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23)刑2

 侯爵領へ逃げようとしていた罪人の家族は捕らえられ、王都へ引き立てられてきた。元は貴族であるため、囚人護送用の馬車ではなかったが、侯爵家の豪華な馬車には及ばない。王都に到着するまで、元侯爵の妻も息子も連日不平不満を喚き散らしていた。それらは記録され、報告された。


 宰相代行であるルートヴィッヒは、彼らの馬車を王都の一角で停めさせた。

「この辺り一帯が、あなたの夫、あなたのお父上が燃やした場所です」


 火災に焼け出された者達が収容されている教会の前でも停めさせた。

「あの者達、あなたの夫、あなたのお父上が燃やした場所に住んでいた人々の一部です。彼らは家も何もかも失いました。家族を喪った者も多くいます」

淡々とルートヴィッヒは語った。最後にルートヴィッヒは墓場に馬車を停めさせた。


「祝いの日で、多くの者が起きていたため、夜間の火災にも関わらず、避難は比較的早かった。それでも、全ての者を救うことなど出来ません。この一角が、今回の火事で亡くなった者のうち、身寄りが分からない者達の墓場です。焼け焦げていて、判別できませんでした。家族がいる者は、家族の手で他の場所に葬られています」


 火事の規模の割に、死者は少なかったが死者は死者だ。未だ家族が帰ると信じて待つ者も多い。身元の判別が出来ない遺体のどれかが、自分の家族だとは信じられないという彼らに、ルートヴィッヒは掛ける言葉を見つけることができなかった。


 墓場を出発した馬車は、牢に向かった。


 貴族のための豪華な牢が彼らには用意されていた。

「財産もなにもない貧民の家が燃えたところで、何が変わると言うんだ。貧民が減れば、無駄な慈善事業も不要になる。王国のためになるではないか」


 息子の言葉を聞いてもルートヴィッヒは顔色を変えなかった。ルートヴィッヒも侯爵の選民思想は知っていた。子供にも受け継がれていたことも、元侯爵の息子の発言も、予想通りではあったが、人の命を軽々しく扱う言葉は許せなかった。


「彼らも、王国の民です」

「貧民がか。陛下の民など、図々しい奴らだ」

侯爵の妻は、青ざめ、何も言わなかった。恐怖のあまり声も出ないといった様子だった。

「あなたはどのようにお考えですか」

ルートヴィッヒは、儚げに震える侯爵の妻を見た。


 (はかな)げに見えても、それが真実であるかは別だ。


 ルートヴィッヒは、アリエルに、女性が男性の庇護心をあおるような行動をとるときは、多くの場合は演技で下心があると、言われたことがあった。団長様、優しいから騙されそうで心配ですとアリエルは真顔で言った。それを聞いたリヒャルトが、腹を抱えて笑い出し、椅子から転げ落ちても笑い続けていたから覚えている。


「夫が、恐ろしいことを」

「母上、たかが貧民です」

息子が叫んだが、それは侯爵の妻の耳に届いていないようだった。


「今回の火事では、赤子や子供を失った者もおりました。火傷をした者も少なくありません」

「夫は火刑になると」

「かつての御領地の者や、町の者から沢山の嘆願書がありました。厳罰を願うもの、焼け死んだ身内や友人知人の敵を火刑にして欲しいという内容でした」


「私達はどうなるのですか」

ルートヴィッヒはその問いには答えず、牢を後にした。


「お願いです。子供だけでも、どうか、子供だけでも助けてください」

「母上、あのような男に、命乞いなど何をしておられるのですが、あの男は、庶子です。宰相代行など図々しい。そんな男に命乞いなど。そもそも陛下に会わせろ。私は侯爵の嫡子だぞ」

立ち去るルートヴィッヒの背を、二人の声が追いかけてきた。


 物陰で会話を聞いていたアリエルを、そっとルートヴィッヒは抱きしめた。

「侯爵の選民意識は相当なものだ。その家族が同様であってもおかしくない。妻の反省も、今だけのものかもしれない。お前のような優しい心を誰もが持つとは限らない」


 侯爵家の家族の牢番は、どうしても自分がやると主張したカールに一任されていた。絶対に私刑にしないと、ルートヴィッヒに約束し監視役となった。


 ルートヴィッヒは夜くらい、休憩のために誰かと代われと言った。だが、カールが町の自警団の男たちに声をかけた時点で慌てて止めさせた。家を焼かれ、家族や友人や知人を喪った彼らが、報復に出る可能性があった。彼らが報復してしまった場合、彼ら町の者を処罰せねばならなくなる。ルートヴィッヒの言葉に、カールも町の者への依頼を止めた。


 カールは牢番の服を着て、物陰に身を隠し、ただ、黙って侯爵の家族を観察していた。食事を持ってくるだけで、一言も発することなく、罵倒しても反応しないカールに、二人は注意を払わなくなった。




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