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哀しみの街角

今日、2回目の更新です!

 人生を振り返るには若すぎるし、過酷でシビアな経験もドラマチックな体験もしていない。語るべき言葉に安っぽさが表れたなら、それはナルシズムに浸って壮大に見せたがる過剰な自己満足による演出に過ぎないだけだろう。


 人並みの経験を告白した所で誰が興味を持って知りたがるのだろうか? という疑問が常に頭に浮かぶ。


 そこまで思い上がれる秘訣を逆に知りたいと思う。 嘘も交えた告白をして、一体どうしたいのだ? 


 誰しも傲慢にはなりたくないし、生きる実力が全然足りていないと悟ってもいるし、自分に自惚れて生きていたくはない。


 見る限り、奴は気恥ずかしさがないのだ。謙虚な姿勢が足りない。未熟な者が粋がった所で賢者には相手にされないと早い段階で気付いた方が良い。実力が伴った行動力があれば少しはマシな話だが。

 彼には実力も人を惹き付ける魅力もない。


 彼の人間性の本質を疑いたくもなるのは当然の事だと思う。僕は勘違いをしてまで、露出の意味を履き違えたくはないだけなんだ。


 世界を変えるほどの影響力がある人物の自伝出版ならば喜んで理解は出来るのだけど。自分は誠実だと簡単にアピールをして、内面をさらけ出すのは…、よした方がいい。


 「ふざけた野郎だよ」と中村銀次は深夜の11時50分に目覚めてからテレビに向かって文句を言い続けていた。テレビを見はじめてから、まだ、10分しか経過していなかった。 


 テレビのリモコンは半年前から壊れていたが、銀次は指を鳴らしてテレビを消したり付けたりして弄んでいた。


 川谷亮三郎はテレビ番組でしきりに自分の人生についてロマンチックに語り続けていた。川谷は自伝出版記念として午前0時から45分間の深夜番組に生出演をしていた。


 あれだけ世間を騒がした過去の罪をすっかり忘れてしまったかのように、涙ながらに夢中で喋り通していた。


 聞き手のインタビュアーの女性が困ったように辟易して、テーブルに置いてあるオレンジジュースを飲んでいた。

 (驚く事に、インタビュアーは生放送中に3回もお代わりをしたのだった)


 退屈しのぎに聞いているといった様子も窺えた。

 「プロフェッショナルとして、この仕事をやり遂げてみせる」という意志は感じられた。


 川谷亮三郎は、今ではすっかり落ちぶれた三流芸能人だった。


 8年前までは、映画やドラマの主演をする程の若手俳優で、アイドル的な人気を誇る活躍ぶりだったのだが、婦女暴行や薬物容疑で一気にスターダムから地獄の底に転落していった。


 川谷は2年前から少しずつテレビのバラエティー番組に出れるようになってきたのだが、どうも以前とは様子が違っていた。人相も雰囲気も変わり果て、服装も派手さを増していた。


 悪魔を崇拝する言動が目立ち始めたのも、この頃からだった。


 最初は面白可笑しくバラエティー番組で取り上げられて受けていたのだが、次第に不気味さと不吉な言動へと変化していき、共演者からも気味悪がられて、挙げ句の果てには、視聴者からテレビ局に何千件ものクレームが届く始末だった。


 川谷が頻繁に言っていたのは「異世界である魔法の国からの侵略や略奪、征服があるはずだよ。近いうちにね。フフッ。嬉しいね。悪魔を受け入れ和解せよ」


 「生きながら死を味わうんだ。悪魔にひれ伏せろ」


 「悪魔のために命を捧げてみろよ。楽になれるぜ」などと危うい言葉を口にするようになっていた。


 『これだけ違和感を感じていても、誰も周りで止める者がいないのが不思議でならない。芸能界は殺伐とした世界なのかもしれないな』と銀次は思い出しながらテレビを眺めていた。


 『臨時ニュースです。先程からお伝え致しておりますが、艷夢……』とアナウンサーが話した所で銀次はアクビをして涙を浮かべると、座っていた茶色のソファーから立ち上がり大きく背伸びをして、指を鳴らしてテレビを消した。


 銀次は机の上に置いてある財布に向けて手を差し出した。


  財布が浮かび上がると素早く銀次の手の中に飛んでいった。銀次は「ナイスボール! ストライク!」と言って口笛を吹いておどけた。


 「さて仕事、仕事」と銀次は呟くと革ジャンを羽織って財布を懐のポケットに入れた。


 銀次は玄関を出てエレベーターに乗り、マンションの地下の駐車場まで続く地下2階のボタンを押した。 エレベーターは音もなく静かで、重力による不快感も低減されている最新式のエレベーターだった。


 25階から一気に降りていくエレベーターは、思っていたよりも爽快だった。


 瞬間移動をすれば話は早いのだが、防犯カメラに自分の姿が映らないことが頻繁にあって、いつも留守だとは思われたくはないし、瞬間移動をした姿が映されるのも、逆にマズイ事になってしまう。


 ここでは良き住居人として振る舞わなければならない。


 銀次は良いマンションには住んでいたのだが、乗っている愛車は中古の水色のワーゲンで、既に10万キロも走りっぱなしのヨレ気味でオンボロな車だった。 1か月前に一目惚れで衝動的に買った車だった。


 銀次は開かないドアに向かって必死に謝っていた。


 「いつもごめんね。こんな遅くにね。仕事だから仕方がないんだよ。許しておくれよ」と銀次はワーゲンにペコペコ頭を下げながら話し掛けていた。ドアを叩いて開けるのが憚れる。


 ドアを叩きたくはない。車は女性と同じなのだ。紳士的に優しく扱わなければならない。


 「悪いけどもね、急ぎなんだよ。バーテンなんだ。お願いだから、開けてよ」と銀次はワーゲンの扉を少しだけ強めに引っ張った。


 ギシッ


とマズイ音が響き渡る。


「あっ、痛かったのかい!? ごめん、ごめんね」と銀次はドアを慌てて擦った。

 『魔法を使えば直ぐに開けれるのだが、魔法の加減があまり掴めないし、がさつな勢いで繊細なワーゲンをオジャンにはしたくはないよ。あくまでも、女性を扱うようにしないとね。紳士的に、紳士的に振る舞うべし』と銀次は心の中で落ち着かせるように語りかけていた。


 ガチャッ


「あー、開いた、開いた。良かったぁ!! どうもありがとうね」と銀次はワーゲンに頬を擦り寄せて御礼を言った。


 ワーゲンのエンジンは快調だった。銀次はバックミラーを直してから車を走らせた。


 『そろそろ乗り始めてから1か月が過ぎるのかぁ。愛車に名前を付けた方が良いなぁ』と銀次は考えながら夜の艷夢へと軽快に車を走らせた。


 ラジオを捻ると慌ただしくアナウンサーが速報の臨時ニュースを伝えていた。

 『先程から繰り返しお伝え致しておりますように、艷夢の…』と話した所で銀次はツマミを操作してラジオ番組を変えた。


 「今はね、音楽が聞きたいんだよねぇ〜。ロックはやっていないのかなっ?」と銀次は言いながらラジオを合わせていく。


 銀次はお目当てのラジオ局にヒットすると1人でニヤけた。

 銀次はストーンズの『悲しみのアンジー』に合わせて切ない声で歌い出した。


 『昔、付き合っていた彼女が、俺にこの曲の楽譜をプレゼントしてくれた事があったのを思い出したよ。懐かしいなぁ。良い女だったな。何で別れてしまったんだろう? 理由があったはずなのに…。いや、理由を思い出すのが怖くて拒否しているだけかもしれないな』と銀次は遠くに見えるテールランプを見つめながら思いに馳せていた。


 『それにしても、いつになく、車が進まないな。ここから艷夢まで車だと10分位のはずだろう? どうしたんだろうか? ずっと車が並んでいるよな』と銀次は窓を開けて顔を出しながら思った。


 銀次は艷夢に『Feeling』という名前のロックバーを持っていた。


 『Feeling』の営業時間は、午後6時から翌朝の8時まで営業をしていたが、お客様がいれば、午後1時近くまで開けていることも頻繁にあった。店は艷夢の駅前から、丁度、5分の所にあるジャックビル地下1階の場所にあった。


 客層は20代から60代と幅が広い。アナログレコードが3000枚もあるのだが、お客様の中にレコードをプレゼントしてくれる方もいるので、レコードは毎日増える一方だった。


 10周年の開店記念日まで、あと5日と迫っていたので、ここ最近の銀次は気合いが入っていた。


 今晩は店をスタッフに任せていた。


 銀次は休みなく働き詰めなので、連日の徹夜による疲労のために少し仮眠を取りに自宅に戻っていた。


 「進まんねぇ。どうしたんだろう?」と銀次は独り言を言って、腕時計を見てからラジオを消した。



 電話が鳴り響いた。



 銀次はスマホを確認してから話した。


『はい』


『あっ、銀次さん、お疲れ様です。ご苦労様です』


『おう、隆介。お疲れ様です。どうした? 店は大丈夫か?』


『銀次さん、大変なことになっているんですよ!』


『なんだ? どうした?』


『艷夢が、艷夢が……』


『あん!? 何だって?』


『街が、街が崩壊しているんですよ!』


『隆介、ふざけんなよ。寝ぼけてんのかい?』


『銀次さん、今すぐ艷夢に来れますか?』


『今、向かっている途中なんだわ。あとね、10分で行けるかどうかという感じなんだよ』


『早く来てください!!』


『電話で言えないのか?』


『言えません! 早く早く来てください!』


『隆介!! わかったから、少し落ち着いてくれよ』


『すみません…グスン…』


『おい、隆介、泣いているのか?』


『銀次さん早く来てくださいよ』


『おい、もしもし? もしもし?』


 電話は一方的に切れてしまった。

 銀次は動揺を抑えるために、持ってきた水筒に入れていたコーヒーを飲んだ。

 銀次はため息を吐いて、もう一度ラジオをつけてみると、恐るべきニュースを耳にしてしまった。





つづく


どうもありがとうございました!!また、宜しくお願い致します!


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