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必然的な偶然

艷夢(あでむ)市には色々な人たちが住んでいます。

 僕は瞬間移動で無人のビルから自宅に戻った。


 テレビを付けると倉庫での火事のニュースが流れていた。画面に燃え盛る倉庫の映像が流れていた。


 撮影現場の位置から撮られた映像なので、スタッフの誰かがメディアに情報を流したのだろう。


 僕は画面に映る映像から何かを読み取れないだろうか、と食い入るように見つめていたのだが、怪しい形や人影は見えなかった。


 僕は興奮冷めやらぬまま台所に行く。


 冷蔵庫に貼られたスケジュール表やアルバム『ラバーソウル』のジャケットのシールを指でなぞる。


 無人ビルの屋上で、あの金髪の男を取り逃がした事を後悔する自分がいた。 僕は『もっと有効な手段があったはずだ』と考えながら冷蔵庫にある冷やした炭酸水を飲んだ。


 僕は魔法の威力が増してきているのを感じていた。


 魔法の使い分けやコントロールや選択する能力に対して、かなり大きな自信を持ち始めていた。


 僕は『自分で制御出来る範囲の魔法だったから、あの金髪の男に対して決定的なダメージを与えきれなかったんだ。感情を抑えていた事も悔やんでいる』と今になって思っていた。


 踏み込んだ戦いをしなかったのは、自分の弱さからくるものかもしれない。


 踏ん切りが着かないで、相手に情けを掛けるのは同情からなのか、傷付けたくないという憐れみが生まれたからなのかは分からないでいた。 


 もし、自分が怒りや殺気だった気持ちだけに支配されていたならば、あの金髪の男を容赦なく打ちのめしたであろうとは思う。だがくたびれたように、憎しみに満ちた心を持ちたくはなかったし、嫌でも受け入れたくなかった。



 連日の映画撮影の緊張からくる不安感なのか、一連の得たいの知れない警告に似た不可解な出来事による胸騒ぎなのか、首根っこを捕まれてバタついた感覚になっているからなのか、動き出した世界の疑惑は、金髪の男の登場によって確信に変わっていった。

 何かが狂気めいた事が始まっているようだ。 僕は頭が冴えきっていたので寝れそうもなかった。



 翌朝。



 僕は起きたまま、午前5時にベッドから降りてカーテンを開けた。


 瞬き一杯のナーバスな街は目覚めたばかりで、影が青み懸かっていた。

 路傍に咲く小さな花が風に揺れて泣いていた。

 刹那的な赤い太陽が慟哭のアスファルトに「今すぐ引き返すんだ、戻るしかないのだ」と果敢に責め立てながら照りつけた。


 僕はめまいがするのを感じたので、頭を振ってから水でアスピリンを2錠ばかりを飲んだ。


 回る景色とボヤけた視界に最初に映ったのは、赤信号の交差点で、生き急いだ若き伝説の車が駆け抜けた幻影を見た気がした。


 いつだったか定かではないが、知り合いの俳優に連れられて、俳優の友人が働くというバーに行った時の事を思い出した。


 暗い店内の奥で、強いライトに照らされて壁に貼られているポスターに気付き近寄ってみた。


 ポスターは白黒の写真を大きく引き伸ばしたものだった。

 車体の低いシルバー色のスポーツカーが大破した写真が貼ってあった。


 僕は『趣味が悪いし、失礼な奴だ』とその店に嫌悪感を抱いて心を閉ざした。


 「安全への逃避から身を守るには、行動を起こすことで脱け出せるのさ」と俳優の友人Aは言っていた。


 「誰もが、いつまでも安定が続く事を願い、安泰を求めるが、そんなのはバカな話さ。生きている限り続くなんて有り得ないしナンセンスだよ。そんなものは幻想に過ぎない」とそいつは不吉なポスターを眺めながら言っていた。


 僕は彼の意見に賛同できる部分と出来ない部分があったのだが、口に出すことはしなかった。

 Aの話は、何か底の知れない時間が漂うばかりで、答えの出口が見えない迷宮をさ迷う感じになっていった。


 Aの話はどれも混乱していた。彼自身が混乱しているからだろう。

 どれも地を這い回るような後ろめたい話題ばかりの話を続けていた。


 Aは幸せな人間ではないようだった。不幸な話をすることで、自分を大きく見せたいという変わり種の人間だった。


 そういう歪な自己顕示欲の強い人間や自己憐憫ばかりに浸る人間、同情を誘う人間は、とてつもなく危険だ。


 僕は頭を振りながら、あの日見たポスターを忘れようとしていた。


 吐き気がして、気分が悪くなり、めまいが強くなってきたので、ベッドに倒れ込むように再び眠りに落ちていった。




――――――――――――



 僕は10時過ぎに目覚めると撮影現場に行く準備を始めた。


 携帯電話にマネージャーの川崎から連絡があって、午後14時に撮影が始まるとの事だった。

 山紙埠頭まで行くには、艶夢(あでむ)駅から電車で3つ離れた駅で降りてからタクシーで17分ほど移動した場所にあった。


 艷夢市は良い街だ。僕はこの街が気に入っていた。 エネルギッシュな街に居るだけで前向きな気持ちになれるからだ。


 僕はシャワーを浴びて、身支度を整えてから、紅茶を飲んで一息ついた。


 テレビでは昨日の倉庫での火事のニュースが流れていた。


 僕は財布をジーンズの後ろのポケットに入れてからジャケットを着ると俳優としてのスイッチが入った。 先日買ったばかりのチェッカーフラッグ柄をしたスリッポンを履くと気分が明るくなってきた。


 僕は「頑張ろう」と呟いてから部屋を出た。


 艷夢駅は休みもあって人で混雑していた。

 僕は駅の近くにある銀行にお金を下ろしたあと電車が来るまでの20分間をどう潰そうかと考えていた。

 文庫本を持ってくれば良かった。ベッドの横にある棚の上には読み掛けの本が3冊同時に置いてある。


 僕は駅のホームにある青色のベンチに座って、空を眺めながらセリフの暗唱をした。

 完璧に頭に入っている。本番ではアドリブでセリフを足すのも面白いかもしれない。アドリブで演技をする事こそ理想の場所へ辿り着くための第一歩だ。


 ジェームス・ディーンはリハーサルの時からアドリブを連発して相手を困らせたという話があった。


 ジミーは同じ演技をしないので、本番になった時、相手の俳優がどうやって対応したら良いのか大いに悩んでいたそうだ。ジミー、彼は本物の自由だった。

 演技という枠組みを自由に解放させた俳優は、紛れもなく、ジェームス・ディーンだ。


 僕は台本を読んでいると隣に座った女子高生に気付いた。女子高生は真剣な顔で物思いに耽っていた。


 多感な時期の女の子は複雑だ。万華鏡のように心が輝き出し、いくつもの愛が全身から溢れ出していく。

 女の子は美人で大人びた顔をしていた。歳は16、17といったところか。


 女の子は顔を上げると向かい側のホームを見て驚いた顔をした。

 女の子は唇を噛んで何かを呟いていた。

そのままベンチから立ち上がると後ろの方に移動していった。


 僕は向かいのホームを見た。野球帽を被ったコートを着た男が女の子と同じ方向に行き階段の方へと歩いていた。男は女の子を見たまま、ゆっくりとした足取りで階段を降りて行った。


 僕は時計を見た。あと7分くらいで電車が来る。気になる気持ちが膨れ上がれば行くしかない。僕は女の子の元へ行く事にした。


 女の子は1番ホームの先頭に並んでいて、誰かに電話を掛けていた。


 「絵莉、不審者につけられているの。どうしよう?怖いよ」と言う話し声が聞こえた。


 「えっ? 今から来てくれるって? 私、駅だよ。電車が来るのを待っているところだよ。来てくれたら助かるけどさ…。大丈夫なの? えーっ!? もう着いたの? どこ? どこ?」と女の子は辺りをキョロキョロしていた。


 「絵莉ちゃん。ここ、ここ」と女の子はスマホでしゃべり掛けながら小さく手を振って、左から走ってくる女の子に合図をした。


 「真梨、大丈夫?」と絵莉は心配そうな顔をしていた。僕は絵莉を見た。絵莉は美しい顔をしていた。年下にしては芯のある目をしていた。


 「絵莉、さっきさぁ、自宅にいるって言ってたじゃん。一体、どうやって来たのよ?」


 「実はさあ…」と絵莉は言った後、真梨の耳元に口を寄せて何かを言った。


 「えーっ、ウソ〜?」と真梨は口を大きく開けながら言った。奥歯に銀歯が2個あった。


 「ここで言っちゃダメ」と絵莉はウインクをした。


 「驚いたね。どんどん進化しているんだね」



 「まあね。ところで不審者はどこにいるの?」と絵莉は辺りを睨みながら言った。僕と目が合ってから足元を見ると、卸したばかりのスリッポンに気付き、歯を見せずに小さく微笑んでくれた。


 「前の方にいるの。ほら向かい側の、あれ? 消えたわ…。おかしい。さっきまで向かい側にいたのに」と真梨はホームを指差して言った。


 「特徴は?」


 「うんとね、野球の帽子を被っていてね、黒いコートを着た男だった。人相はよく覚えていない。怖かったから」

 「真梨、話の途中に、ごめん! コンタクトレンズがズレたわ。悪いけど手鏡はある? あったら貸してよ」と絵莉は左目だけを閉じて、左の口角を上げながら言った。



 「もお、こんな時にさ」と真梨は急いでバッグから手鏡を取り出して絵莉に渡した。


 「あん、嫌だ。瞼の奥に行っちゃった。取れん。スポイトみたいな吸い付くやつ持っていない?」


 「置いてきちゃった。あれは結構便利だよねえ」と真梨は感心して言った。


 「なんでこんな大変な時にさ、持っていないのよ。痛い。いずい。もう、腹立つ。取れんわ」と絵莉は苛立って言った。


 「あっ、絵莉、男だ。こっちのホームにいるわ。移動していたんだ。怖い」

と真梨は絵莉の背中に隠れていた。


 「コンタクトレンズ、戻ったわ!やったぜ」と絵莉は充血した左目を何度も瞬きしながらいった。


 「どこ? あいつか」と絵莉は男を見たまま真梨に確認をした。


 男は顔色を変えずに、こちらに向かってきた。絵莉と真梨は一瞬たじろぐ。


 男は絵莉と真梨の後ろに並んで無表情な目で前方を見ていた。


 僕は男の顔を見たが、顔色が悪くて栄養失調じゃないのかと思った。


   電車が着た。


 男は真梨を突き落とそうとして背中を強く押した。絵莉は驚いて男に体当りをしたのだが、男の踏ん張りは思いの外強く、少しも動かなかった。

 絵莉は魔法で、男の体を後ろにある飲料水の自動販売機まで投げ飛ばした。


 男は吹っ飛んで頭を強打し意識を失っていた。


 運悪く突き落とされてしまった真梨は、体を線路に横たえて呻いていた。


 「う〜、痛いよ」


 「真梨!!」


 電車があと3メートルまで迫ってきた。他の乗客たちが、皆一斉に電車を停車させようと緊急停止のボタンを押したり、駅員を呼びに行ったり、電話で連絡をしたりと必死になって助けようとしていた。顔を背ける者もいた。



 僕は息を吐きながら周りの様子を見て、電車にぶつかる寸前の真梨を素早く電車内に瞬間移動をさせた。 よし大丈夫だ。これですべて上手くいった。一か八かの賭けをしたのだった。


 真梨は横たわったまま電車の中の椅子にいた。


 皆は驚いて、信じられないというばかりの顔をしていた。我が目を疑うかのように電車に駆け寄り、窓に顔を寄せて真梨の様子を深刻に見ていた。ざわめきが増えていく。


 僕はさりげなく自動販売機に行くと、気を失っている不審者を警察に運ぶ必要があるために、警察署内まで不審者を全裸で瞬間移動をさせることにした。


 絵莉は僕を見た後に、電車の扉が開くのと同時に飛び乗ると、泣きながら真梨に謝っていた。





つづく

ありがとうございました♪また、更新出来るように頑張ります!

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