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第30話 ダンジョン・序

 応接室から出たシヴァとベアトリーチェ。二人はロビーへと続く廊下を歩きながら、ダンジョンの準備を話し合っていた。


「今すぐ行くのは構わないけど、最低限の準備や買い物はするんでしょう?」


 ベアトリーチェの指摘はもっともだ。何せ今の二人は着の身着のままなのだから。


「ふむ……その前に少し聞くが、ダンジョンに必要なのは武具以外で言えば、明かり、薬、食料に水くらいで良いのか?」


 シヴァの問いにベアトリーチェは「そうね」と答えると、シヴァは頷いて「なら買い物の必要はないし、準備の必要もないな」と返した。


「……どういうこと?」


「こういうことさ」


 シヴァはインベントリから適当に魔石灯(ライト)や水筒を取り出して見せた。突如現れたそれらを見て、ベアトリーチェが目を丸くする。

 何の魔法かと尋ねられたシヴァは「収納魔法と呼んでいる」と答えた。


「収納魔法……何ともビックリ魔法ね」


「よく言われるよ。ともかく、数か月分の食料はあるからこのまま向かっても大丈夫というわけだ。納得してもらえたか?」


「ええ、それはもう。……それにしても便利な魔法。食料が豊富にあるのは良いけど、ソレ、腐ったりしないわけ?」


「問題ない。ほれ」シヴァは魔石灯などを片付け、かわりに取り出した包みを渡した。「ちなみにそいつは一月ほど前に買ったフライドチキンだ」というシヴァからの情報を聞きながら、受け取ったチキンが熱いことに驚くベアトリーチェ。これではまるで、できたてじゃないかと。事実、シヴァはできたてのものを収納していた。


「試しに食べてみても? ……ありがと。それじゃ、一口頂くわね。……これは何ともまあ」


 チキンに齧(かぶ)り付き、腐っていないことを確かめた魔女は「本当に便利な魔法」と呆れたようにシヴァを見た。


「やっぱりこの魔法も教えてもらえないのかしら?」


 その質問にシヴァは少し頭を悩ませた。

 教えても構わないのだが、ただその方法がないだけである。収納魔法と説明したが、インベントリはゲームの機能であって魔法ではないのだから。

 だからといって見せたことに後悔はないが、あまり突っぱねてだけいても良い関係は築けないだろう。これから一緒にダンジョンに潜る仲だ。できるだけ関係は良好でありたい。もちろん、美人と仲良くなりたいという下心もあったが。


(こういう時は適当な設定をでっちあげきれれば良いのだがなあ)


 例えばWeb小説やラノベとかにでてくるアイテム袋のような設定を。

 かといって上手く説明できる自信もない。

 なにせシヴァはまだそういった物を読み始めて一月か二月そこらで、友人のオタルほどの知識はないのだ。


(――ってそうだよ、オタルに聞けばいいじゃないか! 中二病のアイツなら適当に設定を考えてくれるだろ)


 自分のアイデアに胸の中でパチンと指を鳴らすシヴァ。

 ならば善は急げと、すぐさま脳内コントローラーのセレクトボタンからメニューを呼び出して『ゲームの終了』を選択し、地球へと戻った。

 地球に戻っている間、異世界の時間は止まったままなのはこういう場合に重宝する。



   ○



 戻って来たシヴァはすぐさまオタルへと電話をかけた。


『――あ? ラノベとかに出てくるアイテム袋の設定を考えてくれだと? 何だ、Web小説でも書く気になったのか?』


「それは秘密だ。で、どうだ」


 怪訝な声のオタルに、シヴァは適当にはぐらかした。


『まあいいさ。で、アイテム袋だったな。ラノベなどを参考にしても良いのなら、やはり時空魔法を使っているというのがセオリーだろうな。袋の内側に時空魔法をかけ、時間を停止、もしくは遅延することによって袋に入れた物質の劣化を防ぎ、同時に袋内の空間そのものを拡張する。その時空魔法を固定化するために、袋の外側には結界を張る。ってところだな』


「……なるほど、参考になった。ああそうだ、ついでにダンジョンのことなんだが」


 よくもまあこうポンポンと出てくるもんだと感心しつつ、シヴァはダンジョンについても相談する事にした。


『今度はダンジョンか。で、どんな設定のダンジョンを考えれば良い』


「いや、設定とかじゃなくてだな。もしお前がダンジョンに行くとしたら、休憩する時に何を使う?」


 そう、休憩である。

 ゲームであればいくらダンジョンに篭もろうと疲れることがないので休憩を取る必要はないが、現実ではそうもいくまい。動けば当然疲れる。疲れれば必然と休憩が必要となり、魔物が跋扈する場で無防備に休んでいれば、襲われるのは確実。

 EFⅩⅥにはコテージと言うセーブアイテムがあり、コテージを張れば敵に襲われることもないのだが、あれは基本的にフィールドで使うものであってダンジョンで使うものではない。というか使えない。

 であれば何かしら対策を講じる必要があるだろう。

 だからこその相談である。


『う~む……その質問の答えはダンジョンの種類にもよるな』


「種類?」


『うむ。大まかに分ければ、そのダンジョンが生きているかそうでないかだ。で、お前が考えたダンジョンとやらはどっちだ』


「生きてるほうだが……違いが出るのか?」


『無論だ。近年では生きているダンジョンはモンスターが自動で生成される傾向にあるからな。一概に言えるわけではないが、なんであんな所に多くのモンスターが繁殖しているかの言い訳の一種と言うわけだ。極論だが、ダンジョンが生きているか否かでモンスターが有限か無限かに分かれる。無限であれば、そんな場所で腰を下ろしてゆっくりと休めるはずもあるまい?』


 ごもっとも。


『で、生きているダンジョンならばだ。次に気になるのはモンスターのポップ場所だな。固定かそうでないか、だ』


 それでどっちだ? と訊ねられ、そういやどっちだろう? と首を傾げるシヴァ。とりあえず一旦向こうへ戻り、ベアトリーチェに聞いていることに。



   ○



「――いきなり話が変わるんだがベアトリーチェ。今から行くダンジョン、魔物はどこから生み出されるんだ?」


「本当にいきなりね。まあいいわ、魔物は各階に数箇所ある『産道』と呼ばれる所から産み落とされるの。例外はないわ」



   ○



「――という設定だ」


『なるほど、ポップ場所は固定か。壁などから産まれないのであれば、俺だったら――』


 オタルの語ったアイデアは、シヴァを感心させるものであった。


「はぁー、そうきたか……本当によくポンポンと思いつくな」


『それがオタクってもんだ』


 電話の向こうから返ってきたオタルの声は、どこか誇らしげだった。

 しかしなるほど。オタルのアイデアであれば、確かに魔物の目を誤魔化して安全に休めそうで。

 そしてそれは面白そうだとほくそえむシヴァ。


「ありがとう、参考になったよ」


 明るい声で返す。

 オタルと話しているうちに段々と行くのが楽しみなってきたシヴァであった。


『別に構わんが。本当にどうしたんだ? こんなことを聞いて』


「これからダンジョンに行くから、その準備さ」


 友人からの問いにシヴァはそう言って電話を切った。

 一方、オタルはというと、


「ダンジョンに行く? ……酔っ払ってんのか、アイツは?」


 通話の切れたスマホを見ながら首をかしげていたのだった。

 ともあれ、友人に若干心配されつつも、シヴァは一つのソフトをPZ5にイメージ化して収納し、再び異世界へと戻った。



   ○



「――さて、と。ベアトリーチェ、さっきの話だが」


「ダンジョンの魔物が産まれる産道のこと?」


「いや、そっちじゃない。収納魔法のことだ」


「ああ、そっち。だけど教えてくれないのでしょう?」


「そのままではな。だけど簡単な原理だけは教える。かなり限定的な使い方になるだろうが」


 どうだ? と訊ねるシヴァに、ベアトリーチェは目を丸くした。さきほど彼女はシヴァが教えないという事に頬を膨らませたが、本来オリジナル魔法はそう易々と他人に洩らさないというのが普通のことである。しかも見せてもらった収納魔法という破格な性能の魔法とあれば仕方ない。

 であるにも関わらず、シヴァは限定的といえども教えてくれるという。


「えっと、本当に?」


「ああ、教える。だが実現可能かはそっちで判断してくれ」


 その言葉を自分への挑戦状と受け取ったのか、四百年以上の知識を受け継ぐ当代の『ディンクの女主人』たるベアトリーチェは不敵な笑みを浮かべ、睨みつけるようにシヴァを見た。


「もちろん構わないわ」


「分かった。それじゃあ口答で悪いが説明するぞ――」


 それから数分後。


「――というわけだ」


「なるほど、時空魔法を応用してたのね」


 シヴァから説明(中身は適当だが)を受けた途端、ベアトリーチェの表情は知識を探求する魔女のそれになった。恐らく自分に実現可能かどうか思考しているのだろう。が、今は困る。


「ベアトリーチェ、悪いが考えるのはダンジョンから帰ってからにしてくれ」


 シヴァの声に我にかえった彼女は「ああ、そういえばそうだったわね」と思い出したように頷いた。


「それじゃあ、私の研究のためにもさっさと行ってさっさと帰ってきましょう、シヴァ」


「そうだな」


 彼女のあまりにもあまりな物言いに苦笑をもらすシヴァ。

 長い廊下もそろそろ終わる。証拠に、行く先からは冒険者達の賑やかな声が聞こえてくる。


「私はそろそろ姿を消すわ」言って、ベアトリーチェは『インビジブル』の魔法を唱え、姿を消した。シヴァには視えたままなので問題はないが。


 姿が認識できるからといって、ベアトリーチェに話しかけるわけにもいかない。傍から見ればただの独り言になるからだ。

 彼女のほうもシヴァに話しかけるわけにもいかない。声までは消せないからだ。

 なので自然と無言になる二人。

 世の中には気にならない静寂というのもあるが、それはよほど気心がしれた仲でないと成立しないものである。

 もちろん二人はまだそんな間柄ではない。よって、


(き、気まずい!)


 二人の間に鎮座する空気を重々しく感じながら、ダンジョンへと向けて出発するシヴァであった。


 というわけで、今回の話はダンジョンです。

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