名探偵シヴァ・一撃王
序
ニアーツの中で過ごす二日の旅は中々に快適だった。……車内で売られる駅弁が何の特徴も変哲もない、ただのサンドイッチの詰め合わせだったり、備え付けの毛布が薄すぎて空調の効いた車内だとちょっと寒かったり、そもそも布団が硬くて寝心地最悪だったことを除けば……うん、まあ、快適だったんじゃないだろうか。タダで貰った切符なので文句を言うのも筋違いだろうけど。
ともあれ、お昼前には定刻通り、ラウブ町を囲む防壁(一〇メートル)の上にある、ラウブ駅に着いた。
降りるのはシヴァを含めても数人程度。この数がラウブ町の知名度と人気の程度ということなのだろう。
これぞ田舎の駅というにふさわしい閑散とした構内から、城壁内側の壁に沿う屋根付きの階段を下りていけば、そこはもう町の中だ。
夏の日差しがシヴァの視界から数舜、色を奪う。目を細めて色が戻るのを待てば――……うん、田舎だ。
駅前だというのに、見える範囲にお店というお店がない。レンガで舗装された、道幅の広い通りの向こうに並んでいるのは恐らく住宅で。土地が余っているのだろう、一軒一軒の敷地が広い。
瓦葺の三角屋根を乗せたレンガ造りの家。壁の角が直角ではなく丸みを帯びているのが特徴的で、恐らくこの地方独特の建築様式なのだろう。屋根の色は鮮やかなオレンジ色が多いが、中には赤や青、緑に塗られたものも散見できた。
そんな家々が並んでいるも、お店が全く見当たらない。看板もない。
もしかしたらこの中に看板を出していないだけの店があるかもしれないが、初見で見抜くのは難しい。
食堂なりカフェなどがあれば、寄って冷房の魔道具で冷えた店内で涼をとりながらお酒を一杯……なんて考えていたのだが。
(当てが外れたなあ)
と天を仰ぐ。……見上げた空はディンクの街よりも広く、より鮮やかに見えた。
空がこんなに広く感じるのは、高い建物がないせいだろう。どこまでも落ちていくような深い青に始まり、地平線に向かうにつれて淡いパステル調に色を落としていく青空。そこにぷかぷかと浮かぶ入道雲に千切れ雲。漫然と目を泳がせれば何羽かの鳥が自由気ままに飛んでいて、緩慢に耳を澄ませれば遠く鳥のさえずりに通りに反響する犬の声、街路樹を舞台に蝉の大合唱。……うん、中々にいい景色だ。
(ギラギラの太陽がなければ、だけど)
夏は任せろ俺の出番だとばかりに張り切る太陽のせいで、うなぎのぼりの気温の中で突っ立っての町並み鑑賞はキツイ。さっさと馬車でも拾って冒険者ギルドへ移動するのが吉だろう。
今シヴァが立っているのは駅前のロータリー。
ディンクならば客待ちの馬車が何台も停まってたり、路面ニアーツ停留所があったりするんだが――
「特に何もないな……マジか」
つい口から漏れ出てしまった。ディンク以外の町や村にも何度か依頼関係で赴くことがあったので、田舎だと珍しくもない光景だったが、最近は遠出すること自体がなかったせいもあり、不満染みた独り言が出てきた。
この暑い中を冒険者ギルドまで歩くのか……マジか。初めて訪れた不慣れな町で冒険者ギルドを捜して炎天下の下歩く……罰ゲームかな?
そういえば他にも下車した人が何人かいたけど、その人たちはどうするんだ? とシヴァが辺りを見渡せば――
(お? あそこに停まってるのって馬車じゃないのか!?)
シヴァが立っているところから離れた所――ロータリーの端で木陰に停まっている一台の馬車を見つけたシヴァ。ラッキー♪と思った瞬間、ゾクリときた。複数の殺気。
すばやく周りに視線を走らせれば――複数の男。数は、四。誰もが目を血走せ、額や顎から汗を流していた。言うまでない。彼らはシヴァと同じくニアーツを降りた者たちで、彼らが見ているのも、シヴァと同じく――あの馬車だ。
誰もこの炎天下の中を歩きたくない。馬車があれば乗りたい。しかしてあの馬車は大勢の客をのせられるほど大きくはない。乗れるのは精々二人までとシヴァは見た。知り合いなら相乗りしても良いが、そこそこ熱がこもる馬車で知らない人との相席は遠慮したい。これが相手が見目麗しい女性ならむしろウェルカムだが、おっさんと熱がこもる車内で一緒……中々にハードコアだ。
見れば誰もがシヴァと同じ考えのようで。五人の男たちの視線が合う。視線が同じことを語る。
――あれは俺が乗るんだ! お前らは引っ込んでろ!
無言で立ち尽くし、だらだらと大量の汗を流すむさ苦しい男たちの姿をこれ以上見たくなかったのか、太陽が雲にその姿を隠す。
それが合図となった。
一斉に走り出す男たち。トップに立ったのは以外にもシヴァではなく、すらりとした長身、しかして針金のような筋肉を持つ青年。スタートダッシュに成功した青年は勝ったと確信した。が――後ろから「ぬうぅぅうん!」と野太い声が急速に近づいてきた次の瞬間には、「へぶら!?」青年は後頭部に強い衝撃を受け、そのまま空中で一回転したのち、地面に墜落。
地面に這いつくばりながら見たのは、大型バックパックを背負った小太りの商人(中年)の姿。この男が青年をラリアットで後ろから吹き飛ばしたのだと、青年は悟った。馬鹿な、アイツは最後尾にいたはず!? というかあの体形でどうやって追いついた!?
「いつから商人が『ダッシュ』のスキルを使えないと勘違いしていた? 小僧」
シヴァが持つEFⅩⅥ仕様の『ダッシュ』程の性能はないものの、この世界にも『ダッシュ』のスキルは存在する。しかして、これを修得するのは殆どが戦闘職に就く人間ばかり。まさか商人が持っているとは――悔しがる青年を横目に商人は走る……が、遅い。体形が文字通り足を引っ張っている。
その横を細身で中年の、これまた別の商人が軽々と追い抜く。歯ぎしりする小太り商人だが、あいにく彼の持つ魔力量は『ダッシュ』スキルを一回使えるのが限界で、連続使用はできない。移動速度を著しく低下させるこの脂肪が憎いといってももう遅い。たっぷり脂肪がついたので痩せていたあの頃にはもう戻れません。
などとラノベのタイトルのような煽りを入れているトップの痩せ商人へと他の者がタックル。もつれ合って地面をスライディング。もはや泥仕合。
それでも諦めない四人。……そう、四人だ。シヴァを除く四人だけが争っている。
ではシヴァはどこに?
争っていた男たちも一人いないことに遅まきに気づき――まさか!と一斉に馬車を見やる。
居た。眠りこけていた馭者に声をかけて起こしているのは、まさしくシヴァだった。
馬鹿な。どうやって。馬車まで一〇〇メートルは離れているんだぞ!? 目を引ん剝く男たち。
理由は簡単。シヴァは『ステップ』系スキルの最上位『縮地』を使ったのだ。このスキルは、大凡五〇〇メートル以内の距離であれば、瞬間移動じみた速度で移動できる。
シヴァは他の四人が走り出した瞬間に『縮地』を発動。一秒と経たずに馬車へとたどり着いたのだった。
そんな上位スキルをこんなアホみたいな場面で使ったと知らない男たちは、争うのをやめて驚愕しながらシヴァを見ていると。視線に気づいたのか、シヴァが男たちの方を見て――ニヤリ。見せつけるようにゆっくりと。そして優雅に馬車に乗り込み、ロータリーを後にした。
その後、馬車に乗り損ね、体力だけをいたずらに消耗した四人の男たちの叫び声が、炎天下のロータリーに木霊したとかしないとか。
1
馬車に揺られること数分後、シヴァは『冒険者ギルド:ラウブ町支部』へとたどり着いた。
ディンクのレンガ造りと違って木造建ての二階。薄汚れた壁に傷だらけの木製扉。建付けの悪そうな窓。どれも予算がなくて直していないというよりも、直してもどうせすぐに壊されるから、どうしようもなくなるまで放置しているといった感じ。だけどそれが却って、らしくなっている。正にアウトローたちの巣窟って感じだ。……う~ん、木造ってのもイイネ!とはシヴァの談。
実はディンク以外の冒険者ギルドに寄るのはこれが初めてだったりするので、中はどうなっているのかなーと、内心ワクワクしながら開けっ放しとなっている扉をくぐった。
結果から言えば、間取りはそれほどディンクの冒険者ギルドと変わりばえはなかった。
受付カウンターに、買取所、玄関ロビー横にあるギルド備え付けのバー。
違いはこっちの規模が、どれも小さいくらい。
たむろしている冒険者の数も少ないように思えたが、それほど大きくもない町。依頼もそう多くはないだろうし、それに見合った人数ともいえる。……都市と田舎町を比べても仕方ないが。
驚いたのは、この街のギルドに籍を置く冒険者の中にはシヴァを知っている者が少なからずいたということ。どうやらディンクの街に来た時に、シヴァが格ゲー仕様で絡んできた冒険者をK.Oしているところを見たことがあるようだ。
一時期、見た目強そうに見えないシヴァに絡んでくる冒険者が多く、それを全て格ゲー仕様で返り討ちにしていたので、当時街を訪れていた余所の冒険者が話を持ち帰って広めたせいもあり、ディンクの街周辺ではそこそこ名が知られるようになっているシヴァ。
であれば、話しかけてくる冒険者もいるわけで。
「よう、都の一撃王じゃないか! こんな田舎まで誰をぶちのめしに来たんだ?」
「その呼び名はやめてくれ、マジで。あとぶちのめしにも来てないから。仕事……じゃないけど、ここに来たのはその一環だよ」
ギルド併設のバーで飲んでいたらしい、初対面の冒険者パーティーからの問いに渋面で返すシヴァ。
一撃王というのはシヴァの呼び名だ。絡んできた冒険者を毎回ほぼ一撃で伸していたので、一部の者がそう呼び始めたのだが、シヴァ本人は然程気に入っていない。彼の厨二レベルは低いので普通に恥ずかしいのだ。
「ガハハ、すまんすまん! あとでコレを奢るから許してくれ!」
くいっとグラスを煽る真似をする冒険者。コレというのは勿論ビールだ。
「超許す。多分すぐに終わるだろうから、ついでにこれで適当にツマミも頼んどいてくれ。あ、何頼んでもいいけど肉の角切り焼きだけは絶対外すなよ?」
そう言いながら、話しかけてきた名も知らぬ冒険者に向かって金貨を数枚放るシヴァ。受け取った冒険者はそれを見て口笛を一つ。どう考えても多すぎる。それはつまり、ここにいる全員に好きに注文していいと言ってるようなもので。それを正確に読み取った同じテーブルについていた仲間も、それ以外の冒険者も喝采を上げた。
――ヒュー! さすが都の冒険者様、気前がいーいじゃないの!――いよっ、一撃王! 太っ腹ァ!――おーいっ、角焼き大盛りとステーキ適当に持って来い! ジャガチーズコーン蒸しバターも人数分追加だ! サラダ? 葉っぱなんぞゴブリンにでも食わせとけ!――ああ? 金だぁ? これを見てから言え! 金貨様のお通りだヒャッハー!
「おいだから一撃王って呼ぶな。あとジャガチーズコーン蒸しってなんだよそれ絶対美味しいヤバいヤツじゃん、俺のも頼んどいてくれよ――って聞いてる?」
騒ぎまわる冒険者どもに文句と一緒に追加の注文を言うも、すでに耳に届いていないようだ。くそぅ、美味しそうに飲みやがってと歯噛みするシヴァは、速攻で受け取りを済ませて自分も飲んで食べてやると意気込み、受付へと向かった。
2
それから数分後、魔石の受け取りは無事に終了。ちゃんと話は通っていたようで、最初から最後まで実にスムーズだった。
シヴァは自分の手にある豪華な装飾を施された、宝石箱を彷彿とさせる箱に目を落とす。これに大山椒魚から取れた、Aランクの魔石が入っているのだ。
先程、受付の人と一緒に中を確認したが、インベントリに収める前にもう一度見てみることに。
人目を気にして、蓋を少しばかり開けて中を見る。絹のクッションに鎮座するのは、虹色の光沢を放つ拳大もある大きな魔石。わずかな隙間から入り込む光を浴びて輝くその姿に、シヴァはにんまり。
(これでようやく魔石仕掛けの置物が作れる!)
長年――といっても数ヵ月だが――の夢が叶うとあって顔がにやけてしまう。が! 今はそれよりも――――飲みたい! だから俺は行く! 酔っ払いどもの巣窟へ!!
「オラア! 奢られにきたぞコノヤロー! 俺のキンキンに冷えたビールと角焼きはどこだー!! あとジャガチーズコーン蒸しとやらも寄こせー!」
「おお来たな! オラ! 約束の奢りのビールだ有難く飲め! あと金貨ありがとーよ! ゴチになるぜ!!」
最初に話しかけてきた冒険者が言うと、他の冒険者も口々に「ゴチになりゃーーす!!」と言ってくるのを右から左に流しながら、待ちきれないとばかりに冷えたグラスに手を伸ばして一気に――あおる!
ごきゅごきゅと喉を鳴らして流し込めば、炭酸が食堂を刺激して……何とも言えない爽快感!
「くぅ~~~―――ぅうううッッ、あっつい時に飲む昼のビールが凶悪にウマい! ヤッバい!! もう一杯!!!!」
あとはもう、飲めや歌えや食えやのどんちゃん騒ぎ。
ファイブ・フィンガー・フィレット(広げた指の間をナイフでトントンする遊び※危険なので、やるときはストローでやると安心)を二又のフォークでやった冒険者が、ぶっすり指を刺してのたうち回るのを見て爆笑し、酔っ払いの音程の怪しい歌のリズムに頭を揺らす――ふりをして、テーブルの間を歩くウェイトレスの揺れる巨乳を、真顔で目と頭で追いかける酔っ払いどもに呆れながら、しれっとその観賞会に加わり、一通り眺めたあとで巨乳の良さを同志たちと楽しく語っていたら横からディスってきた貧乳派の野郎どもと戦争になりかけたり。
ともかく騒ぎとおした。アルコールが美味い! 食事も美味い! 酔っ払いの歌は微妙だよし俺が美声を聞かせてやる!ぼえ~~~♪
そんな感じで騒ぎとおしたら――
気づいたら朝だった。……あれぇ?
周りを見れば、まだ騒いでいる者もいるけど、大半は酔いつぶれたり眠気に負けてテーブルや床に転がって眠っているという、中々の惨状。
周りの様子を見回して把握したシヴァは、頭をポリポリ。流石に羽目を外しすぎたとちょっと反省。
考えてみたらまだ宿も取っていない。魔石を受け取ったら観光して、次の日には帰るつもりだったのに。
まさか町に着いた初日から酒盛りで終わるとはたまげたなぁ。と自分にビックリ。
(まあ楽しかったからいっか)
泊るところも今から探せばいいし、観光も宿で少し休んだ後で今日すればいい。仕事も取っていないんだから、急いで帰らないといけない訳じゃない。……うん、のんびり行こう。
そう結論付けたシヴァは、近くで空き皿などを片付けていたウェイトレスに宿の場所を教えてもらい、まだ起きている数名の冒険者に声をかけてギルドを後にした。
「……今日もあっついんだが。太陽さんちょっと軽めに死んでくれないかなぁ」
そうぼやきながら。




