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メイド ナーシャの日常  作者: うぃん
第一章 黒い髪のメイド
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剣と微笑と、メイドの一日(1)

アルピン家のお屋敷は、街の中心から少し外れた丘のふもとに佇んでいます。


初めてこの屋敷を訪れたとき、その広さと荘厳さに思わず息を呑んだものです。でも、メイド仲間のリリィに言わせれば「他の君主様のお屋敷に比べたら、ずいぶん質素よ」とのこと。確かに、煌びやかさよりも実用性を重んじた造りかもしれません。


この屋敷が普通の貴族の邸宅と違う点は、敷地の一角にある剣術訓練場の存在です。


円形の石造りで、階段状の見学席まで備えたその訓練場は、まるで王都のコロッセウムを小さくしたような造り。しかも、貴族だけでなく平民の訓練生も受け入れているのです。


初代アルピン家当主が、平民から剣一本で爵位を得たという逸話に由来し、「剣の才に身分は関係ない」と、ケネス様から聞いたことがあります。


もちろん、マルカム様も幼い頃からこの訓練場で剣術を学ばれています。


「ナーシャ、今日は剣術の練習……休みたい」


その弱気な声に、私はもうメロメロです。普段は元気いっぱいのマルカム様が、こんなふうに甘えてくださるなんて……思わず抱きしめたくなってしまいます。


どうやら、王都リアーダから剣術指南役のギリク様が来ていることが原因のようです。


ギリク様は、剣術A級スキル保持者。王都でも十年に一人現れるかどうかという希少な存在で、各地の訓練場を巡っては、優秀な剣士を騎士団へスカウトしているそうです。


しかも、ケネス様のご友人ということで、マルカム様には特に厳しく稽古をつけてくださっていて……その厳しさが、マルカム様には少し苦手なようです。


「ほらマルカム、足が甘い! 実戦なら今ので命はなかったぞ。もう一度!」


ギリク様の声が訓練場に響き渡ります。


その指導は、八歳のマルカム様には少々厳しいようにも思えます。でも、それだけ期待されている証。マルカム様は、きっとその期待を超えて、立派な騎士になられることでしょう。


訓練を見守っていると、見学席がざわつき始めました。


「たのもう! 王都剣術指南ギリク殿と心得る! 我はルバ王国騎士ルーファス、手合わせ願いたい!」


若き騎士が、ギリク様に挑戦を申し込んだようです。


この街では、ギリク様が来訪されるたびに、こうした挑戦イベントが起こります。住民たちにとっては、ちょっとした娯楽のひとつ。


「ダルリア王国元騎士ギリクだ。歓迎する。ルールはどうする?」


「了解した。開始の合図は……そこのお嬢さん、お願いできるかな?」


えっ、私ですか!? 観客席からの声援に押され、断ることもできず、恐れ多くも訓練場へと降り立ちました。マルカム様も面白そうな顔でついてきてくださいます。


「ええと……ど、どうすれば?」


「このコインを上に投げてくれ。地面に落ちたら、開始の合図だ」


ギリク様からコインを受け取り、訓練場の端に立ち、両者を見据えて――静かに、コインを投げました。


 


 キィーーン……


 


石畳に響くコインの音が、訓練場の空気を一瞬で張り詰めさせた。


先に動いたのは、ルバ王国騎士・ルーファス様。木刀を握る手に迷いはなく、踏み込みと同時に鋭い一閃を放つ。


その剣筋は、まるで風を裂くような鋭さ。足運びは軽やかで、体幹はぶれず、連撃は流れる水のように滑らか。観客席からはどよめきが起こる。


「速い……!」


「美しい……!」


剣の一振りごとに歓声が上がる。若き騎士の技は、まさに芸術だった。


だが――


ギリク様は、剣を構えることすらしない。


その姿は、まるで風の流れに身を任せるような自然体。ルーファス様の剣が空を切るたび、ギリク様の姿はそこにはない。


一歩先を読むのではない。二手、三手先を見越しているかのような動き。


まるで、剣舞の振付を事前に知っていたかのような完璧な回避。


そして――


ギリク様がふと剣を構えた瞬間、空気が変わった。


 


 ヒュッ――!


 


風を切る音とともに、ルーファス様の木刀が弾き飛ばされ、私のすぐ脇をかすめて飛んでいった。


「キャアッ!」


思わず悲鳴をあげてしまった私に、観客席からも驚きの声が上がる。


ギリク様はすぐに駆け寄り、真剣な表情で頭を下げた。


「すまない。狙いが少し外れた」


マルカム様も心配そうに私を見つめている。


「ギリク様、大丈夫です。服も傷ひとつありません」


私は、精一杯の笑顔でそう答えた。

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