25)避難所1
小さく脆弱な建物の多い貧民街に、竜が着陸するのは難しい。
数年前の水害でそれを痛感した貧民達は、国が建物を取り壊し、広場を作ると通告したとき、渋々ながらも賛成し協力もした。水害後に作られた広場は今、竜達の離着陸地点として機能していた。
馬車に酔うアリエルも、竜が着地できるのであれば町に行くこともできる。以前から、エドワルドと二人で慈善事業を担っていたアリエルは、避難民への支援にも関わっていた。貴族や騎士を相手にすると、避難民は遠慮して彼らの要求を口にすることはなかった。アリエルが相手であると、彼らは様々なことを口にした。
騎士に付き添われ、自らも長剣を佩いたアリエルを警戒する者もいた。警戒されていても、アリエルは気にすることなく、避難所を少しずつ回り、状況を把握していった。
何度も行っているうちに、アリエルは徐々に避難民とも親しくなった。そのうちに、女達に交じって炊き出しをし、子供たちと遊んだ。
その日も、ルートヴィッヒの視察についてきたアリエルは、女達に歓迎されていた。
「人気者ですねぇ」
そんなアリエルの姿にリヒャルトは言った。
「あぁ」
ルートヴィッヒも、楽しそうなアリエルの笑い声に振り返り、その表情が凍り付いた。
アリエルが、赤子を抱いていた。
「あぁ、大火事の後に生まれた赤ん坊だよ。あんたたちが母親を助けてくれたから、あの女の子が生まれたんだ」
自警団の一人であり、避難所の運営に関わっている男が言った。
「そうかぁ。無事に生まれてよかったなぁ」
リヒャルトの声が遠く聞こえた。
アリエルは優しく微笑み、腕の中の赤ん坊を見つめていた。慈愛に満ちた微笑みだった。
「いい娘さんだな。いい母親になるよ。あんたのいい人だろ。楽しみだねぇ」
ルートヴィッヒは、答えることができなかった。ルートヴィッヒはアリエルを身近に置くことで、アリエルから母になる機会を奪っている。
アリエルが慈愛に満ちた笑みを向ける相手を、ルートヴィッヒは奪っている。ずっと目を逸らしていた事実が、突きつけられていた。




