冒険者の扱い
「ここで待機だ」
「待機?」
「指示があるまでここから出るな。ここの中なら自由に過ごせ。細かいルールがあるかも知れんが俺たちは知らん。中で聞け」
言うだけ言うと、ガチャンと重そうな金属の扉が閉じられる。
仕方が無いので石で作られた五メートルほどの通路を進むと……
「んー、何だろう、これは」
周りを高い塀に囲まれているが、日の光がさんさんと差し込むそこにはでかい建物がドン、と建っており、周囲は手入れされた庭園になっていて、まるで貴族の館のようだ。
貴族の館と違うのは、そこらをぶらついていたり、寝転がったりしているのが、上品な雰囲気のある貴族では無く、どちらかというとリョータたちのような……冒険者だと言うこと。
「ストムに行った冒険者が帰ってこないってのは、こう言うことなのか」
冒険者だとバレ、荷物の中に隠しておいた冒険者証も見つかった時点で、魔法を全力でぶっ放して強行突破も考えたのだが、意外にも「別にお前らを牢にぶち込んだりはしない」というので詳しい話を聞いてみた。
「この国では冒険者の仕事と言えばただ一つ」
「一つ?」
「国のために働くことだ」
「国のために?」
「不自由させるが、メシもちゃんと食わせる。悪いがそういう決まりなんで従ってもらうぞ」
とりあえずいきなり殺されたりはしないようなので、おとなしく従った結果、街の隅にある高い塀で囲まれたここに連れてこられた。
前後を衛兵に囲まれてはいたが、手足を拘束されたりすることも無いので犯罪者と言うことでは無さそうなのだが、どういうことだろうか?
「とりあえず、誰かに詳しい話を聞きたいな」
「そうですね」
エリスと頷き合ってから建物へ向かう。そこらでゴロ寝している連中よりは話のわかる人がいることを期待して……いたのだが、そのゴロ寝している一人が起き上がった。
「おう、新入りか」
「新入りって言い方がどうなのかわかりませんが、来たばかりです」
「どこから来た?」
「チェルダムから」
「そうか。長旅ご苦労」
ニッと笑いながら手を上げて軽い挨拶をしてくるので、話を聞けそうだと、近くの芝生に座る。
「言っとくが、ここに代表みたいな奴とかいないからな。新入りへの説明は気づいた奴がするのが決まりなんだ」
「そうですか」
「俺はジェロルド、Dランクだ。Bランクのマーヴィンって奴と一緒に行動していたんだが、まあ、お前と同様、ここに放り込まれた。仲間はそこら辺にいるが、まあいいか。お前らは?」
「リョータです。こっちはエリス」
「はじめまして」
「おう、丁寧にどうも……って、リョータ?どっかで聞いたな」
「よくある名前ですよ」
「そうか?まあいいや」
ポンと膝を打って続きを話し始めた。
「簡単に言うと、俺らはここである程度の任務をこなさないと出られない。それが決まりなんだ」
「任務?」
「ああ」
「どんな任務?って、冒険者ギルドの扱いでは無くて?」
「まあ聞け。時間はたっぷりあるからな。まず、ストムだが……大陸の北西にある国というのはいいよな?」
「はい」
「じゃ、コレは知ってるか?大陸の北の海でも、特に西の端、ストムの辺りの海は危険だって」
「危険?」
「波が高くて荒れた海、とか?」
「甘いな……出るんだよ」
「出る?」
もしかして、幽霊船とか?
「シーサーペントさ」
「シー」
「サー」
「ペン」
「ト?」
リョータとエリスが妙にハモって答える。
「お前ら、仲いいな。オッサンの俺には眩しすぎて見てらんねえや」
「なんかすみません」
シーサーペントって、海に出る……竜みたいにでかいヘビだっけ?
だが、ジェロルドが言うには、ヘビでは無いらしい。ストムは魔の森に入れる場所はないものの、数カ所山の中腹から大量の水が流れ出して出来た河があり、海に流れ込んでいる。
激流と呼んで差し支えの無い流れに時折魔の森の魔物が流され、そのまま海に運ばれる。多くが激流で死んでしまうらしいのだが、死なずに海に流れ着いた魔物は周囲の魚を食い尽くし、人間の船を襲うようになる。
それら魔物を総称してシーサーペントと呼んでおり、その討伐を冒険者が担っているという。
「魔物退治の専門家だからな」
「それはそうかも知れませんが、この扱いは……」
「まあな」
だが、討伐に駆り出されたとき、討伐が成功し、生き残ることが出来れば報酬が支払われ、解放されると言う。
「討伐した、という証明書ももらえる。それを持ってりゃ、もう一度、って事は無いからな」
「で、ここで討伐の出番待ちと言うことですか」
「そういうことだ」
「二つ質問が」
「おう。俺がわかることなら何でも答えるぜ」
「どのくらい待たされるんですかね?」
「わからん。だが、だいたい三日から五日くらいの間隔で討伐に向かうらしい」
「結構な頻度ですね」
「まあな。討伐出来ない……つまり、逃げられることが多いらしくてな」
「しばらくすると、また陸に近づくから追い払うと?」
「そういうことだ」
「ではもう一つ、結構大勢残ってるみたいですけど……」
「船の大きさの関係でな。一度に出るのは十人前後だ。ま、その時の状況で何人呼ばれるかは違うけどな」
「そうですか」
討伐が成功して、解放された冒険者はいるのか?と聞きたかったがやめた。
ジェロルドが言ってることに嘘は無いだろうが、おそらくコレはそんなに簡単な話では無い。
シーサーペントがどういう魔物かわからないが、討伐が成功しなければ、街が維持できないと言うことになるだろうから、そこそこに成功しているはず。なのに、ストムに行った冒険者が一人も帰ってこないという事態はどう考えても異常だ。
「さてと、俺はもう少し昼寝するが……ああ、部屋はドアの札が「未使用」ってなってる部屋ならどこを使ってもいいぜ。使うときに「使用中」ってひっくり返しておけよ」
「わかりました」
食事の用意や掃除なんかは日に何度か人がやって来て済ませていくらしいので、本当に待つだけになりそうだ。
三日後、ジェロルドさんが仲間たちと共に討伐に向かった。
「ま、俺らが討伐するから、リョータの出番は無いな」
「あはは」
そんな風に見送ったが、戻ってこなかった。
討伐が成功し……つまり、シーサーペントを仕留めた場合も戻らずに解放されるらしいから、どうなったかを知る術はない。だが、おそらく……と思っていたら、わずか二日後、リョータ達が討伐に行くことになった。しかも今回は十八名という大所帯で。
港へ向かう馬車に乗せられるが、全員の表情は暗い。
そりゃそうだ。いくら魔物と戦うことを生業にしていると言っても、シーサーペントと呼ばれるようなレベルの魔物となると、どれほどのものになるだろうか。
水中生活に適応している魔物を相手に、機動力で大きく劣るであろう船を足場に戦う。
シーサーペントがどの程度の魔物かにもよるが、ドラゴンを相手にするのとどちらがマシ?と聞くようなレベルかな。
「はあ……終わりだ」
「ああ」
「覚悟はしてたけどな」
「ひでえ話だ」
ぼやく声しか聞こえないし、リョータたちも詳しい状況を把握できていないので、おとなしく黙っていることにする。
やがて馬車が止まり、船に移るように指示される。




