シーサーペント討伐へ
「コレに乗るのか……」
「大きな船ですね」
エリスの感想は、シリカで乗った船との比較だろう。あれはちょっと海を渡るだけだからあの程度でよかったし、あの街にあった他の船もこのくらいの規模だったように思う。
そして、リョータの前世の知識――と言っても、船乗りでは無いから正確なことは言えないが――と比較しても、外洋に出て魔物を退治する船にしては小さいと思う。
「さっさと乗れ!」と急かされながら二隻の船に九人ずつ分かれて乗り込む。長さ二十メートルほどの……観光バスくらいの大きさの帆船だが、あちこち無理に補修をしたような跡があるので、おそらく廃棄寸前の船を引っ張ってきたのだろう。
「シーサーペントとの戦い以前に、この船が無事に往復できるかどうかが心配」
「え?そ、そうなんですか?」
エリス……よく見て、とそこら中の板を打ち付けて補強しているところを見せる。
船に詳しくないエリスでも、ひび割れしている部分を見て、少し萎縮してしまった……主に尻尾が。
ギィ、といろいろな意味で不安を煽る音をさせながら船が港を出て行く。
操船しているのは……多分、元は船乗りの犯罪者か?犯罪奴隷っぽいし……というか、犯罪奴隷を使っている時点で無事に戻れる確率が低いと言うことを示している気がする。
「エリス、こっちに」
昨夜のうちにどう立ち回るかを相談しておいたが、改めて確認。船の状態が悪すぎるので、少し変更が必要。
陸からの追い風もあって、船の速度はかなり速い。船長っぽい人――誰が船長か全くわからないので、偉そうにしている人だけど――の見立てではもうすぐだと言うが、港を出て十分程度とか、陸に近すぎだろ。
多分、前回の討伐失敗もそうだが、その後陸に向かってきたので危険度が増大し、投入する人数を増やした、そんなところか。
「冒険者を使い潰す扱いはどうかと思うけどな」
「そうだね」
シーサーペントの強さによっては撤退することも考えている。逃げるだけなら多分出来るはず。
「気をつけろ!」
「いた!いたぞ!」
船員たちが騒ぎ出し、連れてこられた冒険者たちが船首に集まりはじめた。
見ると、先行しているもう一隻が帆をたたみ、赤い旗を揚げている。シーサーペント発見&戦闘開始の合図だ。
しばらくすると魔法や弓が飛び始めた。遠目にもなかなかの威力がありそうだが、途切れる様子が無いと言うことは当たらないのか、当たっても効かないのか。
「よーし、こちらも接近するぞ!」
ゆっくりと舵を切り、右舷側でシーサーペントに対峙するように進んでいく。向こうの船の後ろをぐるりと周り、挟み撃ちにする作戦らしい。
「見えた!」
様子を見ていた一人が声を上げる。思わずそちらを見てみるが、大きな水しぶきしか見えない。なかなか素早い動きをするようだ。
水しぶきの大きさ的に、海面に叩きつけた体の一部分だけでも十メートルはありそうだが、さて全長はどのくらいだろうか?
基本的な戦術は考えておいたが、実際の攻撃手段は相手を見てからと思っていたが、さてどうしようかと思ったところで、高さ二十メートルはありそうな何かが突然現れ、先行していた船に叩きつけられた。
あちらの船もこちらに負けず劣らずオンボロ。叩きつけられた衝撃で……大破した。
「うわっ!」
「おいっ、どうなってるんだ!」
「マズいぞ!挟み撃ちに出来なくなる!」
多分アレが尻尾。全体の姿がわからないが、全長五十メートル以上は間違いない。
そんなサイズの魔物相手に、こんな小型船で挑むとか正気を疑うだろ。
仮に挟み撃ちにできたところで、尻尾が往復するだけで両方大破沈没間違い無し。
船が大破したと言っても、粉々に粉砕されたせいで、沈没するときの渦に巻き込まれると言ったようなことは無いようだが、あんな化け物がいるところで海に放り出されたら生きた心地はしない。実際、放り出された連中はもはや何を言っているかわからないほどの悲鳴を上げ、助けを求めて叫んでいる。助けたいのはやまやまだが、この距離は少し遠すぎる。エリスの靴に仕込んだ魔法陣で空中を駆ければ往復出来る距離だが、残念ながら魔法陣に仕込んだ魔法は「蹴ってもびくともしない足場を作る」であり、立ち止まることが出来ない。
やがて、粉砕された船の破片の中央から巨大なそれが姿を見せた。
「ワニかな」
「ワニ?」
エリスはワニを見たことがないようだ……って、リョータもこっちに来てからワニを見たことはないし、よく考えたら前世でもワニを見たのはどこかの動物園。野生のワニを見たことは一度もないな。
「あのデカい口、びっしり生えた牙」
「うわあ……」
ワニとは言ったが、地球にいたワニとは比較にならない大きさと凶暴極まりない姿。さすが、魔物カテゴリでシーサーペントと呼ばれるだけのことはあるだろう。
「エリス、いける?」
「もう少し……」
「わかった」
靴を作ってから、空中を駆ける練習を何度もしてきているから、どのくらいの距離なら大丈夫か、エリスの判断に任せる。無理をしても全く意味は無いのだから。
「エリス、これを見て」
「ん?」
足場作成魔法陣を仕込んだ靴――なんか、かっこいい名前を考えたいが――を作るときに問題となったのは、魔法陣を組み込んだとして、エリスがちゃんと魔法を発動できるかどうかだった。
小学校で習う理科レベルの事を教え、実際に実験して見せた結果、火を点けたり水を出したりは出来るようになったことからもわかるが、エリスは頭がいい。
ただ単に、ド田舎のほぼ自給自足のような村で育ったために、知識を得る機会に恵まれなかっただけで、教えたことはきちんと理解するし、そこから応用することも出来る。だから、これから作る靴についてもきちんと説明をすれば、使いこなせるようになるはずだ。
地面を少し掘って、バラバラにほぐれた土を手の上に乗せる。指先でホジホジするとパラパラと崩れて落ちる。
「えーと……土?」
「そう、タダの土。これを固くしようとしたらどうすればいい?」
「んーと……こう、かな?」
程よくほぐれた土を手に乗せて、両手で包み込んでぎゅっと握りこむ。そして手を開くと、丸く固められた土。
「そう。それで正解」
「えーと……」
何の話だろう、と困惑顔のエリスにさらにたたみかける。
「もっと、ぎゅーっとやるとさらに固くなる。それはいいかな?」
「うん、いいよ」
「それじゃあ」
横に置いてあった木箱を目の前に。タダの木箱だが、内側に樹脂を塗って水が漏れないように加工された、普通に街の雑貨屋でも売っている箱だ。
「この箱の中には空気が入っている」
「えっと、うん、入ってるね」
この世界の住人も空気という概念はもちろん知っているが、常に意識している人はいない。ま、地球でもそうだけど。
「ここに蓋をする」
箱の内側のサイズぴったりに加工した木の蓋を箱にはめる。
「そして上からぎゅっと押し込むと、どうなると思う?」
「どうなるって……一番下まで入るでしょ?」
そう、この世界の住人の多くがそういう認識。つまり、空気というのは何も無い、と言うのが一般的な認識。
「では……ぎゅーっと」
蓋をぐいっと押し込んでいく。ホンの少しだが隙間があってシューッと空気の抜けるような音がするが、半分ほどで蓋がそれ以上動かなくなった。
空気の抜ける音は続いているのでじっくり待てば、底まで行けそうだがそれはそれ。
「これ以上はちょっと無理かな」
「え?何で?!」
エリスが慌てたように箱の中に手を伸ばし、上からグイグイと押し込む。が、シューッと空気の抜ける音がするだけで、なかなか蓋は進まない。
「え?え?」
実験する前はストン、と底まで行けるつもりだったのでかなり戸惑っているようなのでさらに追撃。内側に樹脂を塗って防水加工した革袋を取り出す。
パッパッと振って中に空気を入れて口を手で塞ぎ、ぎゅっと絞ると風船のようにふくらんだ状態になる。
「エリス、こっちもほら……これ以上は縮まない」
「あう……ホントだ」
土や砂のような粉末も、水のような液体も、空気のような気体も、ぎゅっと圧縮するとある程度のところで固くなる。それは時に数トンの重さでさえも支えてしまえるほどの頑強さを持つ。
それを理解してもらった上で、靴に仕込んだ魔法陣のイメージを伝える。瞬間的に足下の空気をぎゅっと圧縮し、足場として使えるように固めるイメージ。ただし、固めてもすぐにその効果は切れてしまうが。
トンットンッとリズミカルに魔法を発動させつつ地面を蹴る。
タイミングがずれると、圧縮された空気が解放される勢いで飛ばされてしまうが、タイミングがしっかり合えば、鋼鉄よりも硬く、しなやかな足場になる。
ま、応用すると空中でも足場が作れるというのは誤算だったけど。




