戦いの序曲
戦いが始まろうとしている。
「一体、な、なんだ!? どうしたんだ!?」と沢田監督が叫びながら燃え盛る倉庫を唖然として口を開けて見ていた。
「下がれ、下がれ」と沢田監督が周りのスタッフに怒鳴り声を撒き散らせて言った後、全スタッフがスマホで救急車、消防署や警察署に連絡をした。カメラマンがカメラと倉庫の火事を交互に見ながら撮影しようか躊躇していた。
撮影中の映画はアメリカン・ニューシネマ時代の雰囲気を思わせる、色気が漂う時代の張りのある硬質な色が欲しくて、35mmフィルムで撮ることが出来るカメラをようやく見つけての撮影だった。
誰が見ても高価で貴重なカメラとフィルムを無駄に消耗させたくない気持ちの方が断然大きい。
カメラマンは火事の様子をスマホで撮影することにした。
目の前の海が穏やかで静か過ぎるのが、プレッシャーのように感じてしまい、不安を掻き立てていた。
波に滲む月も火事を見物をしているように見える。
目の前には火を消せる無限の海水があるのに、狂暴に荒れ狂う炎の勢いに、倉庫は一瞬にして煙に包まれ燃え尽きようとしていた。
倉庫に近づける範囲まで行くスタッフも中にはいたのだが、風が倉庫から撮影現場の方向に流れているために、咳き込みながらすぐに引き返して戻ってきた。
喉や目に沁みるような痛みを感じる。
煙いために喘息で呼吸が出来ずに息苦しくなるような感じになり、喘ぎながら酸素を吸うので、皆、ハンカチやタオルで目や口を押さえていた。
救急車が3台と、4台の消防車と3台のパトカーがランプを回してサイレンを鳴らし橋を越えて、倉庫に向かってくるのが見えた。
スタッフたちは爆発した直後からスマホで火事の様子を撮影していた。
「凄い燃え方だ。セットと違い怖い。倉庫に人がいたら大変なことになるよな」
「こんな夜更けにいるわけないでしょ」と慎二の後ろにいたスタッフ数名の話し声が聞こえてきた。
闇夜に浮かぶ赤い炎が唸りながら燃えたぎる光景は壮絶で、完全な自然の猛威を見せ付けていた。
四方八方に狂気に弾ける火の苛立ちは、自我を求めて吐き出す無垢な混じり気のない欲望に思えた。
二面性を兼ねた炎のエネルギーは、燃え尽きて消えるのが正しい在り方とでも言うかのように、自滅に導く悪意そのものであった。
自然の世界と人間の生きる世界は戦いと対立を繰り返していく。人間の生きる営みを阻む自然が憎い。
自然の猛威と人間は『意思の疎通が出来ない心理戦のような状態』が、人間が生きている限りは永遠に続いていくのだ。
倉庫は自然発火によるのか、放火によるものかは、今の段階では判断できないと誰もが思っていた。
――――――――――――
燃える倉庫を見ていた僕はトランス状態の一歩手前で踏み留まっていた。
【あの倉庫には誰かがいた】と僕は感じていた。
閃光が目の前に断続的に瞬く。僕は目を細めてこめかみを手で押さえていた。
自分の経験から、もたらすフラッシュバックにしてはいささか勝手が違う気がしていた。
僕の目の前に現れた映像は明白な事実だと感じる。 具体的に、実際に僕が見えている感覚やビジョンとは、体を縮めながら小さな席に座って映画館のシネマスコープのスクリーンのように鮮やかに見えていた。
一方的な情報を与えられているので結末を的確に判断するには、まだ心の準備が出来ていない。
僕は躊躇いながらも、感じるままに、目の前と、心に浮かんだ映像に意識を集中した。
複数の男がいる…
女の叫び声…
大男は女に襲い掛かる…
立ちはだかる男…
人数は不明だが、倉庫でワルツでも踊るかのような華麗に争いを繰り広げている映像が繰り返し頭に浮かんできた。
髪の長い男の顔が薄暗いためか霞んで見えていた。
大男は肌が異様に白い。蝋燭のような滑りをした白さだった。
両足が移動している。歩くのではなく、飛び出すような勢いで見えていた。
景色が歪んで見えるのは殴られて頭が揺れているからなのか?雷鳴に似た音が倉庫に響き渡るのは一体何故なのか?
『意識を閉じなければ』と思った僕は周りを避けながら長居は出来ないがロケバスに戻ると、奥の席に座り再び目を閉じて倉庫の中の様子を詳しく分析しようと考えた。
倉庫から10メートル近くの場所で、一瞬、女性が倒れているのが見えた。
女性は息をしていた。気を失っているようだ。
『救急車は女性の存在に気付くのか?』と慎二は心配な気持ちになっていた。
僕が不思議な能力に目覚めてからというもの、苛立ちを隠せずにいた。
幼い頃に同じ様な経験をした時には、遊び半分の単純で気軽な気持だった。いや、楽しんでいたというのが正直なところだった。
子供の頃は、大半の人に共通するが親の愛情の元で過ごす時間がほとんどなので、身の回りの限られた狭い世界が人生のすべてだ。
そんな中では自分を通して世界を知るしかない。自分の、この強くて不思議な力は『誰もが持つ、ありふれた能力の一部に過ぎない』と考えて暮らしていた。
子供の頃は異様な能力のために怯えた気持ちが常にあったので、友達の前では能力を一切封印していた。
歳を重ねるうちに、能力は薄れていき消え去ってしまったとものだと長い間、思っていたのに。
大事な時期に長い眠りから目覚めた能力を、僕は怒りを込めて完全にもて余していた。
運命が(運命を信じて良いのか難しいところだが)ジャン・ジェイラヴを引き寄せたのは、まさに、運命という言葉が相応しいと言わざる終えない。
『この能力が世間に知れたら、見世物にされて苦しい人生を生きることになってしまう』と僕は思って自分を責めていた。
【自分のためにある能力ではない】という心の声に耳を傾けた時に、ようやく僕は落ち着きを取り戻し始めた。
毎晩眠りにつく直前に聞こえてくる心の声を、最初は認めたくなくて『夢だろう』とやり過ごしていた。
貧しい若手俳優が住む、薄汚れた部屋の豆電気の灯りを1つにして、横たわると声の力が強まった。
僕は『自分のためにある能力ではない』を客観視する事で、頑なだった意志は消え去った。
『心の解放をしなければ自分を傷つける事になるだろう』と考えると、もっと気持ちが楽になった。
今ならジャン・ジェイラヴの話にも素直に耳を傾けられるはずだ。
倉庫に消防車、救急車、パトカーが到着すると手際よく隊員達は自分の仕事に着いた。
炎は瞬く間に消火していった。最新機能の放水ホースはレーザービーム並みの勢いがあった。
警察官2人が撮影現場に来ると沢田監督や助監督、スタッフやメンバーが歩み寄って、スマホの動画を使って詳しい経緯を説明していた。
今日の撮影分は大幅に遅れていた。辺りは煙いためにフィルムのカメラでは映せない部分も出るのは明白だった。僕はロケバスから降りて、山本文香さんの傍に行った。コンタクトレンズは見付かったようだが目が充血していた。
「大変な事になったね」と僕はハンカチで口を押さえて倉庫を見ている文香に言った。
「本当だね。撮影は延期するとスタッフ達が言い回っていたよ」と聞き取りにくい言葉で文香は言った。
スタッフやアシスタントが手を叩いて1ヶ所に集めると、150人が沢田監督を取り囲むようにして円陣を組んだ。
「皆、聞いてくれ。撮影は明日の昼過ぎに再開する事になった。午後14時頃に山紙埠頭、この現場に入ってくれ。今日はこれで終わりだ。帰宅して良いぞ。消防や警察の現場検証も明日の朝早くからするとのことだ。分かったね」と沢田監督が皆を集めて言った。
「分かりました」とそれぞれに言うと、皆はロケバスやトレーラー、自家用車に乗って戻っていった。
僕はのらりくらりとしながら倉庫の側に向かった。女性は救急車に乗せられたが息をしていないようだ。
女性はビジョンに映る女性と同一人物だった。倉庫の中に、まだ他に遺体がある可能性も考えてみたが、この場にいるとすぐにその考えは消えた。
僕は灯りの無い隣の無人のビルを見上げた。屋上に人影が見えた。すぐに男の姿だと分かった。屋上に行くには階段だと時間が掛かる。僕は人目のつかない無人ビルの陰に行くと、瞬間移動をして屋上に上った。
地面に着地すると足音で僕の存在がバレてしまうので、1メートルほど、空中で静止した状態で男の背後から10メートル程後ろにいた。
男は踝まである黒いコートを羽織り、ポケットに両手を入れて倉庫の消火活動を見ていた。肩まである金色の髪の毛が、地毛か染めたものかは分からなかったが、どうやら血で染まっているようだ。
僕は静かに男の背後に近付いた。男は気配を感じて振り向いた。青白い顔をした男は驚いた顔をした。
「貴様は何者だ?どうしてここが分かった?」と男は僕の顔を探るように見て言った。
男は頬に付いたばかりの深い傷跡があって、左目が大きく腫れていた。
「そっくりその言葉を返しますよ」と僕は男に近づきながら言った。
「貴様も空を飛べるとなると、レインとジュリアの仲間だな?奴等は一体、何処だ?」と男は言ってポケットから手を出すとストレッチをし出した。
「レイン?ジュリア?そんな名前の奴に知り合いはいないよ。まったく聞き覚えがない」と僕は肩を回しながら言った。
「聞かなかったことにしてくれ」と男は言って僕に歩いて向かってきた。
僕は地面に降りると男に歩み寄った。
「失敗したよ。奴等は本当に大したものだ。俺を怪我までさせて、無事に逃げ出せたんだからな」と男は頬の傷に触れると顔をしかめて唾を吐いた。
「話が分からない。貴様こそ何者なんだ?こんな場所で見物をするのは、だいたい悪者と決まっているんだ。倉庫の側に倒れていた女は誰なんだ?」と僕は救急車のサイレントが遠退いていくのを聞きながら不審な男に言った。
「女?あれは女じゃないよ。女の姿に変えさせられたんだ。深入りしない方が身のためだよ。いや、貴様は、もう引き返せないか」と男が言うと左手から緑色の波動を出した。
僕は両手を前に出してバリアを張ると緑色の波動は弾けて消えた。
その隙に男は至近距離に迫り僕の顔を殴ってきた。
間一髪、頭を下げてパンチを交わすと、僕は男の腕を右腕を取って背負い投げをした。仰向けで地面に倒れ込んだ男は姿を消すと僕の背後に回り込み背中を蹴った。
前に吹っ飛んだ僕は、空中に浮かび上がる事でスピードを抑えた。
僕は男の目の前に瞬間移動をすると男の顔に肘うちを食らわせた。
男は頭を揺らしながら地面に膝まづく。
男は左手を僕に向けると緑色の波動が3つも飛んできたので、僕はそれを上回る大きな青い波動を作り男に投げた。
緑色の3つの波動は僕の出した波動に吸収されて、勢いよく男に迫っていく。
男は両手で堪えながらも何とか僕の波動を防いだ。
男は僕の目の前に瞬間移動をすると、僕の鳩尾を左手で殴った。
僕は息が苦しくなって咳き込んだ。吐きたい。僕は恐怖を払い除けるために、男に無我夢中で闇雲にヘッドバッドをした。
男はよろめいて後ろに吹っ飛ぶと薄ら笑いを浮かべて姿を消した。
僕は無の境地にいた。考えるより先に行動に移してていた。
自然に体が動く不思議さは奇々怪々に思えたが、僕はある種の使命を与えられたんだと納得もしていた。
なぜ僕は急激に強くいられたのか?
それは小学1年生から瞑想とマーシャルアーツをやっていたことが非常に大きいと思う。
自分の不思議な能力と瞑想とマーシャルアーツを組み合わせることで、今、新たな自分が生まれた。
俳優とは完全に役になりきること。演じることで別の人生を生きられる。強い自分になりきるのだと言い聞かせて戦っていた。
僕は物怖じしない向こう見ずな性格でもあった。
東洋の神秘と西洋の明敏さは異世界に引けをとらない偉大な強さと優しさがあるのだ。
僕は暗闇に消えた男の姿を睨んでいた。
つづく
ありがとうございました♪




