幕間 リヒャルトと親父 1)相談
午後の訓練は、ハインリッヒとリヒャルトの二人が交代で指導している。今後の訓練の計画を話し合っていたときだ。
「リヒャルト、君の父上は、もともと宝石商だったと聞いているが。今も取り扱っておられるのか」
ハインリッヒの言葉にリヒャルトは頷いた。
「あぁ。宝石は今も親父が品質管理してるよ。目が遠くなってくるから、そろそろ引退だろうけど、やっぱ経験が物を言うから、あの業界は」
リヒャルトは、早々に向いていないと諦めた。
宝石の美しい輝きは素晴らしい。だが、リヒャルトは父のように磨き上げる前の原石の段階から質を見極めるなど、出来るようになるとは思えなかった。俺の息子なら出来るはずだと言う父に反発して家を飛び出した。目標通り竜騎士になった。二度と戻ってくるつもりがなかった王都で、王都竜騎士団の副団長になるとは、当時の自分が聞いたら信じないだろう。
「ヨハンが、父親と和解した」
「はぁ」
突然の情報に、リヒャルトは気のない相槌を打った。そういえばヨハンは貴族に戻ったかと思い出す。
「以前から親しくしていた女性に結婚を申し込むそうだ。子爵家のご令嬢だ」
「あぁ、なるほど」
貴族の父親に勘当された息子よりも、貴族の息子のほうが、娘の父親は色よい返事をするだろう。
「子爵家にヨハンが婿入りすることになる。今の情勢ならば、相手も反対しないはずだ」
以前のハインリッヒの話では、ベルンハルトに対抗していた侯爵側の派閥だったはずだ。侯爵が大逆人となった今、ベルンハルトの異母兄の部下を婿に迎えるというのは賢い選択だ。
「結婚を申し込むため、ご令嬢に贈り物をしたいらしい。君の父上にご足労をいただけないだろうか。男には宝石の価値はわからない。あぁ、リヒャルト、君はわかるかもしれないが」
「俺は、見慣れてるだけだから、買い被りだ。ただ、それなら店に来てくれたほうが、ありがたいけどな」
宝石は高価だ。あまり持ち歩くようなものではない。
「それなんだが、一つ相談というか、提案がある。必ず支払うから、支払いを何回かに分けるということはできないか」
意味不明なハインリッヒの質問に、リヒャルトは首を傾げた。
「実は、妹のマーガレットと相談したのだが」
珍しく歯切れの悪いハインリッヒに、リヒャルトは身を乗り出した。
「色々と迷惑をかけたから、詫びをしたいと思って」
ハインリッヒの声がどんどん小さくなっていく。
「かといって、団長を差し置いて、男の私から何か送るわけにもいかない」
小さくなって消えてしまったハインリッヒの言葉の先を、リヒャルトは考えた。
「竜丁か?」
「あぁ」
王都が火事となったあの日、何があったかは、リヒャルトも知っている。
「あれは、俺は団長にも言ったけど、団長の判断も甘かった」
シャルロッテの計画を最初からベルンハルトに伝えておくべきだった。シャルロッテ一人であれば、稚拙な計画しか立てられないと見くびったのだろう。その背後にいた男の存在を考慮しておくべきだった。火刑となった侯爵は、あの偉大なテレジアの弟だ。政治手腕も今一つの愚かな男だという噂はよく聞いた。だが、比べる相手が、国を支え、亡くなった今もベルンハルトとルートヴィッヒに尊敬されているテレジアだ。分が悪すぎる。テレジアよりは愚かでも、大半の貴族よりは賢かったはずだ。
「陛下に相談して、影だけでなく護衛騎士も巻き込んでおけば、王妃をさっさと締め上げて、竜丁を救出できたかもしれない。まぁ、あくまで可能性だ」
リヒャルトの言葉に、ハインリッヒは首を振った。
「秘密は知る者が増えれば、秘密ではなくなる。計画を変更されて、余計に面倒なことになっていたかもしれない」
「まぁ、そうだな」
シャルロッテの嗜虐心を満たすためだけの、愚かな犯行は失敗に終わった。シャルロッテは、己が水を引き入れた水牢で溺死した。自業自得だ。
「俺が人を攫うなら、もっと別の計画を立てたな」
物騒なリヒャルトの発言に、ハインリッヒも頷いた。
「帯剣させたままなどありえない。それで助かったわけだが」
「あぁ。俺なら絶対に取り上げるね」
詰めの甘い稚拙な拉致だ。シャルロッテはアリエルを即座に殺さなかった。長剣も持たせたままにした。水牢に閉じ込めただけで、手足を縛ることもなかった。
「結果的に竜丁は無事だった。だが、単なる偶然だ。本当に危なかったと私は思う。詫びたが、竜丁は気にしていないようだし、団長は自分の判断が甘かったからだと言うが、それでは私の気が済まない」
ハインリッヒはそもそも板挟みで苦労していたはずだ。シャルロッテも侯爵も死んだのに、ハインリッヒは死人の置き土産に悩んでいる。リヒャルトはハインリッヒが可哀相になってきた。
「ハインリッヒの気持ちも分かるけど、竜丁は本当に気にしないだろうし。団長の判断が甘いってのは本当にそうだと思うから、気にするのは止めろよ」
リヒャルトは気休めを口にしてみるが、ハインリッヒは暗い顔のままだ。
「きちんと詫びをしたいと思うが、何をどうしたら良いかわからない。妹に相談したら、団長に竜丁に贈るための装身具を贈ったらどうだと言い出した」
「つまり」
ハインリッヒの話が、突然ルートヴィッヒへの贈り物の話題になり、リヒャルトは首を傾げた。
「妹のマーガレットが言っていたのだが。陛下が団長には内密で、君の父上に女性用の装身具を注文している。まだ準備だそうだが、団長の瞳の色の石を使ったものだ」
リヒャルトは、かなり以前、父親に見せられた宝石のことを思い出した。ルートヴィッヒのために探し出してきたと自慢げな父親に、リヒャルトはルートヴィッヒ周辺のきな臭さを口にできなかった。
「石は君の父上が持ってきて、陛下が気に入ったものだ。妹の話では、装身具を作る過程で、石の加工が必要なはずだ。その破片で小さめの装身具を作ってもらって、それを団長に贈って」
「団長が竜丁に贈って、結婚を申し込むってか。乗った」
突然、話に割り込んできたイグナーツに、リヒャルトとハインリッヒは顔を顰めた。
「突然割り込むな」
ハインリッヒの声が低い。イグナーツが近寄ってきたことに気づいていなかった八つ当たりもあるだろう。
「そう硬いこと言うなよ。せっかくだから、俺も巻き込んでくれ。どうせなら、全員巻き込んだらどうだ」
「なるほど」
イグナーツの思いつきは、なかなかに魅力的だ。
「問題は団長だ。あの侯爵が破滅したが、団長や竜丁に好意的でない貴族など、掃いて捨てるほどいる。団長もそれを御存知だ」
ハインリッヒの苦労性は、本人が色々と気を回しすぎるせいかもしれない。リヒャルトは少し呆れた。
「どうするかは団長が決めることだけどさ、俺たちが賛成だってのを団長に伝えることに意味はあると思う」
「なるほど」
イグナーツの言葉に、いつの間にか部屋に現れたヨハンが頷いている。
「面倒な連中を掃いて捨てたいな、全く」
強引な解決策を口にするヨハンに、ハインリッヒが顔を顰めた。
「正当な理由なく相手を」
「わかっている。だから、叩いて埃が出てこないかと思うが。親父に聞いたら、辺境伯が貴族の面倒な駆け引きの裏側まで知るかと言われた」
ヨハンと父親は、よく似ているということが、はっきりとした。
「それでは、万が一のとき君のお父上が陥れられかねない」
ハインリッヒは顔を顰めたままだ。
「あぁ。兄嫁がしっかりした人が来てくれて、次期当主の兄を教育してくれているからなんとかなりそうだ」
「誰かが、いや、どなたかが叩いて埃を出してくださったら、掃いて捨てる事もできるが。今は贈り物のことを、私は決めたいのだが」
ハインリッヒの発言には、若干不敬の気配がした。
「そうだな。ちょっと親父に相談する。ただ、誰も竜丁の好みなんて、知らないよな」
リヒャルトの言葉に、全員がうなずく。
「そもそも装身具など持っているのか」
「無いはずだ」
「団長が子供の頃の古着を着ているくらいだ。身なりにあまりに関心がない。無さ過ぎる」
「本人に尋ねるわけにもいかないしな」
「団長に結婚を申し込まれる時に、何を贈って欲しいかなんて聞けるか」
「無理だな」
「それだ」
仲間の言葉に、リヒャルトは思いついた。
「ヨハン、親父の店で宝飾品を用意する予定だよな。ちょっと頼まれてくれ。ハインリッヒ、妹のマーガレット嬢にも協力をしてもらおう。多分、何とかなる」




