22)刑1
御前会議で元侯爵の処刑に反対する者はいなかった。貴族であれば本来は斬首だ。だが、火付けという重大犯罪は火刑と決まっている。多くの嘆願書が彼の火刑を願い出たこともあり、火刑に処せられることとなった。
侯爵に家族の命と引き換えに、火付けを命じられた実行犯や虚偽の証言をした者達は、法律上火刑は避けられない。理由なく例外は作れない。彼らの処罰は避けられないが、家族を解放し、連座制を適用しないとは決定された。
「お前たちの家族が存命かは、未だ不明だ。生きていれば、解放しよう。不本意ながら侯爵領は私の領地となった。お前たちの家族が、飢えて路頭に迷うことが無いように、手は打とう」
ルートヴィッヒの言葉に、男達は感謝した。放火は火刑となることは、子供ですら知る常識だ。放火の濡れ衣をかけられたルートヴィッヒが、彼らの家族を助けようと約束したことに彼らは礼を言った。
元侯爵の家族、妻と息子が問題となった。貴族の場合、家長の罪は一族の罪だ。慣例通りであれば全員が処刑される。だが、アリエルは息子の命乞いをした。
「お人好しもいい加減にしろ」
ルートヴィッヒの御前会議の場にはふさわしくない言葉遣いを、咎める者はいなかった。言葉にせずとも、皆、同じことを考えた。
「ですが、子供が何をしたというのです」
「少なくとも、侯爵のむさぼった暴利の利権にあずかっている」
「子供に選択肢はありません」
「お前が助命を願ったところで、領民が許すまい。領民に惨殺されるくらいなら、処刑のほうがましなこともある」
「でも、子供です。子供は親を選べません」
「貴族の子供が、身分を奪われ、財産もなく、恨みを持つ民に囲まれ、生きていけると思うのか。野垂れ死にするだけだ」
アリエルが俯いた。
「火刑は可哀そうです」
アリエルの声は小さかった。
「憐れんだ責任を、お前はとれるのか」
ルートヴィッヒの厳しい言葉に、俯いたままアリエルは首を振った。
御前会議で宰相代行であるルートヴィッヒと、その書記官でしかないはずのアリエルが議論を始めるのは珍しいことではない。ルートヴィッヒだけでなく、ベルンハルトとも対等にアリエルは議論した。その様子に、宰相が二人いるという貴族もいるほどだ。
先に火刑が決定している侯爵は、先の王妃テレジアの弟だ。テレジアと共に国を支えた先代侯爵とは似ても似つかぬ愚男だ。その息子が、どのように育てられているかなど、想像するまでもない。助命してやったところで、感謝するような器ではない。恨み、何らかの手段で報復を企むだろうとしかルートヴィッヒには思えなかった。
「元侯爵の妻と息子がどういう人間か、お前が知る時間を用意しよう」
ルートヴィッヒが提案した侯爵の妻と息子の処刑の延期は、受け入れられた。王宮の牢に数日留め置き、彼らが侯爵が犯した罪を悔いるならば、あるいは、火災で死んだ者達を悼み家族や家を失った者たちに詫びるならば、再度御前会議を開き、減刑も含め再検討すると、アリエルに約束した。
礼を言うアリエルに、ルートヴィッヒは厳しい表情を崩さなかった。
「減刑できるとは限らない。彼ら次第だ。あの男の家族が罪を悔いると思うな」
ルートヴィッヒの元には、領民以外からも、侯爵のみならず、一家全員の悪行に関して数々の訴えがあった。耳を疑うような残虐な行為もあった。ベルンハルトが送った者たちは、その訴えの裏付けとなる証拠を発見していた。減刑はないことをルートヴィッヒは確信していた。




