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21)侯爵領

 被災者救済のためには物資が必要だ。そのためには資金も必要だ。低地にある焼けた貧民街を再建しても、水害で水没することの多い土地では意味がない。住民の大規模な移転が提案された。


 断絶が決まった侯爵家は王都の高台の一角に広大な土地を所有し、屋敷と庭を構えていた。資産も潤沢にあった。その土地と資産を使えば被災者の救済の一助となる。宰相代行であり、被災者救済にもあたるルートヴィッヒが侯爵家の領地や資産のすべてを引き継げば、被災者救済は速やかに行われるであろう。


 御前会議で提案したベルンハルトは上機嫌を隠そうともしなかった。ルートヴィッヒはやや強い口調で、ベルンハルトの提案に反対し、王家の帰属とするようにと訴えた。


「宰相代行殿、被災者の救済は慈善事業と一体でもある。近年、慈善事業はエドワルドが担い、貴殿と貴殿の書記官が補佐している。であれば、貴殿の一存で物事が決まるように、貴殿のものとすればよい。いちいち私の決済を待っていては、遅くなるだけだ」


 早期の貧民救済のためという大義名分をベルンハルトは繰り返した。

「では、王家の帰属とし、宰相代行の私に権限を委譲くだされば、同じことでしょう。王都竜騎士団団長と宰相代行を兼任している時点で私に権力が集中しすぎております。侯爵家の領地や財産までそこに加えようなど、陛下はどういうおつもりか」


 私利私欲のないルートヴィッヒの態度が、逆に貴族達には決め手になった。他の貴族に取られるくらいなら、この男に渡しておいた方が安全である。ベルンハルトが口にした大義名分もある。御前会議は、ルートヴィッヒ以外、全員の賛成により、侯爵家の資産のすべてをルートヴィッヒに帰属させると決定した。


 不本意な採決結果に、ルートヴィッヒは文字通り頭を抱えて嘆息した。火災の一件以来、兵力を掌握する者として、多忙を極めていた。そこに、侯爵家の資産の管理が加わったのだ。


「最悪だ。悪夢だ」

ルートヴィッヒの言葉に、貴族達は顔を見合わせた。ルートヴィッヒは望んでいなかったが、領地を手に入れ、本気で嘆くとは思っていなかった。


「宰相代行殿、差し出がましいことを申し上げてよろしいか」

老伯爵が、ルートヴィッヒのあまりの嘆きぶりを憐れんだのか声をかけた。

「何でしょうか」

「宰相代行殿が、そこまでして不要とおっしゃるから、皆、あなたにと考えたのですよ。自分でない誰かの手に渡り、その者の権威が増すよりも、あなたの所領となったほうが良いと考えたのです」

「あなたのおっしゃるとおりなら、どうしても欲しいとでも言えば良かったのですか」

「まぁ、そうとも言えます」

「なぜ、もっと早くに教えて下さらなかったのですか。でしたら欲しいとでも何とでも言いましたが。何なら今からでも言えば」

「いやいや、無駄ですよ。皆、先ほどのあなたのご様子を拝見しております」

老伯爵は苦笑した。


「最悪の気分です」

ルートヴィッヒは再度嘆息した。

「なに、私の宰相代行は優秀だから、間違いなくあの領地の問題も解決してくれると期待しているよ」

ベルンハルトは上機嫌だった。


「ご冗談を。今回、侯爵家に関する助命嘆願の動きが一切ありません。それどころか、厳罰を、火刑をという嘆願書は山ほど来ている。今、侯爵家の統治について調べさせていますが、相当問題があったことは明らかです」


 北の領地を治めるルートヴィッヒにとって、領民とは、彼が庇護すべき民であり、彼を敬愛してくれる存在だった。領民が領主の厳罰を望む嘆願書を提出するなど、想像の範疇を超えていた。

「そうであれば、ますます貴殿にお任せしたいですな」

その言葉に貴族達は賛同し、ルートヴィッヒはまた頭を抱えた。


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