戦争
とりあえずギルドの警備体制を強化することにして、部屋に引きこもることにした。窓とドアをしっかり閉めておけば、襲撃されても反撃のための時間は稼げるだろうと。
「で、なんでこの部屋にマリカさんがいるんですかね?」
「二人の護衛だからな」
「あの……えっとですね」
「気にするな。二人の邪魔はしない」
「イヤ、邪魔とかそう言うことでは無くて」
「ああ、愛の営みとかそう言うのをしても「しませんし、したこともありません」
「何だ、残念……って、二人はそう言う関係じゃないのか?」
色々誤解があるようだ。イヤ、誤解されても仕方ない組み合わせだけど。って、エリスがその言葉に反応して「いえ、その……いずれは……でもでもっ」とやっている……乙女かっ!
「って、ベッドが二つしか無いんですけど!」
「気にするな、私はその辺の隅で構わない」
「イヤ、気にしますって!」
「そうか?」
「そうですよ」
「ふむ……」
思案げに部屋の隅までマリカが進むと、
「コレならどうだ?」
「「え?」」
姿が消えた。
「消え……た……?」
「どういうことでしょうか……」
「エリス、音とか匂いとか」
「その……全然」
「マジか!!」
エリスの五感から消えるとか、どうなってんだ?!
そっとマリカが消えた場所へ近づき、そっと手を伸ばすが、何にも触れることなく壁に手が付いた。恐る恐るその周囲も確認するが、壁と床しかない。
「どうなってるんだ……」
二人でわさわさと確認しているのだが壁と床しかない。
「さわり方がエロいんだが、やはりそっちの方は経験豊富なのか?」
「「ひぃぃっ!」」
いきなり背後から声が聞こえて思わず変な声が出て、エリスの腰がペタンと落ちた。
「ん?どうした?」
「どこにいたんですか?!……って、どうなってんのこれ」
「どこにいたかって……ずっとこの辺にいたが」
マジか。
「と言うことで、私のことは気にせずにゆっくりと」
「出来るか!」
絶影のマリカ。その名の通り、影すら残さぬ素早い動きで戦うことで有名だが、存在を感じさせずに潜伏するスペシャリストであることはあまり知られていない。
「とんでもない人だった……」
「あっはっは。その一言で片付けてもらえると私としても非常に助かるよ。あと、出来れば内密に。あまり知られるのも困るんでね」
「はあ……」
一応冒険者ギルドが付けた護衛という位置づけなので追い出すことも出来ない。
「ではそちらのベッドを使って下さい」
「君らはどうするんだ?」
「一緒のベッドで」
「ふむ……出来るだけ見ないようにするが、耳を塞ぐわけに行かないので……その……あれだな」
「何を想像してるんですか?!」
「何だ、しないのか」
「さっきも言いましたよね?」
「てっきり嘘だと」
「嘘ついてどうするんですか」
「ふむ」
ようやくマリカが納得したようなのだが、エリスがちょいちょいと袖を引っ張ってくる。
「ん?どうしたの?」
「その……リョータが良いなら……その……」
どうすんだよ、コレ。
幸い、その後の襲撃はなく、無事に朝を迎えたが、なんだかすごく疲れた。しっかり眠ったはずなのに。
「何だ、ずいぶん疲れたような顔だが……ハッ!まさか音をさせずに?!」
さっさとこの国を離れたい。
うんざりしながら階段を下りていくと、受付で呼び止められ、すぐにギルドマスターの部屋へ通された。
「おはよう……って、ずいぶん疲れたように見えるが……」
「そうなんですよ、若い二人って……」
「違いますからね」
色々心労がたまってるんですと告げて、レグザの正面に座る。
「朝メシがまだなんで手短にお願いします」
「そうか」
グーッ
「!!」
エリスが顔を真っ赤にして萎縮するのでポンポンと頭をなでておく。生理現象は仕方ないよな。
「今朝早くに城から連絡が入った。モンブールはストムからの一連の行動が侵略行為であると断定し、宣戦布告されたものとして動くことになった」
「つまり……戦争するって事ですか」
「そうだ。既にその旨認めた書面を向こうに送っている」
「それじゃあ……」
あれ?戦争状態になったら冒険者ってどうなるんだ?
「で、君ら二人についてだが……本当に扱いに悩んでいてな」
「はあ」
「何しろ、言いがかりを付けられているだけで君たちに非が無いのは周知の事実なのだが、戦争の原因になっているからな」
「全くひどい話ですね」
「そうだ」
そう答えるとレグザは書類の束を引っ張り出してきた。
「事態がややこしくなってしまっていて、巻き込んでしまって申し訳ないのだが……二人のランクアップを取り消すことになった」
「はあ……」
どういうことだろうか?
「なるほど……レグザ、考えたな」
「まあな」
「ん?」
「リョータ、Bランクの冒険者は街の出入りの度にギルドへの報告義務があるのは知っているな?」
「ええ」
報告と言っても大げさな物ではなく、「○○、着きました!」「××へ向かうので街を出ますね」と伝える程度なのだが。
「戦争が始まると、冒険者と言えど移動には色々と制限がついて回る」
「それはまあ、何となく想像が付きます」
冒険者が直接戦争に参加することは稀とされている。余程のことが無い限り冒険者も冒険者ギルドも国家間の揉め事は静観する。しかし、情報伝達や物資輸送などを敵国から請け負った冒険者が王都まで入り込んで……と言うケースを防ぐという名目で高ランクの者は移動制限をかけることがある。もちろん、低ランクの者もそうした依頼を受ける可能性はあるのだが、そもそも低ランクの者は国境を簡単に越えられないので制限をかける意味はあまりない。
「そして、戦争が始まった場合、モンブールとしてはリョータの扱いで国内の貴族共の意見が真っ二つに割れる可能性が高い」
「ああ……俺らを何としても守れ逃がせというのと、ストムに差し出せというの……ですか?」
「そんなところだ」
「でも何で俺らをストムに差し出す話が?」
「戦争と言っても、いきなり兵をぶつけ合うわけではない」
リョータの質問にレグザが答える。
「おそらく……数ヶ月、イヤ一年程度かけて経済的に追い込むことになる」
「経済的にって、商人の行き来も認めないとか?」
「そうだな。ストムは国土がそこそこ広いが、魔の森に面していないので、森由来の素材はモンブールからの輸入に頼っている。そしてそれを止めたらどうなるか?」
「推測ですけど、シーサーペントの対応が難しくなる?」
「ご名答。そしてそれはストムとしては絶対に避けたい。シーサーペントの対応が出来なくなると海洋資源が使えなくなる。漁が出来ないのは食糧事情にかなりの打撃を与えるはずだ」
「すると、向こうが勝手に折れてくると?」
「そうだ。それに、長期化するのはモンブールとしても望むところではない。国境封鎖とか、金がかかるからな。そこで『交渉を有利に進めるためにリョータ達を差し出すから、その代わりに、と有利な条件を引き出す材料にするべき』そう言う意見が出てくる可能性は……残念ながら、ある」
「なるほど……で、それとランクアップ取り消しがどう……あ、そういうことか」
Cランクならば街の移動は自由。つまり、移動した街でギルドの依頼をこなさない限り街に滞在したという記録は残らない。リョータ達を差し出すべきという意見の貴族たちがリョータ達を追うための手がかりが少なくなると言うわけだ。
「なーに、色々ゴタゴタしていてランクアップの色々な手続きが止まっていてな。現時点ではモンブール、この街でしかリョータはBランク扱いされないから、ランクアップ自体を無かったことにするくらいは朝飯前さ」
「実際、今も朝飯前なんですけどね」
「お腹すきました」
やや難しい話なので、エリスは全く着いていけず、空腹を訴えるだけである。もうちょっとだけ我慢してね。
ゴメンねエリス……この辺、小難しい話が続いちゃったんだ……




