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32)苦杯2

「ハインツさん、ハインツさん、大変大変」

「たいへん、たいへん」

「ちてちて。こっちこっち」


 ハインリッヒめがけてしばらく前まで一緒に遊んでやっていた子供達が、駆けてきた。初日、ハインリッヒは作業の合間に、子供達を相手に剣の稽古の真似事をしてやった。それ以来、子供達はハインリッヒを遊び相手と認識したらしい。


 宙返りを見せてやったら、教えてほしいとせがまれた。かまってもらえないと拗ねた小さな子を相手に走り回り、棒切れを振り回してくる子供の相手をし、肩車をしてやり、前後から子供に抱き着かれたまま走らされたりなど、毎日の作業の間の休憩は、鍛錬にすり替わっている。


 復旧のための土木作業の方がいい。交代で休めるし、何より互いに協力できる。子供相手では休みはない。同僚を巻き込んでも、全員が全力で相手をしてやらねばならず、本当に疲れる。子供達は、ハインリッヒ達大人に挑んでくるために協力する。休息したい大人達に、子供達は協力などしてくれない。


 最近騎士団で訓練を受けることになったという西方竜騎士団の男達が、子供達の相手を高圧的に代われと言うので、喜んで代わってやったが、問題があったらしい。

「どうした」

ハインリッヒは、子供が怪我をしたのでなければよいがと案じた。


「あの兄ちゃんたちね、動かなくなっちゃった」

「ねんねちてるの」

子供たちに手を引かれていくと、地面に横たわったり、へたり込んだりと、情けない連中がいた。案の定、西方竜騎士団の連中だ。体力負けだろう。情けない。


「どうした」

「ふん、貴様などに利いてやる口はない」

「そうか」

ハインリッヒは周囲の子供達を見た。


「この男達は、このままでも遊んでくれるそうだ。良かったな」

ハインリッヒの言葉を聞いた子供達は、地面と縁が切れていない男達にとびかかっていった。


 男達が喚いているが、ハインリッヒは無視した。


「なんかあったのか」

作業現場に戻ると、男の一人が声をかけてきた。

「新入り達に子供達の相手をさせたのだが、疲れたらしい」

「なんだ。根性ねぇな」

「否定はしないが、新入りの親は大貴族だ。耳に入ると厄介だ。そこまでにしておいたほうがいい」

「あんたら竜騎士も大変だねぇ。貴族に気を遣ってさ。団長さんが嫁さんと結婚するにも、貴族が邪魔すんだろ」

「いい嫁さんなのになぁ」


 避難民達の、アリエルの呼び名は「団長さんの嫁さん」だ。結婚してないが、彼らはそこにこだわらなかった。

「そうだな」

最初はリヒャルトが広めた噂だった。


 ハインリッヒは噂を広めようとするリヒャルトに反対した。噂を広める意味がわからなかった。避難民は皆、騎士や竜騎士や、それを束ねるルートヴィッヒ、ルートヴィッヒを支えるアリエルに好意的だ。国王であるベルンハルトが、王領や貴族から支援物資や人員を集め派遣していることで、国王の人気も高まっていた。


「噂も大事だ。貴族が悪い噂を立てる前に、手を打っておかないとな」

その直後、避難所にルートヴィッヒの愛人がいるという王宮内の噂を耳にした。隠し子の噂まで加わり、アリエルにも愛人がいるという噂も耳にし、ハインリッヒは絶句した。


 ルートヴィッヒとアリエルの姿を目にした町の者達は、悪い噂は貴族のやっかみだと相手にしなかった。さほど日をおかずに、悪い噂を口にしているのはあいつらだと、貴族の家名があちこちで囁かれるようになった。


「貴族は外聞が大切だからな」

実家から勘当されていたという外聞の悪い自分の立場を一切気にしていないのがヨハンだ。


「お前が言うと説得力がない」

ハインリッヒの言葉に、事情を知る者達は頷く。


「まぁ、でもこれであからさまな反対は、難しくなったな」

反対したら、王都を火災から守った救国の英雄である最強の竜騎士の恋路を邪魔する貴族という烙印が押されるのだ。


「さすが大商人の息子だな」

イグナーツの言葉に、リヒャルトは苦笑いした。

「お前だって、親父さんにいろいろ言わせているくせに」

「やめろ。あれは親父が勝手に言ってるんだ。不甲斐ないって俺まで文句を言われて、大変なんだぞ」

イグナーツの父は鍛冶屋だ。腕の良いイグナーツの父の客は、代々騎士や竜騎士を輩出する武闘派貴族が多い。彼らの中には、イグナーツの父から、王都竜騎士団の内情を聞き出そうとする猛者もいた。


 イグナーツの父は、女でありながら剣の手入れも稽古もするアリエルを大層気に入っていった。お気に入りの顧客であるアリエルが、息子の敬愛する団長の想い人と知り、武骨な顔を(ほころ)ばせていた。だから、現状に腹を立て、顧客の貴族達に、その怒りを包み隠さずぶちまけていた。イグナーツは父の身を案じたが、逆に腰抜けと父に叱られる羽目に陥っている。


 エドワルドが避難所に慰問に訪れる際は、エドワルドにせがまれ、アリエルは手をつないで付き添ってやった。その光景は、可愛いらしいと男女問わず絶賛されている。

「本当なら、伯母と甥なんだろ、あの二人。邪魔する貴族がいるなんて、血も涙もねぇよな」

王子であるエドワルドの慰問に同行して、未来の国王の機嫌を取ろうとした貴族もいた。当然、ご機嫌取り目的の貴族の耳にも、避難所での噂は聞こえる。


「貴族は、風見鶏だからな。どっちに着いたら得かって話には敏感だ」

勘当されて貴族に戻ったはずのヨハンは、身も蓋もないことを、平気で口にした。


「だから、ヨハンは勘当されたんだよね」

「ま、あのときゃ、団長側につくってのはあんまり風向き良くなかったからな」

「やっぱりヨハン、貴族に向いていないね。風の反対向くなんて」

「うるさい。今となっちゃあ良かったろうが。俺は先を読んでたんだよ」

ヨハンはペーターとペテロを軽く睨んだ。

「だから無事に勘当が解けたと俺は思ってるよ」

「俺も」

笑顔の二人にヨハンの顰め面が柔らかいものになった。

「嘘くさいが、騙されてやるよ」


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