ドラゴンによる被害は
「やあっ!」
「モガッ!」
ドラゴンの左側に回り込んだエリスが気合いと共に翼に斬りかかり、ドラゴンが小さく悲鳴を上げる。が、
パキーン
「あ」
順調に翼膜を切り裂いていた短剣が翼を支える骨にあたり、折れた。
エリス……ラビットソードでもドラゴンの骨は無理だって言っておいたよね、と目配せをする。
「はう……えと……」
「エリス!離れろ!」
「ひゃっ!」
呆けてる場合じゃ無い。まだ戦いは続いているのだ。エリスにはラビットソードを三本渡してあるので、すぐに二本目を取り出している。これで反対側の翼も切り裂けばドラゴンの機動力は半減。突進を封じ、竜の息吹も封じれば勝ち筋が見えてくる。
バリン!と盛大な音を立ててドラゴンが氷を噛み砕いたが、予想の範囲内。と言うか、それくらい当然だろうから別に驚きもしない。ただ単に次の魔法を放てば良い。
「氷結!」
「!」
バキッと音がして、ドラゴンが噛み砕き粉々になった氷の破片が再び集まり、ドラゴンの口を塞ぐように覆い、凍り付く。ドラゴンの身体構造は詳しくはわからないが、見た感じではトカゲやワニのような顔つき。ならば、口を閉じる、すなわち噛み切る力は強くても、口を開く力は弱いだろうと予想してみたのだが、どうやら当たりらしい。前足で必死に口の周りの氷を引っ掻き始めた。
やはり、魔法のイメージを打ち消すのもそれなりの技量が必要らしく、慌てふためいた状態では魔法の発動自体を防げなかったようだ。そして、凍り付いてしまえばそれは魔法に関係なくただの氷。今度はかなり温度を下げて硬い氷にしたので簡単には砕けないだろう。
「えいっ!」
「!」
反対側に回り込んだエリスが翼を切り裂く。
パキーン
「あ」
「エリス……学習してくれ」
「はい……」
「あと少し、頑張って!」
「は、はいっ」
さすがに涙目で少し落ち込んでいるようだが、まだ戦闘中なので気を抜かないで欲しいところ。
だが、翼を両方とも切り裂かれ、口を塞がれてオタオタしているドラゴンなど、恐るるに足らず。とまでは言わないが、ここがチャンス。エリスと同時に左右からドラゴンの腹、鱗の薄いところを狙い、ラビットソードを突き立てる。攻撃に気付いたドラゴンが一瞬躊躇するが、リョータの方を脅威とみたのか、尻尾を振り下ろしてくるので即座に後退。代わりにエリスが腹に剣を突き立てた。そして剣を刺したまますぐに後退。
「エリス!離れろ!」
ドラゴンの陰になってエリスの姿は見えないが、充分に離れてくれたことを信じて魔法を解き放つ。狙いはエリスの突き立てた剣。だいたいの位置がわかれば後は勝手に当たるはず。
「電撃!」
剣を伝わって体内に入った電撃が内臓を駆け回り、そのまま脳天まで突き抜けていき、ドラゴンがゆっくりと倒れていった。
「ふう……」
「倒せた……の?」
「念のため、首を落とそう」
腹に刺さったままの剣を抜くのは後回しにして、エリスに一本渡して、二人がかりで首を落とす。背骨は硬いが、骨と骨の間の軟骨部分を狙えば綺麗に切れた。さすがに首を落としても動くほどの生命力は無いだろう。
「あのね」
「うん?」
「ゴメンね、その……剣が」
「ああ。そうだな。まあ、ドラゴン相手じゃ仕方ないよ。手持ちが間に合って良かったってことで」
「う、うん」
「そんな顔しないで。こんな剣、すぐに作れるし。次は気をつけよう、ね?」
「はいっ」
ニコッと笑顔になったところで、被害状況を確認する。
馬車は横転していて、素人目にも走行不能とわかるレベルで車輪が粉砕されている。中の乗客や荷物はこれから確認だな。
二頭立ての馬車だが、馬は一頭しかいない。その一頭は馬具が引っかかって起き上がれないようだが、見たところドラゴンとか周囲の血の臭いでやや興奮気味という以外はケガは無さそう。
そして、馬車の御者は……ダメだった。
まあ、ドラゴンだと気付いてこちらに来たときには既にこの惨状だからリョータ達に何が出来るわけでも無いのだが。
「リョータ、馬車の中に人がいるよ?」
「うん。聞こえてる」
馬車の中から色々と声が聞こえる。エリスが上に飛び乗り、「大丈夫ですか?」と声をかけながら扉を叩くと、「助けてくれ」とたたき返してきたので扉を開けようとしたのだが、案外扉が重くて持ち上がらないので断念。
「い、一体何が?!ドラゴンって聞こえたんだがっ!」
「えーと、落ち着いてください。危険は去ったので」
「え?誰?誰がいるんだ?」
「えっと、今から馬車の天井に穴を開けます。離れていてください」
「わ、わかった。ホレ、こっちへ」
「は、はい」
ゴソゴソ移動する音がして、「いいぞ」と言う声が聞こえたのでラビットソードを馬車の屋根に突き立てて、サクサクスパッと人が通れる程度の大きさで切り抜く。これ、ノコギリより便利かも。
「足元気をつけて、ゆっくりで大丈夫ですから」
「あ、ありがとう」
中には老若男女合わせて十人が乗っていた。近くの村と行き来する乗合馬車で、乗っているのは街の住人がほとんどだった。
「怪我人はいませんか?」
「こっちに」
数人が馬車の横転でどこかにぶつけたらしく、血を流しているが、大したことは無さそうだ。と言うか、大したことがあったとしてもリョータに出来ることなど、手持ちの薬草を使うくらいしか無い。だが一名、横転の衝撃でおかしな具合に力がかかったのか腕が変な方に曲がっている。どう見ても骨折だ。
「うぐぐっ……」
荷車の修理部材から木の棒を削り出して添え木にし、数名で腕を引っ張って正常な位置に揃えたところにあてて、布で縛り付ける。今ここで出来るのはこのくらいだろう。
「あ、ありがとう」
痛みで顔を歪ませながらも男が礼を言う。そして、男は二人一組でこの馬車に乗っていた御者のもう一人だと名乗ったのでこの人メインで話した方がいいだろうか。一応もう一人の御者について「見ない方がいいです」と伝えた。
「そうですか……ッと、その前に礼を言わせてください。このケガの処置では無く、ドラゴンの件」
「あ、えーと……」
「ありがとうございます。アイツのことは……その、残念ですが、他は皆……助かりました。こ、こんな怪我……くらい……うまいもん食って、寝てりゃ治ります……し、その……あの……」
「落ち着いてください」
「は、はい……」
だが、相棒を失ったのがキツいのは確かで、男は泣き崩れてしまった。まあ、仕方ないことだが。
「私たちからも礼を言わせてくれ。ありがとう」
「いえ、たまたま通りかかっただけです。皆さんの運が良かったんですよ」
「イヤイヤ、ドラゴンと戦って勝てるなんて……なぁ?」
「ああ。たいしたモンだ」
褒められれば悪い気はしない。
「それより、どうする?」
「そうだな。お前、馬に乗れたよな?」
「俺?ああ、乗れるが」
「街までひとっ走り頼む」
「わかった」
運良く怪我をしていない者が馬に乗れるというので馬具に引っかかっていた馬を引き起こし、馬車の荷台にくくりつけられていた鞍を付けて街へ走って行った。ドラゴンの様子はおそらく街からも見えていたはずで、衛兵が動き始めるだろうから、討伐完了と怪我人多数を伝えに行ったのだ。
戻ってくるまでの間に、荷物から薬草を取り出して、湯を沸かし、怪我をした人たちの患部へ貼り付けて応急処置を施しておく。本格的な治療は街に行ってからにしてもらえばいい。
「おにーちゃん、ありがとー」
「どういたしまして。痛くなかった?」
「うん」
「そっか。偉いね」
「えへへ」
このやりとりの間、エリスがちょっと不機嫌だったのをフォローするのが一番苦労しそうだ。




