名探偵シヴァ・相変わらず異世界の駅は広い
序
シヴァが冒険者ギルドの副所長であるマルクスと、D-32ダンジョンの未払い報酬の『高ランクの魔石』の話し合いから、三日後の早朝。
EFⅩⅥの青を基調とした全身鎧を身にまとうシヴァはリリィと一緒に家を出て、表通りを少し歩いたところにある十字路で立ち止まった。
「それじゃあ行ってくるよリリィ。ごめんだけど、留守の間は家のこと頼む」
「はい♪ シヴァさんが留守の間は、しっかり私が管理していますね♪」
合鍵を持つ私にお任せあれ♪ とニコリ笑顔の上機嫌で答える、ギルド屈指の美人受付嬢。
シヴァが何らかの依頼の報酬を受け取りに別の町へと赴くというのは、三日前に副所長から直接教えられていたリリィ。
シヴァがどういった依頼を受け、どういった報酬を受け取るのかまでは流石に教えられていないが、シヴァがその報酬を受け取るのに必要な書類と、受け取り場所の町までの切符をマルクスから受け取り、シヴァが受付に来た時に説明するように言われていた。
そしてそれらを渡したのが一昨日。
書類と切符を受け取ったシヴァはというと、その場で小躍りしそうなほどに喜んでいた。
それを思い出したリリィはくすりと笑う。
「どうしたリリィ、突然笑ったりなんかして。……あ、もしかして俺、どっか変なとこある?」
「いえいえ、気にしないで下さい。単なる思い出し笑いですから。あと、どこも変なところないですよー。シヴァさんは今日もばっちりです!」
シヴァの全身を眺めてから太鼓判を押してくれるリリィに、ホッと安堵の息を漏らしながらシヴァは会話を続ける。
「思い出し笑いか……いやそれも気になるけど、気にするなというなら気にしないでおこう。……めっちゃ気になるけど」
「はい、めっちゃ気にしないで下さいね♪ えっと、確かシヴァさんがこれから向かうのは『ラウブ町』――でしたっけ?」
「ん? ああ、そうだよ。ディンクから東に、十駅ほど向こうの田舎町って話だったか」
「そうでしたそうでした。お土産、期待してますね♡」
「了ー解。それじゃ、そろそろ行くよ」
「行ってらっしゃいです」
そう言って満面の笑みで両手を出してくるリリィ。その両手の間はシヴァが入れそうなくらいには開いていて。つまりはハグしろ。乙女に言わせんなよ恥ずかしい(*ノωノ)な恋する乙女です。
というか笑顔の圧がすごい。ヘイッカモン!って感じだ。
シヴァは苦笑しながらリリィの腕の間を通って彼女を抱きしめる。リリィもシヴァの背中に回した手をぎゅっ。
「えへへ♪」
恋人同士でもない男女が朝っぱらから往来でイチャコラ。ちょうど二人のそばを通った男性社会人の、嫉妬と怨念に塗れた視線をシヴァ一人で独占する抱擁は、リリィが満足するまで続いたのだった。
1
なんやかんやあってディンク駅構内。
商業都市ディンクが誇る、高さ二○メートル以上、厚さ一〇〇メートルを超す防壁。その内部を一周するようにこさえられた、六階建てに相当する多層構造の巨大駅。
構内を歩くだけで都市を囲む防壁をぐるりと一周できるというのだから、その巨大さと広大さがわかるだろう。まあ、実際に歩いて一周しようとすれば数日はかかるだろうが。
なので基本的には、都市の東西南北で駅を分割するような形となっており(もちろん構内は繋がっている)、四方それぞれの方位を冠した中央改札口があり、その隙間を埋めるように他の改札口が無数にある(例えば西中央南口1など)。話によるとその数は千を超えるとか。
ここディンク駅を通過するニアーツ(モノレールのような乗り物)の数も膨大だ。その数なんと一日に三〇〇〇本以上。
その為、駅が多層構造なのを利用して、ニアーツが停まる箇所も複数の階層に分かれている。多い階層では一〇のホームがあり、少ないところでも四つ。
余談だが、駅があまりにも広大なため、全ホームの数も膨大で、振り分けられた番号だけだと分かりづらいだろうという事で、四方の改札口+○○方面線+番号で管理・表示されているのだが……どの道、路線が膨大なので一見さんお断りな状態になっている。駅を管理する市政も改善策を日々模索、頭を悩ませているが、ぶっちゃけ匙を投げているのが現状であるようだ。
であれば、一日の利用客も膨大で、四○万人を優に超える。
目当ての乗る路線によっては、階層を何度も昇り降りを繰り返し、その度に複雑な通路を直進と右折左折をしなければならない程に広大で。なので毎日百人単位の迷子が生れては、泣きつかれた駅員が優しく案内するとかしないとか。
もちろん通路のあちらこちらに案内板はあるし、なんなら床にも何本もの導線が引かれてはいるものの、ぶっちゃけ慣れていなければ暗号かな? ってレベルだ。
かくいうシヴァも、慣れるまでは結構な頻度で道に迷った。時には勘で脱出し、時には道行く人に訊ね、時には駅員に助けてもらい、果てには同じ迷子になった人とパーティーを組んで、この広大なダンジョンの攻略に挑んだものだ。
シヴァは目の前で駅員に案内されていく、名も知らぬ迷子の旅人を眺めながら、かつての自分を回想しつつ腕を組み――アンタもこうやって迷子を繰り返して、この駅にちょっとずつ馴染んでいくのさ――と、後方ベテラン面でうんうん頷く。
頷きながら、別の駅員を捕まえて声をかける。
「あのぉすみません、この切符に書かれているニアーツに乗りたいんですけど……」
この男、後方ベテラン面しながら自分も迷子になっていた。
「ちょっと見せてもらえますか? ……ああ、はいはい、行先はラウブ町ですか――東部方面ですね。あー、ここの通路からだとちょっと遠いですねぇ……東部線のある四階中央東口3を上ってですね、そこから直進した先にある階段を上って七番ホームの案内が出てるところで下りてもらって、そこから北通路E-2を……あ~――っと、ちょっと遠いですし、路順もわかりづらいですので、宜しければ案内しましょうか?」
路順を説明していた駅員だったが、シヴァの表情が(´・ω・`)みたいになっていたのを見て、これは理解していないと読み取ったらしく案内を申し出てくれた。
「あ、はい、お願いします。ほんと、すみません」
「いえいえ気にしないで下さい。お客様に快適なご利用を提供することが、自分たちの仕事ですので」
輝く笑顔、白い歯をキラリと光らせながら、懇切丁寧に案内してくれる駅員。好き。
駅員の後ろをひな鳥のようについていくシヴァ。
駅にもすっかり慣れたなーと思ってベテラン面してたらこのザマだよ。でも仕方ない。東部方面にはまだ一度も行ったことがないのだ。だから仕方ない。仕方ないったら仕方ない。
ちなみに乗車はギリギリ間に合った。というか駅員が間に合うように急いでくれた。駅員が有能すぎる。好き。
ちなみにちなみに、路順は無事覚えきれませんでしたとさ。
2
これからシヴァが向かうのは、商業都市ディンクから東に一〇〇キロほど離れたところにある田舎の町、ラウブ町だ。
とりたてて目立った産業や特産品はなく、かといって廃れているというわけでもない、どこにでもある地方の田舎町――らしい。
リリィから簡単な説明しか受けていないのでそのくらいの情報しかないのだが、リリィとしてもそれ以上の説明のしようがない。そのくらい田舎ということなのだろう。
(まあそれならそれで、観光気分で見て回るかぁ)
自分の足で見て回れば、聞いただけでは分からないその町の魅力も見つけることができるかもしれないし。
魔石を受け取るだけじゃつまらない。もちろん早く魔石仕掛けの置物を作りたいが、それはいつでも出来る。だけどこれから向かうラウブ町は、恐らくそう何度も足を運ぶとは思えない。下手したら二度と行かないかもしれない。
であれば。
せっかくの機会なんだし、ぶらり観光してみるのもいいんじゃない?
そんな気分になってきたシヴァ。今回は依頼の仕事じゃないんだし、せっかく遠くまで足を延ばすんだから、ついでに羽を伸ばすのもいい。
(うん、悪くない。悪くないな。ぃようっし、魔石の他にも楽しみがでーきーたぞぃっと)
鼻歌交じりに車窓から外を眺める。地上から一〇メートルほど上を走るニアーツからの景色は遠くまで一望できて、中々に楽しめる。
ディンクを出発して既に四時間。シヴァの目に映る景色には、早くも人工物が少なくなってきている。この分だと、その内シヴァが目にするのは人の手が入っていない広大な自然のみとなるのも、そんなに時間も掛からないだろう。
ラウブ町までは、このニアーツ一本で行ける。途中で乗り換えはない。
しかもなんとこのニアーツ、寝室付きなのだ。というか、今シヴァがいる場所は個室。寝るときは今シヴァが座っている座席の反対側の壁に固定されている簡易ベッドを使うようだ。枕と毛布も完備されているはありがたい。
なので、到着するまで下車する必要がない。寝室付きの切符を用意してくれた副所長には、グッジョブと言わざるを得ない。
さて、電車(ニアーツは電車ではないけど)の旅の楽しみといえば――やはり駅弁だろう。
ここバニイップにも駅弁は存在する。しかも日本では絶滅寸前の車内販売だ。これは楽しみ。というわけで、シヴァは駅弁を手に入れるべく、部屋を出ていくのだった。
「すみませーん、弁当一つくださーい」




