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     ディンクの女主人・中



   1



「よく求めに応じてくれた。感謝する、シヴァ殿」


 椅子から立ちあがり、鷹揚に手を広げ感謝を告げる副所長の言葉に我にかえったシヴァは女性から目をきり、副所長へと向き直った。

 一瞬、畏まった物言いにしようとも思ったが、ここは冒険者らしく乱暴な口調でも構うまいと思い直す。


「いや、ちょうど手が空いていたからな。えっと――」


「ああ、そういえば君とはこれが初対面だったね。僕の名はマルクス。マルクス・エンテだ。ここの副所長をしている」


 右手を差し出し、握手を求めるマルクスに応じるシヴァ。彼は向かいのソファーに座るように言った。


「立ち話もなんだしね。君も他の冒険者同様、この暑さにウンザリして今日は休みなのだろう? 実は私もそうでね。ならば、用件は手短に済ませたほうが互いの為というものだ。君もそう思うだろう?」


 イタズラっぽくウィンクしてみせる副所長。シヴァの乱暴な言葉遣いにも眉を顰めることもない。このマルクスという男、意外と茶目っ気があり、話が分かるようだ。仕事一辺倒ではなくこの柔軟、だからこそ副所長という地位に就けたのかもしれない。

 こういう人間は嫌いではない。勧められたソファーに腰を下ろしながら、シヴァの中でマルクスの好感度が上がった。

 次の台詞がなければ。


「レッスン1(ワン)、『時間は金なり』さ。分かるかい?」


 下ろし掛けたシヴァの腰が、ピタリと止まった。

 分かるはずもないが、とりあえず頷くことに。


「はあ……」


「エクセレンッ!」


「……」


 最後の格言めいたものは一体なんだったのだろうか。彼なりのジョークだったのか? 理解できずにマルクスを見やるも、彼はなぜかドヤ顔を浮かべていた。本当に意味が分からない。ただ分かったのは、何となくこのマルクスという男、アクが強そうだ。

 そう思いながら止まっていた腰を下ろし、ようやくソファーに座るシヴァ。隣には人一人分のスペースを空けて、件の女性が居り、相変わらずシヴァをジッと見つけ続けている。

 この女性の正体も気になる。てっきり今の流れで女性の紹介もあると思ったのだが……。


(マルクスの秘書? いや、違うか)


 シヴァは即座に自分の考えを否定した。もし仮に秘書であるならば、ギルドの制服を身に着けていなければならないし、そもこちらのソファーではなく彼の隣か後ろに控えていなければおかしい。


(憶測を立てるよりも聞いた方が早いな)


 シヴァがマルクスに女性の事を訊ねようと口を開きかけたが、


「さて、君を呼び出した用件なのだが――」


 タイミング悪くマルクスが話し始めてしまった。

 ――……ま、いいか。彼女が今回の用件とやらに絡んでいるのなら、そのうち紹介があるだろう。

 期を逃したシヴァは口を閉ざした。


「君のこれまでの依頼状況を見るに、まだ一度もダンジョンに潜っていないようだね?」


「……ダンジョン?」


「そう、ダンジョン。ここから少し北にある『D-32ダンジョン』のことだ。君も知っているだろう?」


「……ええっと?」


「む。その様子だと知らなかったのかい? っと、そういえば君は元々自由民《フリーマン》で、この国に来て日が浅かったのだったな。であれば知らなくても当然ではあるか」


 ふむりと一人で納得するマルクス。

 ちなみに自由民とは、国を持たず放浪している人のことを指す。こちらの世界の戸籍を持たないシヴァは、そういう経歴になっていた。


「では、簡単にダンジョンのことを教えよう。いいかい? ダンジョンと言うのは――」


 マルクスの説明が始まった。



   2



 ダンジョン――。世界各地に存在が確認されている、生(・)き(・)た(・)地下迷宮のことである。

 そこには多種多様な魔物が棲んでおり、なおかつ最下層には主(ぬし)と呼ばれる魔物の王がいるという。

 約二千年前、最古のダンジョン――通称『始まりの迷宮』が灼熱の国ウルで発見されて以降、世界各地でダンジョンが発見されてきた。その数、実に五十八。

 通商連合国ブリタイにも三つのダンジョンが存在し、その内の一つがここ、商業都市ディンクの近くにある。それが『D-32ダンジョン』である。ちなみにD-32というのは、三十二番目に発見されたダンジョンの略称である。

 ダンジョンが『生きた地下迷宮』と言われるのには理由があった。

 迷宮に生息する魔物たちはダンジョンによって産み落とされるからであり、どんなに駆除しても各階層は常に一定の数の魔物を確保する。また、壁などは破壊してもしばらくすると元に戻ってしまうので、ダンジョンの物理破壊は無理だと言われている。

 さらに、ダンジョンは訪れた者たちを魔物を通して喰らい、『成長』すると言われている。

 獲物を食らうだけ、ダンジョンは階層を増やしていくのだ。

 しかも、階層を伸ばせば伸ばすだけ、ダンジョンは強力な魔物を産み落とすようになる。

 であれば、放っておけば良いのでは? という話になりそうだが、そうもいかない理由があった。ダンジョンは一定期間誰も訪れないと、自身が内包する魔物を外へと放つようになり、迷宮外での『食事』を始めてしまうからだ。

 放たれたダンジョン産の魔物は近場の町や村を襲う。過去、ダンジョンから放たれた魔物によって壊滅した町や村の数は決して少なくない。

 だからこそ、国やギルドは定期的に軍隊や騎士団、冒険者を派遣し、魔物を間引いてきた。

 また、ダンジョンの最下層に座を構える主を倒せば、ダンジョンの成長が止まることや、間引かずに放って置いても魔物が外に溢れ出ないことも分かっている。

 とはいえ、ダンジョンを攻略することは至難の業。その理由は、階層の深さがそのまま魔物や主の強さに比例するからだ。

 現在までに攻略されたダンジョンがたったの五つしかないことからも、攻略の難しさが窺える。

 しかもその五つも最下層は二〇そこらと比較的浅い上に攻略のために動員した人員は五千を超え、失った命は三分の二に昇る。そして、現在残っているダンジョンの多くは三十階層を越えるものばかり。これらを攻略するにはどれほどの人命と予算が掛かるか、検討もつかない。

 だからといって、放っておくわけにもいかない。放っておけば人類の存亡にも関わる。

 全ダンジョンの攻略は人類の悲願でもあるのだ。



   3



「――とまあ、説明はこんなところか。どうだい、分かったかい?」


「ああ。一応は理解できたつもりだ」


「それは良かった」


 マルクスは満足そうに頷くも、すぐに真面目な表情になり、シヴァに苦言を呈した。


「だがね、この国に来て日が浅いとはいえ、すでに数ヶ月はいるんだろう? だったらその間に『D-32ダンジョン』のことを調べる機会はいくらでもあったはずだ。ダンジョンのことは広く公開されているんだからね。違うかい?」


「それに関しては……いや、面目ない」


 一瞬、そもそもダンジョンがあるなどと知らなかったわけなのだから調べようも無かった。などと考えたが、どう聞いてもいい訳にしかならないだろうと思い、シヴァは素直に謝罪した。


「素直なことは結構なことだ。レッスン、2(トゥー)、『情報は金なり』だよ。理解できたかい?」


「……ああ。以後は心に留めておこう」


「Good(グゥッドゥ)! 向上心のある若者は好きだよ」


 妙に発音が良いのがイラッと来るが、堪える。


「それはどうも。それでつまり、俺にもそのD-32ダンジョンに潜れと。そういうことだな?」


「まさにその通り。君の実績は見させて貰った。初依頼で八十を越える魔物を狩るばかりか、それ以降も依頼を受けるたびに大量の魔物をついでに狩っているそうだね。雌ゴブリンを難なく撃破などなど。うむ、実に有望であるな!」


 結構結構。とシヴァを褒め称えたあと、言葉を続けるマルクス。


「だからこそ、君には早い段階でここのダンジョンに慣れてもらいたい。魔物の間引きは大切な仕事だからね」


「そういうことなら。で、それは俺一人で行けば良いのか? それとも――」


 シヴァは一旦言葉を切り、隣でずっと自分を見ている謎の女性を見やりながら、マルクスに尋ねる。


「こちらの女性も一緒に行くのか?」


 今の話から察するに、この女性はお目付け役か、それとも単なる助っ人なのだろう。そう思っての質問だったのだが――


「はて? 女性?」


「…………」


 マルクスは間抜けな声を漏らしながら、シヴァの質問が分からないとばかりに眉を顰め。

 当の女性はここで初めて驚いたように目を見開いた。


「ここには君と僕しかいないが?」


 マルクスはシヴァが見つめる先を見て、そう言った。


「……は?」


 そう間抜けな声を漏らしたのは、今度はシヴァであった。

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