35)西方竜騎士団の立て直しへ
誰を乗せるか決まっていない竜は、次に彼らが乗せる竜騎士を選ぶまで、王都竜騎士団にある竜舎で過ごす予定だ。散らかった周囲を、ゲオルグと王都竜騎士団竜騎士のエミールの祖母とアリエルは、残ることになった竜と話をしながら掃除した。
「派手に踏み潰したのね」
―思ったより簡単に潰れただけだー
アリエルの言葉に、竜が少し不貞腐れる。
「怒ってないわ。もう少し頑丈だと思っていただけよ」
「ま、あの馬鹿共はもう使わないからな。ここまで真っ平らか。職人が見たら泣くぞ」
―あの髭面共だ。泣きはしないだろう。大袈裟な―
「しかし、意外と壊れやすいもんだなぁ。ほれ、足の裏を見せてみろ。怪我してないか」
―“親父殿”は相手が竜でも“親父殿”だなー
竜が苦笑しながら上げた片足に、ゲオルグが顔を近づける。
「大丈夫か。大丈夫だとは思うが、最近は目がなぁ。木の棘とか刺さってないようだが」
ゲオルグが手でそっと竜の足裏を撫でて確かめる。
―“親父殿”、竜は人ほど弱くはないぞ。あとくすぐったい。やめないか―
「あら、お手伝いしてくれるの。竜さん。ありがとうねぇ、あんたは良い子だねぇ」
―俺は子供ではないー
「おやおや。力持ちだねぇ。大した子だよ」
―当然だー
エミールの祖母の言葉に竜が胸を張る。
「助かるよ。いい子だねぇ」
―だから俺は子供ではないー
エミールの祖母といっても、つい先日まで畑仕事をやっていた元気な女性だ。竜と長く接してきたゲオルグ同様、当たり前のように竜に接している。人に竜の言葉は聞こえないのに、会話は会話になっている。
王都の火災の話は、王国の隅々まで伝わっていった。識字率の低いこの国では、伝聞で噂が広まる間に、消火や避難に関係した竜騎士が複数人、殉職したことになった。エミールの祖母は、孫を心配して王都まで旅をしてきた。孫の無事を喜ぶ女性に、アリエルは、王都竜騎士団の兵舎付きの侍女になってくれと懇願した。
「もう、本当に、全然、仕事が回らないんです。助けると思って、ここで住み込みで働いてください」
大げさでなく涙目になって懇願するアリエルに、彼女は承諾してくれた。
「竜騎士であるエミールのことを心配して、遠くから王都まで旅をしてこられたのよ」
アリエルは、エミールの祖母を竜達に紹介した。翼で空を飛ぶ竜達は、二本足で歩くことしかできないのに、長距離を旅してきた彼女の、孫への深い愛情に感銘を受け、丁重に扱うと決めた。
竜達は当然のように、エミールの祖母には重いものを持たせない。
「竜ってのは、皆いい子だねぇ」
―人間、我々は皆、お前より長く生きているぞー
「これも頼めるかい」
―任せておけー
王都竜騎士団の竜は気性が荒いことで有名だ。最近になり、竜は、そもそも人を選んでいるだけではないかと言われているらしい。
―当たり前だー
トール達は笑うだけだ。
今回騎士団預かりとなった五人は、もともと西方の砦にいたころから、竜の世話などしたことがなかった。身分に固執する彼らは、先代の王都竜騎士団団長であるゲオルグや竜丁のアリエルに、教えを乞うこともなかった。騎士達の馬の世話を真似てもよかったのだろうが、騎士達に馬の世話について聞くこともなかった。様子を見に来ることすらなかった。
竜騎士達に放置された竜は、激怒し、彼らを見限った。竜に乗れない竜騎士などありえない。前代未聞の不名誉な、「竜との信頼を失った竜騎士」という称号を得て、彼らは実家に引き取られていった。
彼らは自分達を拒絶する竜を罵り、実家の馬車に乗り込んでいった。
新しい竜をあてがえ、と乗り込んできた貴族もいたが、どの竜にも受け入れられない息子の姿を見て、諦めた。
不名誉な称号に他家に婿入りすることも、ほぼ不可能だ。実家で一生冷や飯を食うことになるだろう。
「片付けるところから、手を付けてはいかがですか」
騎士団の教育係からの進言もあり、西方竜騎士団からは、また、五人竜騎士が送り込まれた。騎士団預かりとなり、竜の世話をするようにと言われた五人も、前回の五人と同じように、間違いを犯した。竜は知性のある誇り高い生き物だ。西方竜騎士団は一気に十人、竜騎士失格者を出した。前代未聞の事態だった。
西方竜騎士団の団長と副団長を糾弾する声が、一部の、特に子弟が竜騎士ではなくなった貴族から上がったが、王都で起こった出来事だ。本人達の問題だと決着が着いた。
西方の十頭の竜は、今は王都竜騎士団の預かりとなった。
「私の仕事として、西方竜騎士団の極端な弱体化に関しては対応していく」
ルートヴィッヒは、残った竜騎士達の名前を確認していた。
「この者達は残ると思います」
ヨアヒムは名簿を指した。
「十人残るか残らないか、だな」
最初に王都の騎士団預かりとなったライマー達五人は、相当素直だったらしい。
「とはいえ、来年の募集で、急遽人数を増やして、質の低下を招くわけにもいかない」
「ラインハルト候が、一度、西へ飛んでくださったら、それだけで隣国へはかなりの牽制になります」
西の隣国からの間者が、侯爵領内ですでに捕らえられていた。




