面倒な襲撃者
「リョータ!」
エリスがその音で何かを察し、警告を発した。
「出るぞ!」
「はいっ!」
馬車の扉を開き外へ飛び出すと、護衛の冒険者三名が既に斬られ、御者に武器が向けられているところだった。
襲撃してきたのは見える範囲で四人。馬車の反対側にもっといそう……十人くらいか?この位置では御者を巻き込んでしまうが……
「スタンガン!」
見える範囲を無力化しつつ、距離を取りながら反対側に回り込み……「スタンガン!」
だが、数人が倒れない。
「全身金属か……」
上から下まで金属のはまった鎧を着ているために電気が表面を流れ地面に吸い込まれ、思ったほどの威力が出ていない。少しは痺れているだろうが。
「いたぞ!」
「コイツらだ!」
「何の用事だよ!って、こっちはお前らの事なんて知らないぞ!」
「殺せ!」
「おう!」
マジか。
どういう理由かわからないが、襲ってくるなら応戦するまで。
問答無用とばかりに剣を振り上げてた一人に思い切って飛び込み、そのまま横薙ぎに。さらにその後ろで剣を構えていたのでそのまま手首を。
そうしている間にエリスがもう一人の両腕を切り落としており、まともに立っているのは御者に剣を向けていた一人だけとなった。
「クソッ、コイツら……」
「何者だ?」
「……教えると思うか?」
「ですよねー」
軽い口調で答えたが、構えは解かない。
「一応言っておきますが、僕らの剣は特別製です。見ての通り鉄の鎧もスパスパ切れますので、頑張って耐えてくださいね」
「ぐ……」
防具が意味をなさない上に、謎の魔法により全身がしびれていて感覚が鈍い状況での戦闘は不利と判断したらしく、意外にもおとなしく降伏した。
スタンガンで無力化した者も含めて全員を拘束、切り捨てた三人は死亡を確認後、ズタ袋に詰め込んだ。
そして馬車の後ろに追加の荷物用の小さな荷車を繋ぎ、亡くなった冒険者と共に乗せた。
そして、リーダーっぽい奴の尋問開始。
あっさりとストムのウォルテの領主の私兵だと吐いた。白状すれば助かると判断してのことで、いわば司法取引のような助命嘆願付きで。
「ウォルテの領主?何でまた……」
「顔に泥を塗られたと聞いているぞ。詳しくは知らんが」
「ああ、あれ……領主主催だったんだ」
祝勝会に参加するように言ってきたアレか。
さすがに領主本人が祝勝会に出てくるとは思わないが、領主主催という場をないがしろにしたと言うことで、メンツが潰れたとかそういう感じかな。
「よくもまあ、追ってきたもんだと感心するよ」
「やりようはあるんでな」
「ん?」
「グクローのドラゴン討伐」
「まさか……」
「案ずるな、我々はお前たちを追うように指示されている。情報収集はするが、それ以上は何もしない」
隊長さん一家に迷惑がかかることは無いようでひと安心だ。
彼らはウォルテからチェルダム方面へ向かう可能性は低いと判断した。あの短期間で長距離の荒野を抜けるだけの準備は不可能だろうと考えて。
そして、そのまま東へ追跡を開始。どこにも痕跡が無いが、痕跡が無いこと自体が怪しいとグクローまで追ってみたらドラゴン討伐。シーサーペントすら討伐するような連中ならドラゴンくらい倒せるのだろうと詳細を調査したところ、情報が巧妙に操作されている可能性が高いと推察。
そのまま国境に向けて進んでみたら、定期馬車を降りたはずの二人がどこへ行ったかわからない状況。あからさまに怪しいと国境を越えて追いかけてみたら、定期馬車に乗っていることが判明。そのまま追いかけてきて、ここで追いついたというわけだ。
「俺らをどうするつもりだったんだ?」
「始末するように言われている」
「はあ……」
貴族の考えって奴がよくわからん。
「コイツら、どうすればいいんですかね」
「そう言われましても……」
この場で一番の責任者だろう御者に話を振ってみたが今ひとつ。
そりゃそうだ。
隣国の貴族の私兵が何の断りも無く国境を越えてやってきて、定期馬車を襲うなんて、なかなか面倒かつ立派な外交問題。リョータももちろん、御者だってどうしていいのやら……になる。
「全員地面の下に埋めたいけど……護衛の冒険者が斬られたという説明がしづらいし……連れて行くしか無いのか」
コイツらが乗ってきた馬と護衛の冒険者が乗っていた馬、合計十三頭が馬車に繋がれ、何だかすごく大げさな定期馬車に仕上がってしまったが、そのまま村まで向かう。
村まで行けば馬を預けることもできるし、コイツらの身柄を拘束しておく場所も用意できる。
「その先が……気が重い」
何とか事態が収拾されて、馬車が走り出したが、この先どうなるのだろうか。
「よし、決めた」
「うん?」
「さっさとこの国を出よう」
エリスも無言で頷いた。面倒ごとは全部丸投げして、目的のためだけの旅がしたい。心の底からそう思った。
村に到着してからがまた大変だった。
どこの村もある程度の規模で盗賊を拘束しておいたりする用意はしているのが、今回の件は少々面倒な外交問題だ。盗賊なら拘束中に死んでも問題ないのだが、こいつらは隣国の貴族の私兵。ただの貴族の私兵ならまだいいが、領主の私兵と言うことは衛兵に準ずるわけで、それ相応の対応をしておかないと面倒な事になる。
眉間にしわを寄せたままになっている村長に丸投げするしかないのだが、少しでも解決を急ごうと言うことになった。
「大丈夫?」
「うん、頑張るよ!」
王都までは馬車で二日。だが、エリスが走れば半日と少し。村長が状況を書いた手紙を持ってエリスが王都まで走れば、事態の収拾のために衛兵がこちらに来るまでの時間が少しは短縮される。
「では行ってきます!」
「気をつけて」
日が暮れかかっているが、エリスは夜道でも特に困ることがないので、少々の不安はありつつも送り出した。エリスの脚力なら動物も盗賊もまける。あっという間に走り去っていったのを見えなくなるまで見送ると村長宅に向かう。こちらはこちらでまだ問題が残っているのだ。
一つ目の問題である、襲ってきた貴族の私兵はとりあえず棚上げ。対応は全て衛兵、すなわち国に任せる。
二つ目は護衛の冒険者。全員が殺されており、この村で埋葬することになるのだが……その先の護衛がいない。
そして三つ目。この襲撃の原因が俺たちであること。もちろん、あちらの勝手な言い分ではあるが、この村で詳細は話せない。そして、詳細を話せない以上、ストムでとんでもないことをやらかした冒険者と言う認識を持たれてしまっている。なんとか誤解であることを訴えたが、あまり信用されていないような感じだ。
「どうすりゃいいんだ」
答えの出ない問題に独りごちてから、村長宅に入り、村長にエリスが出発したことだけ告げておく。
王都から衛兵が到着したのは翌日の昼頃。獣人の足で急いで伝えるほどの内容、ということで大事になって、深夜にもかかわらず衛兵たちがあちこち走り回り、すぐに対応すべく急いで向かってきたらしい。
で、当のエリスはと言うと、当然のように戻ってくるつもりだったのだが、あらかじめ言い含めておいた。すぐにこちらも王都に向かうから宿を取って待っているようにと。さすがに休み無しで丸一日走るというのは無謀すぎるので。
そして、リョータはと言うと、やって来た衛兵隊の隊長の事情聴取を受けていた。
「貴様、ストムで何をやらかしたんだ……」
襲撃された事実と相手が貴族の私兵だと確認したことまで告げた結果がこれ。
「何をやらかしたというか……やらかされた感じですかね」
「その詳細を聞きたいのだが」
「えーと……」
ダメだ。衛兵隊の隊長というのはそれなりの権限があって責任のある立場だろうけど、手紙を託すのはダメ。モンブールの情勢がどんな感じかわからない以上、王都の冒険者ギルドマスターに渡すべきだろう。
「色々ありまして」
「その色々とは?」
「えーと、色々あって話せません」
「はあ……まあいい。とりあえずあいつらを引きずっていけばいいんだな」
ため息をつきつつも、複雑な事情を察してくれた。空気の読める隊長らしい。
そして、すぐに縛り上げて荷馬車に放り込むと、定期馬車共々出立。本来二頭立ての馬車を四頭立てにして負担を軽くする一方で速度を上げて隣の村まで急がせ、日が暮れる頃に到着。翌朝、日の出と共に村を出て昼頃に王都に到着というなかなかの強行軍だった。
そして、王都の門をくぐると、
「リョータ!」
「エリぐえっ!」
余程心細かったのか、全力で飛びつかれ、一瞬意識が飛んだ。
さて、無事に再会出来たことだし、冒険者ギルドへ手紙を持ち込みますか。




