侮ってはいけない。若い二人には良い教育になっただろう。
リヒャルトは胸の内にある疑念を口にしないことを選んだ。ヨハンと相手の父親の趣味が似通っているならば。娘に懸想する男が何を考えて首飾りを選んだのかを、父親が察するかもしれない。リヒャルトは、妹に言い寄る男が胸元がなどと考えていたら、張り倒す。同じ男だからわかるが、それとこれとは話が別だ。
「かのお家のお嬢様でしたら、この者がほぼ同じ背丈です。鎖の長さがこのくらいですと、喉元になります。こちらですと首の少し下になります」
流石父親が選んで連れてきただけのことはある。隣に立つ別の従業員に鎖をあて、長さを見せている。
「石の大きさで印象も変わります」
「成る程」
ヨハンが石に見入っている。
リヒャルトの懐具合を父親は知っている。つまり竜騎士の給料は父親に知られている。ヨハンの実家と相手の子爵家の経済状況も父親は調べていた。良識的な値段で最高の品にしてやるから俺に任せろと父親は豪語した。言葉通り、父親が揃えた石は、かなり質の良さそうなものだ。
「石の良し悪しはわからん」
ヨハンは首を捻っている。
ここは宝石商の息子の出番だろう。
「まずはさ、最初に見て、好きなやつを数個選ぶとこから始めたらいい。値段は誰から見ても分かる価値だ。だけどな、なんとなく気に入ったってのは、本人だけが分かる価値で、そういうのも大切だ。だからまず、好きなの選べよ。あれこれ考える前に、綺麗と思える石を選べばいい」
「そうか。なら、これとこれと、それ、あぁ、そこのも良いな」
ヨハンが指した石を、従業員が手際よく並べていく。
「その中で、特に気に入ったのをまた選んでみなよ。あと、少し光に翳したり、肌に添えると印象もかわる」
「俺の肌で試してもなぁ」
「袖をまくった内側なら、日に焼けてないだろ」
「そうか、なるほど。そうすると、こっちも捨てがたいな」
悩みだしたヨハンから、父親へとリヒャルトは視線をかえた。
目が合った父親は自信ありげな笑みを向けてきた。あちらの首尾も上々ということだろう。
「坊ちゃま。今、坊ちゃまが懸想なさる御方がおられるかは存じ上げませんが、石だけでも選んでおかれてはいかがでしょう。私が責任をもって、坊ちゃまが必要とされるその日まで、預からせていただきます」
番頭の言葉にリヒャルトは絶句した。まさか自分も父親に狙われているとは知らなかった。
「あ、俺もそれお願いできますか」
リヒャルトが何か言う前に、イグナーツが身を乗り出してきた。
「あの、俺達もいいですか」
ペーターとペテロも番頭に詰め寄っている。
「勿論でございます。竜騎士の皆様にご信頼いただき、これほど嬉しいことはございません」
父親が一番の勝者かもしれない。リヒャルトは、宝石が並ぶ箱に目をやった。
「そちらの御方様もいかがでしょうか」
番頭がハインリッヒにも狙いを定めていた。




