王都へ
「ストムの状況は言えない、と」
「手紙の内容で、と言われています。手紙を確認し、対応を検討できるようになったら口外してもいいと」
「ふむ」
支部長は老齢の、いかにも好々爺といった感じの男性だった。
「なかなか厄介なものだな……仕方ない、シシリー」
「はい。この手紙を王都のギルドマスターへ届ける依頼をこの二人の指名依頼で」
「わかりました」
「えっと……」
「もちろん報酬ははずむよ。ギルドマスターのポケットマネーだけど」
「いいんですか?」
「何、構いやしないさ。それよりも」
「はい」
「王都までは馬車で十日。隣のフルトまでの定期馬車が明日出発。馬車代も出してやるから、席の確保だけしてきな」
「わかりました」
各国の冒険者ギルドは通信用の魔道具で連絡を取れるようになっている。そして、チェルダムのギルドマスターからは「色々ぶっ飛んだのが行くからよろしく」と連絡があった。
正確にはフランツ・リーベルスという貴族からの伝言という形だったが。
ストムがいきなり冒険者の受け入れ拒否を表明したのがおよそ百年前。詳しい事情は一切明かされない、突然の通達。そしてその通達通り、その後ストムに向かった冒険者は一人として帰ってきていない。
途中の荒野を越えるときの護衛にも雇えないとなり、商人の行き来もほとんど無くなったために何が起きているのかさっぱりわからない。
自前で護衛を用意できて往復できる商人に確認しても、詳しいことはわからない。冒険者以外には徹底して隠している何かがあるのは容易に推測出来る。
おそらくあの手紙の中には、事の真相が書かれている。そして当然だがあの二人はストムで何が起きているのかを知っている。
「さてと、穏やかに終わるといいんだが」
呟いてから気づいた。長年の経験で言わせてもらうと、これは……悪いことが起きる前兆だと。
定期馬車は残り席数にかなりの空きがあった。この街、素通りするだけか。
「と言うことで、夕飯は屋台巡りにしよう」
「はいっ」
クロヴァンさん宅でご馳走になった家庭的な料理とは勿論違い、さらに大陸西部の屋台に並ぶ料理とも違う、大陸北部の様々な料理が屋台では売られていた。
基本的には串焼きや煮込み料理がメインだし、材料も魔の森で駆られた魔物の肉が多いのだが、使われている香辛料が違ったり、食材の組み合わせ方が違うので全然違う料理に見える。
そして、食べてみるとその味も香りも違う。いろいろな種類を食べてみたいということで二人の意見が一致し、手分けしてあちこちの屋台を巡り、宿の部屋に戻ってテーブルの上に広げた。
何だかんだで二十種類ほどになり、二人で分け合って食べた。
それなりに売れ行きの良さそうな屋台を狙ったので、味も量もなかなか。
「これもう一つ買ってきても良いな」
「私はこれがいいな」
「お、エリスはそっちの味付けの方が好き?」
結構な量を買い込んだのだが、全部食べきってしまい、苦しい。
お腹いっぱいになったところで、明日も早いしとさっさと寝ることにする。
定期馬車で五日かかる予定だったが、雨で一日足止めを食って、隣街フルトへ一日遅れで到着。本当ならすぐに、王都行きの定期馬車を予約する予定だったのだが、三日後の馬車となった。
特に何かをするわけでもないのだが、一応冒険者ギルドに顔を出す。
「王都までの輸送依頼の途中ですが、一応到着を報告します」
「話は聞いています。冒険者証と依頼票を」
ここで依頼を受けるつもりは毛頭無いが、規則は規則と言うことで。
「三日後の馬車で出発しますので」
「わかりました」
予定を伝えておけばあとは適当に過ごすか、と振り返ったら……面倒な事が起きていた。
「おうおう、坊ちゃん嬢ちゃん。ここは子供の遊び場じゃねえぞ」
こういうテンプレイベントは、いつになったら終わるんだろうか。
「おっと、先に名乗る方がいいか?俺様はアドム、泣く子も黙る実力者さ」
「そして俺がサンスム、二人とも今はDランクだが、それはたまたま運が悪いだけ。一年後にはAランクとしてこの街の顔さ。覚えておけ」
妙なポーズに自己紹介。
「そうですか、ご丁寧にどうも。Cランク冒険者のリョータです。こっちはDランクのエリスです。よろしくお願いしますね」
「……」
「……」
「バスキでもこのやりとりあったよな?!」
妙なポーズを決めたまま、サササササッと二人が外へ消える。
「はあ……」
「リョータ、どうしたの?」
「ああ、うん。俺の生まれたところでね……二度あることは三度あるって言葉があってね」
「え……」
顔をしかめて二人が出ていった方を見つめるエリス。ハア、とため息をついて振り返って受付に確認する。
「あの」
「な、何でしょうか」
「僕ら、これから王都に向かうんですけど、王都でも彼らがいたら問答無用でぶちのめしていいですか?」
「気持ちはわかりますが、さすがに許可は出来ません」
世の中うまく行かないものだと思いつつギルドの宿を使うことにする。他に宿を取るとなんだか面倒な事が起こりそうなので。
冒険者としての活動はしないと決めていたので、魔の森に入ることはせず、ストムで半逃亡生活していたときに使い切った消耗品の補充をし、工房へ運び込んだ。「荷車は?」という視線は却下。背負って軽く運べる程度なら門を出入りしてもいいが、荷車をガラガラやったら目立つし、戻ってくるときに手ぶらだったら何ごとかと聞かれるだろう。
「それに、改造で必要な塗料がね」
「薬草……」
「そういうこと」
王都までの定期馬車は予定通りの日程で出発。天候がやや不安ではあったが、どうにか予定通りに進み三日目の午後。あと三時間ほどで泊まる予定の村に到着するのを乗客全員が心待ちにしていた。
平凡な街道だが、半年ほど前に大雨で一部が崩れてしまったため、新たに敷かれた比較的新しい道は凹凸が多く、その揺れは旅慣れた者でも「ケツが痛え」となっていた。
リョータたちも気休め程度に厚めの布を敷いているが、それでも痛い。慣れているはずの御者でさえも「この辺りはキツいんですよ」と御者台に座らずに立っているほど。
あと一時間ほどで適度に平らに均された街道になり、ひどい状況を抜けられるらしいが、その一時間が待ち遠しい。
何をやってもケツが痛いが、少しずつ座り方を変えて耐えていたリョータの手に、エリスがポンポンと尻尾を二回当てる。
「何が?」
「馬車の音が大きくて正確にはわからないんだけど」
ガタン!
「うわっ」
「ぎゃあ!」
大きく揺れて乗客が数名悲鳴を上げた。
「えっと……」
「……」
顔が近い!近いってば!
揺れのせいで崩れた姿勢を何とか戻し、続きを……エリスの顔が真っ赤。鏡がないからわからないが、多分俺も赤くなってるかも。
車内がカオスになってるから、誰も気づいていないのが幸いか。
「後ろから、馬の足音が複数。少なくとも三頭は」
「んー」
それだけだと何とも言えない。
街道で馬を走らせてはいけませんなんて法はないからな。
だが、エリスが警戒した方がいいと直感で判断したのは、何かあるからだろう。本人も気づかない何かが。
そう思い、馬車の窓を開き、横を併走する護衛の冒険者に声をかける。
「後ろから?ああ、確かに来ているな……数は五?六か?」
ちょうどカーブにさしかかっていてよく見えなかったようだが、そこそこの数の馬が走ってきているらしい。
「フム……御者に伝えてくる」
かなりの速度で走らせているようなので、大きな馬車で道を塞いでいると邪魔かも知れない。一旦馬車を止めて先に行かせた方がいいだろうという判断だ。
御者も後ろの様子を見て、止めた方がいいと判断したらしく、ちょっとした空き地へ馬車を誘導し、馬を止めた。
「すみませんね。ちょいと急ぎの馬が来ているみたいなんで、先に行かせます」
その声と同時に馬車の中で立ち上がり、痛みで感覚が麻痺し始めたケツを揉んだり叩いたりする乗客たち。
何だかコミカルな様子に思わず笑みがこぼれる。が、
「な、一体何ぐあっ」
外からあまり穏やかでない声と、イヤな感じの音が聞こえた。




