34)絶縁宣言2
西方竜騎士団からきた五人は、呆然と立ち尽くしていた。それはそうだろう。彼らの竜は徹底的に、彼らが近づくことを拒んだ。竜に踏みつぶされた鞍も、引きちぎられた手綱も転がっていた。竜に拒まれて、竜騎士であり続けることなどできない。五人それぞれ、竜に向かって何か喚いているが、竜は完全に無視していた。
「いや、申し訳ありませんな。我々が根性を叩き直すよりも前に、竜達のほうが痺れを切らしたようですね」
「いえ、お手数をお掛けしました。お詫びいただく必要などありません。まぁ、このような形で引導を渡されるとは、彼らも思っていなかったでしょう」
竜騎士としての実力は不十分だというのに、気位だけは高い大貴族の子弟達だ。こちらに来てから数か月、騎士団の訓練に放り込まれ、復興作業に労働力として駆り出されていた。移動時は、馬に乗れない彼らは、荷馬車に荷物といっしょに積み込まれ、不平不満を口にしていた。
ようやく、王都竜騎士団の竜騎士と、飛行訓練することになったら、竜が彼らを拒否したのだ。
「あの五人が悪いのと、まぁ、候の竜丁殿の機転でしょうなぁ」
「ご存知でしたか」
「我々も馬には乗りますから、気になって見に来ていたのです」
騎士団が前に預かった五人の竜騎士達は、自分達で竜の世話をしていた。今回の五人には、その様子がなく、竜が心配になり見に来ていたのだ。
彼らが見たのは、竜の世話をするアリエルとゲオルグだった。
アリエルは、西方からきた五人が竜の世話などしないことを見越していた。到着日、案内したゲオルグは、竜舎の掃除方法、道具の場所も含め、五人に全て説明したが、彼らの態度は酷いものだった。
「奴ら、聞いてなかったぞ。あれじゃ、竜が不憫だ」
渋い顔で竜の心配をするゲオルグに、ルートヴィッヒとアリエルはある提案をしていた。
騎士団で訓練を一から受け直している五人は、訓練についていけず疲弊するだろう。その疲労に打ち勝ってまで、竜舎に来て竜の世話などするはずがない。竜舎の掃除は朝が基本だ。万が一、彼らが来て鉢合わせしないように朝を避け、アリエルとゲオルグは、西方の竜達の世話をした。飛び足りないという彼らに鞍と手綱をつけ、アリエルとゲオルグは順番に乗り手になり、競技場の上空を飛んだ。騎士団の教育係達は、竜の世話をし、夕焼けの空を飛ぶ二人を何度も見ていた。
五人の元竜騎士を無視し、彼らが近づくことすら拒んだ竜は、アリエルとゲオルグに懐き、甘えていた。もう一人、最近現れた老女にも、懐いているようだ。
教育係達に興味を持ったのか、様子を見に来た竜もいた。ルートヴィッヒは、傍らにやってきた西方竜騎士団所属の竜の頭を撫でてやった。
「撫でても良いようですよ」
教育係達は、ルートヴィッヒの言葉に促され、初めて竜に触った。光る鱗と鋭い目から想像するよりも暖かく柔らかかった。
「初めてです」
「多分、あなた方が心配して見に来られていたのを、知っているのではないでしょうか」
ルートヴィッヒの言葉に、竜が頷いた。まるで会話をしているような一人と一頭に教育係達が驚いた時だ。
元竜騎士の五人が竜を罵り始め、ルートヴィッヒは顔を顰めた。
「彼らに怪我をさせないように、竜達に頼んでおいてよかったようです」
人よりも、騎竜と親しいという噂を肯定するようなルートヴィッヒの言葉に、騎士団の教育係達は顔を見合わせた。
「彼らは人語を理解しますよ。人が彼らの言葉を理解しないだけです」
「はぁ」
五人が竜だけでなく、アリエルとゲオルグやルートヴィッヒを罵り始めた。
「あぁ、不味い、これは怒らせてしまう」
ルートヴィッヒの言葉通り、竜が尾を振り上げ、頭突きをするように頭を下げたのが見えた。
「いい。怒らなくても。無駄吠えだ。放っておけばよい。それより、これから過ごす竜舎に案内する。トール達とは別だが、それなりに過ごし良いはずだ。庭も自由に使ってくれていい」
ルートヴィッヒが言うように、竜は人語を理解しているかのように、威嚇を止めた。
「先に戻ります。誰か一頭、残ってくれないか。この中で一番速い竜が残ってほしい。何かあったときには、トールに伝えて欲しい」
ルートヴィッヒの言葉に、竜の一頭が大きく翼を広げ、別の一頭が、足を踏み鳴らした。
「何が言いたい? あぁ、そうか、一頭では危ないか。なら君も残ってくれ」
ルートヴィッヒの言葉に、二頭が揃って頷いた。
「あなたは、竜の言葉を理解しておられるように見えますが」
「慣れで、なんとなく察するだけです」
ルートヴィッヒの言葉は謙遜に聞こえた。
「ここで待っていてくれ」
待つように言われた竜達に、教育係達は囲まれてしまった。
「珍しいのか? 私達が」
竜が首を振った。うち一頭が、騒いでいる五人を威嚇するように頭を下げた。
「あの五人を何とかして欲しいのか」
竜達が揃って頷いた。
「あのまま侯のお手を煩わせるわけにもいかないな。彼らの教育を請け負ったのは私達だ。回収してこよう」
賛成だとでもいうように、竜達は教育係達の後についてくる。
「なるほどな。人語を解するというのは、本当だな」
竜が、鼻を鳴らしたのが聞こえた。




