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24)刑3

 三日後、カールの報告にルートヴィッヒは驚かなかった。元侯爵の妻と息子は、彼らの夫であり父である男が犯した犯罪で、被害を被った者達への思いやりなど一片たりとも示さなかった。貧民達の家が燃えたくらいで自分達に降り掛かった悲劇を嘆き、その決定をした国王を、宰相代行を、(なじ)るだけだった。


 他から嫁いできた自分くらいは救済されて当然だと、息子が眠る深夜、母は訴え、胸をはだけて牢番を誘惑した。


 若い自分くらいは恩赦があって当然だと、母がまだ目覚めない早朝、息子は訴え、牢番を買収しようとした。


 カールは全てを克明に記録した。


 記録に目を通したアリエルは悲しんだ。だが、もう何も言わなかった。

「二人は火刑だ」

領地からの嘆願書は、元侯爵一家全員の火刑を要望するものばかりだった。


 御前会議の場に、元侯爵の妻と子供は引き出された。すでに侯爵の刑は執行されていた。

「申し開きはあるか」

ルートヴィッヒの声に、侯爵の妻は切々と己と息子の助命の嘆願をした。夫の罪を悔い、夫の忘れ形見を育てたいと妻は涙ながらに語った。カールの報告書の内容は知られている。息子を愛する母を演じる女に、同情する者はいなかった。


 息子は貧民の家が燃え、命が失われたくらいのことで、貴族の自分が処罰されるのは不当だ、王都に来てから何日も国王への面会も許されないなど、不適切な扱いを受けたと訴えた。


「貧民の家が焼かれ焼け死んだ件で、貴族が処刑されるのは不適というのが、あなたの意見か」

「そうだ」

「では、貧民が貧民を焼き殺した場合、その者に適切な刑罰は何か」


 カールからの報告で、ルートヴィッヒは、彼らが何を言うか知っていた。

「は、当然火刑だろう。汚らわしい者達の犯罪など、耳にしたくもない」

思った通りの息子の発言だった。


「お前達は貴族ではない。すでに財産も何もない。貧民だ。火刑が当然というのであれば、おのずとお前達の刑罰も決まる。お前達はお前達の要求する通りの刑で裁かれる」

ベルンハルトの声に、火刑を告げられた二人が叫んだ。


「残念だ。息子だけでも助けたいという意見を言う者は一人だけいたのだよ。そのための条件はただ一つ。お前たちが、かの男の犯した罪を悔いること、被害に遭った者達に詫びることだった。残念だ。だが、本人たちが言う通りの刑罰に処されるのであれば異論はあるまい」

ベルンハルトの言葉で御前会議は終わった。


 火刑は残酷な刑だ。罪人は煙と熱に苦しみながら死ぬことになる。温情をかける場合、火をつける前に、別の手段で処刑しておく。火力を強め、短時間で命を奪うため、薪を増やすこともある。


 侯爵に火付けを強要された者達や偽証を強制された者達は、火刑には処せられたが、刑の執行前に毒杯が渡された。死からは逃れられないが、火刑よりはましだ。


 元侯爵本人にも、元侯爵の妻と息子にも、一切容赦はされなかった。焼野原となった貧民街の中心にある広場で火刑は執行された。火が放たれると、町の者達は、家族や友人知人の(かたき)の火刑に喝采した。


 ルートヴィッヒは黙って刑の執行を見守った。その隣にはカールが立っていた。


「やつら、一回も少しも何にも反省しなかった」

カールは言った。

「そういう連中だ。自分たちを特別な存在と思っている。犯罪は犯罪だ」

ルートヴィッヒにとっては驚きに値することではない。


「陛下も候も殿下も、そんなことないのにな」

「陛下や殿下はともかく、私は庶子だ。本来は平民で、身分などない」

「最強の竜騎士様が、何を言ってる」

「いつか若手が台頭して来る」

「ラインハルト侯。俺は、ラインハルト侯が、あの侯爵の領地を拝領するのは賛成だ。あんたはきっと良い領主になる。俺、竜騎士引退したら、候の屋敷で門番するからさ。雇ってくれ」

カールの軽口に、ルートヴィッヒは苦笑した。


「お前は私を買いかぶり過ぎだ。領地を治めるのは簡単なことではない。侯爵領は広い上、悪政で民が逃げて耕作放棄された土地も多い。門番など甘いことを言うな。もっと働いてくれるのでなければ雇わない」

「人使い荒いねぇ。まぁ、貧民街に、侯爵領から逃げてきたってのが、いっぱいいたな。そういうわけか」


 罪人が叫び、命乞いをしても、取り囲む観衆は囃し立て、罵倒するだけだ。同情する者はいなかった。

「侯爵領から逃げてきて、王都の貧民街の家も焼かれて、家族や知り合いが焼け死んだとなりゃ、あんだけ嬉しそうなのも仕方ないか」

「見ていてあまり気持ちのいいものではないが。消火中、何回か死ぬと思ったことを思い出す」


 アリエルには言っていないが、燃えている建物には、何度か入った。住民を担いで出たとたん、建物が崩れたりもした。熱く煤だらけの空気は、吸い込むだけで身の内から焼けていくかに思えた。

 

 ルートヴイッヒは、炎から意識を逸らした。侯爵家は絶えた。侯爵家の血縁の貴族もいるが、侯爵の犯した複数の重大犯罪に、連座となることを恐れ、係わりを断つと宣言していた。彼らの侯爵家に連なる貴族達に関しては、極秘に調査も開始されている。


 侯爵領の問題解決はこれからだ。貧民街の状況も火災で悪化した。

「まぁ、侯爵家の件は片付いたし。俺は妹の敵も取れたし。順番になんとかなるさ」

ルートヴィッヒの心の内を見透かし励ますようなカールの言葉に、ルートヴィッヒはもう一度、苦笑した。


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