26)避難所2
何も答えないルートヴィッヒを男は不審に思ったのだろう。続けて何か声をかけようとした男の手を、リヒャルトは引っ張り、物陰に連れて行った。
「あのな、悪気が無いのはわかるけど、ああいうことは、団長の前で言わないでくれ」
男は首を傾げた。
「だって、いい仲だろう」
男の視線の先では、赤子を抱くアリエルとルートヴィッヒが何か話していた。
「二人がいい仲でもな、反対する連中がいるんだよ」
「なんでだ。最強の竜騎士だろ、王様の兄弟だろ、今回の件でも王様から褒美があったんだろ。いい嫁さんもらっても、いいじゃねぇか。目出度い話だ」
男の言う通りだ。何も間違っていない。その通りだ。その通りにするための小さな手がかりを、リヒャルトは逃すつもりはなかった。
「そんな最強の竜騎士が、嫁さん貰って、子供が生まれたらどうなる。貴族が歓迎すると思うか」
「兄ちゃん何が言いたい」
通りがかった別の男が、話に割り込んできた。
「二人はいい仲だよ。だけど団長は陛下の兄弟だ。子供ができたら殿下の従兄弟だ。仮に息子が数人生まれて、これまた最強の竜騎士になってみろ。貴族連中の頭が上がらなくなるだろ。面倒だから、あの娘を殺しちまえっていう貴族がいる。まぁ、一番筆頭だった侯爵は取り潰しになったけど」
ベルンハルトとルートヴィッヒの仲の良さが知られると、今度はエドワルドにルートヴィッヒの子供達が忠誠を捧げることで国王の権力が増大し、貴族の勢力が弱まることを懸念する勢力も現れていた。最大勢力であった侯爵家の断絶は、貴族達にその恐れが現実であると思わせるに、十分な出来事だった。
「取り潰しってのは、例の侯爵だろ。清々したね。死んだ侯爵が何するってんだ。それにあの団長は最強の竜騎士だろうが」
「あんたなぁ、竜丁は常に誰かといるだろうが。一人に出来ないんだよ。だけどさ、四六時中誰かと一緒にいれるか? 」
「そりゃ、無理なんじゃないかい」
少し離れたところに屯していた女の一人が言った。周りの女たちも頷いた。
「だから、結婚なんてしたら、あの娘が殺されかねない。孕んでみろ。身重で逃げ足が遅いときに襲われたらどうする。あんまりさっきみたいなことは言うな。団長もあれで子供好きだからな。いい父親になると俺は思うんだけどなぁ」
リヒャルトは周りの男女を見た。
「いいか、さっきの話は、誰にも言うなよ。王都竜騎士団団長と恋人の中を貴族が邪魔してるなんてさ、外聞悪いだろ。陛下も殿下も大賛成だ。貴族だってのに、下衆な勘繰りをする一部の下劣な連中のお陰で、あの二人、結婚できねぇんだ。いいか、誰にも言うなよ。絶対言うなよ」
リヒャルトは、繰り返した言葉の影響を知りながら、何度も念押しした。
避難所で作業をしているのは、比較的若く、元気な者達だ。家族や子供がいる者も多い。先々の暮らしに不安のある彼らは、話題にも飢えていた。




