29)西方竜騎士団
「先日はご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。騎士団でお世話になっている部下の様子の確認に参りました」
西方竜騎士団団長ヨアヒムとルートヴィッヒは向かい合って座っていた。
「それはご足労いただき、ありがとうございました」
「侯爵領を拝領なさるとか」
「断ったのですが、御前会議で押し付けられました」
ルートヴィッヒの率直な言葉にヨアヒムは苦笑した。
「まぁ、突然突出した権力を手に入れたら、他の貴族からのやっかみで、何があるやら知れたものではありませんし、侯に押し付けようと考えても不思議ではありませんね」
領地までの道乗りは、他の貴族の領地を通ることもある。嫌がらせの機会はいくらでもあるのだ。竜騎士が移動するときも、着陸し竜を休ませる必要がある。その場所の選定も問題だ。野営が続いても問題ないように訓練はしているが、西は雨が多い。
あちこちで囁かれる陰口も面倒だ。ルートヴィッヒ自身への陰口など構わないが、アリエルを侮辱するのは止めてほしい。アリエル本人が気にしていないため、特に手を打たずにはいるが、ルートヴィッヒとしては永遠に黙らせてしまいたい。
「侯爵家の領地の統治に関しては、私のような者にはお手伝いできません。ただ、西方竜騎士団の砦からは、条件が揃えば一日もかかりません。提案です。騎士団預かりになっている者達も、そろそろ鍛錬の成果があるでしょう。彼らを貴殿が元侯爵の屋敷や領地におられる間、同行させるというのはいかがでしょう。西方の土地勘もあります」
ヨアヒムの提案は一助となる。だが、団長がわざわざ伝えに来る以上、要件がそれだけで終わるわけがない。
「なるほど。ですが、その先をお伺いしたいですね」
ヨアヒムが身を乗り出した。
「西の砦には、素行に問題ある者達が残っています。侯爵家が廃絶になったことで、序列が混乱しています。彼らもまた騎士団に預け、それこそ避難民相手の重労働でもさせて、各自の鍛錬不足を自覚させる機会を与えることはできないでしょうか。西方にいるだけでは、彼らは今のまま、有り体に言えば竜騎士団の穀潰しでしかない」
「除隊は」
「後ろ盾が面倒なのです」
ヨアヒムの言葉に、ルートヴィッヒも心当たりがあった。家名を見ればある程度のことはわかる。
避難民のための労働に奉仕させることで再教育につなげたいというヨアヒムの提案も、間違いではない。だが、竜騎士の問題を騎士団に押しつけることになる。
「その場合、騎士団に何人預けるおつもりです」
「五人です。彼らの実家に、春の御前試合前に王都の災害復興を手伝うという名目を与えることができますから、来るでしょう」
「西方には、もっと人数はいたはずですが」
ルートヴィッヒの記憶では、二十人弱だったはずだ。
「えぇ。申し訳ありませんが、家系が家系で面倒な五人になります」
ヨアヒムの言うとおりであれば、他にもまだいるということだ。ルートヴィッヒは溜息を吐いた。気位が高く、口達者なくせに何もしない者など、邪魔でしかない。辞めさせるとなると、実家が出てくるだろう。面倒なことは、忙しい今だ。後回しにしたい。
「忙しい今、騎士団にあまり負担になっても困りますが。騎士団の意見も聞きましょう。ついでに、騎士団預かりの者達にも会ってやってください」
ルートヴィッヒはヨアヒムを伴い、騎士団に向かった。
ヨアヒムが挙げた五人の名前にライマー達は顔を見合わせた。
「ラインハルト候、その五人ですと、おそらく相当ご迷惑をおかけするのではないかと思われます」
騎士団の幹部達も苦笑いしていた。
「その家名には聞き覚えがありますよ。派閥の者が騎士団にもおりますが、まぁ、根性は叩き直しておきます。ご心配なく。そのために我々がいるようなものです」
老境に差し掛かった者も含め、教育係達は笑った。
「申し訳ないが」
「いや、それが我々騎士団の教育係の仕事です。それで飯を食っているのです。ラインハルト候」
「我々のような爺にお手伝いできることは限られますが、お任せください」
「ご迷惑では」
ルートヴィッヒは彼らを見た。引き受けてくれることはありがたい。だが、厄介事なのは明らかだ。
「ラインハルト侯、それが我々の仕事です。何、私も昔はずいぶんと生意気で、先達の手を煩わせました。先達方へのご恩返しですよ。お気遣いなく」
「候が優秀なのは存じ上げますが、まぁ、少しは爺を頼ってください」
少しは誰かを頼れ、アリエルにも言われたことだった。不本意ながら宰相代行を務めることになったとき、午後の訓練を、副団長達が一任させてほしいと申し入れてきた。自分達も役に立ちたいと彼らは主張した。遠慮よりも、相手の好意を受け止め感謝すべき時もあると、あの時に学んだ。
「礼を言わせてもらわねばなりませんね」
「何、我々の役目です」
人が一人で、出来ることは限られます。何もかも全部一人でというのは無理ですよ。ルートヴィッヒはアリエルの言葉を思い出した。




