第21話 リリィ包囲網・下
近くの露天で異世界版紅茶であるアエットを買い(ノメールは付いてなかった)、公園へ移動。
お昼ともなれば中天にまで昇った太陽の光は暖かく、まさに春の陽気。木陰に入るのも勿体ないので芝生の上に腰を下ろし、リリィ謹製の弁当を広げると。
中に納められていたのは、四角いサンドイッチが四切れに、一口大に作られたハンバーグが二個。それにポテトサラダと女性らしいラインナップ。
ちなみにサンドイッチみたいな料理はチャウドナス、ハンバーグはグルブマ、ポテトサラダはタトポダラスというようだ。タトポがポテトでダラスがサラダである。ややこしい。
ともあれ、どの料理もシヴァが知る料理と味も見た目も一緒であり、非常に美味しかった。リリィの腕が良いのは勿論、女性の手作りというので一段と美味しく感じるのだろう。男は女性の手作り弁当に弱いのだ。
だが、男性のシヴァからすると、量が物足りなく感じてしまうのも確か。腹半分といったところである。
「ご免なさい、少なかったですよね」
それを察したリリィが申し訳なさそうに言う。が、これも彼女の計算の内。ここで男性に合わせた量の弁当など作ってきたら、初めから計画していたことがバレる上に、一応友人と食べる予定だったということになっているのだから変に勘ぐられてしまう。そうならないよう、女友達と来る予定だったと予め言っておき、それを裏付けさせるよう、あえて二つとも女性に合わせた弁当なのだ。この女、計画犯である。
「いや、ご相伴に与っただけでもあり難いさ。女性の手作り料理なんて数年ぶりだからな」
そう、シヴァには過去に恋人がいたのだ。ちなみに童貞でもない。異世界に来て最初に立ち寄った村で知り合ったリズと熱い一夜を共にした時に捨てたわけではないのだ。
今の発言から、シヴァが現在フリーである確証を得たリリィだが、同時にシヴァが妙に女慣れしていることにも納得がいった。
かくいうリリィも男性と付き合った経験は二人ほどあったりするが。今から六年前、彼女が十四の時であった。とはいえ、シヴァと違いれっきとした生娘である。どころか、唇すら許していない。許したのは愛称で呼ぶことと手を繋いだことくらいだ。ちなみにどちらも一年と続かなかったり。別れた理由は単純に性格が合わなかったから。
(あの頃は恋に恋してたからなあ)
と過去の恋愛を回想するリリィ。彼氏彼女という関係に憧れていた頃に告白され、ろくに考えずに返事をした。が、付き合ってすぐに相手に幻滅してしまった。こちらの話を聞いてくれず、自分ばかり話し、束縛する。だから別れた。その内の一人には、振られた腹いせに顔を殴られもしたが、今となっては良い思いで……なわけがない。今でも思い出すだけで腹がムカムカする。だがあれが切っ掛けで、目が覚めたのだ。
恋人にする相手は慎重に選ぼうと。付き合う男性がそのまま結婚相手だと。
そして巡り合ったのが、目の前にシヴァである。
この世界において結婚適齢期は十六から二十五歳。リリィは現在二十歳。身も心もノリにノッた女盛り。顔にもプロポーションにも自信はある。
(現に朝、シヴァさんは私の胸に見惚れてたじゃない。イケルわ私!)
と、自分に発破をかけたと同時に、その時のことを思い出してつい羞恥に頬を染めるリリィ。
「ん? 顔が赤いようだけどどうかしたか?」
一人で顔を染めるリリィを心配し、シヴァが声をかける。その声で我に返ったリリィはビックリするが、目の前にある青年の顔は本当に心配しているようで、
(あっ……)
不覚にも、とくんと胸が高鳴った。
(やっぱりこの人、いいなあ)
強いのに気遣いができて優しくて、私の話をきちんと聞いてくれる。相手を尊重してくれる。
だから――
(このチャンス、絶対逃さないんだから!)
ギラリと眼を光らせるリリィ。またも正体不明の悪寒を背中に感じるシヴァ。
こうして二人の時間は過ぎていった。
四月七日、朝――冒険者ギルド内受付にて。
「おはようリリィ。昨日の件なんだけど」
「おはようございますシヴァ様。賃貸物件のことですね?」
シヴァさんではなくシヴァ様。やはりオンオフがしっかりしているなと感心するシヴァ。
「とりあえず一年借りることにする。家賃は全額前払いできるかい?」
「もちろんです」というリリィに、プリペイド機能がついたギルドカードを渡して一年分の家賃である6,000Gの支払いを済ませた。無事に契約が完了したあと「こちらが鍵となります。失くさないよう気をつけてください」と二本の鍵を渡された。一本はどうやらスペアのようだ。とりあえず二本ともアイテム欄に放りこむ。
「今日は何かご依頼を受けますか?」
「いや、このあと『夢の園』という店にちょっと用事があってな。今日まではお休みだな」
「夢の園……たしか魔道具屋でしたか(あそこは確か一人身の初老の方が店主だったはず。女の人は居ないよねから大丈夫だよね、うん)。そういうことでしたら、またのお越しをお待ちしております」
「うん? ああ、また明日」
途中、小声で聞こえにくい部分があったが、あえて気にしないシヴァ。気にしてはいけないような気がしたのだ。
「――というわけで店主、魔石仕掛けの置物に付けられる機能の相談なのだが」
場所は冒険者ギルドから変わって魔道具屋『夢の園』。
「もうお金を貯められたのですか」
カウンター越しにシヴァと向き合うこの初老の男性が店の主であるが、先ほどシヴァからお金が貯まったと聞いて驚いていた。なにせ青年がお金がないと言ったのはつい一昨日のことである。初め犯罪を疑ったが、ギルドカードを提示されては信用するしかない。
ともあれ、気を取り直した店主は、
「シヴァ様がお求めになっているのは生活用スタチューですが、その機能と一口に言っても様々なモノがございます。例えば時刻を知らせてくれる、目覚まし、火の番などが定番ですし、他にも野菜や肉を切ってくれるなどの調理の補助、会話相手になってくれるなど少々変わったモノもあります」
店主の説明にふむふむと頷くシヴァだが、意外にも調理の補助や会話相手になってくれるという機能に惹かれているようだ。一人が寂しい主婦か。
「言ってしまえば、お金をかければ大抵のことは機能として組み込めますよ?」
「今言った機能を全て詰め込むことも?」
「可能ですね」
マジか。
「ただし、搭載する魔石は上質なものが必要となりますが」
「やはり魔石には質があるか」
そこらはシヴァも考えていたことだ。というよりも参考に読んだWeb小説に良くある設定だったので覚えていただけだが。頼りになるWeb小説たちである。もはやバイブルといっても過言ではないかもしれない。
だからこそ、ゴブリンや牙兎の魔石は取っておかずに売り払ったのだ。
「どの程度の魔物から採れる魔石が必要になる」
「そうですねぇ……」店主は少し考えた後で「全ての機能を詰めるのであれば、最低でもオーガ。欲を言えばキメラやグリフォンなどの合成獣の魔石が欲しいです」と続けたが、まず手に入れることは無理だろうと思った。
オーガは中位、合成獣は上位に分類される魔物であり、狩るには相応の腕を持った者が最低でも十人は必要となる。店主から見れば、シヴァはそう強い冒険者には見えないのだからそう思っても仕方ない。
が、当の青年の答えは、
「分かった。最低でもオーガだな」とあっさり納得し、「魔石を手に入れたらまた来る」と店を出て行ったのだった。シヴァに新しい目標ができたようだ。
ぽかんとする店主。
(あれは駄目かもしれんな)
この数日で幸運にも大金を手にし自分の実力を見誤ったかと店主は思ったのだが、シヴァの実力を見誤っていたのは自分のほうだったと店主が知るのはそう遠くない。
四月十二日、夕――冒険者ギルド内ロビー。
ゴブリンの討伐依頼を終えてギルドに戻り、終了手続きを受付で済ましさて帰ろうとするWGⅢ仕様のシヴァに、
「おう新人、今日もイカした格好だな!」
「似合ってるだろ?」
ロビーに併設されたバーからジョッキ片手に声を掛けるドワーフの冒険者。それに対してプロテクトアーマーを見せびらかすように返事を返す青年。
「ダッハッハッハッ、違いねえ! どうだ、上がりだったら一緒に一杯!」
「止めとくよ、あんたと一緒に飲んだらこの前みたいに潰されてしまうからな。また今度にしてくれ、じゃあなオッサン」
「おうよ!」
どうやらこの数日でギルドに顔馴染みができたようで、ドワーフの他にもシヴァに声をかけてくる冒険者がチラホラと見受けられた。
彼らと短い会話を交わしてからギルドを後にし、帰路へと着く。
その足取りに迷いはなく、自然と街の風景に溶け込んでいるのは環境に馴染んだ証拠だろう。
シヴァの家は大通りから路地に入った所にあり、大通りから遠ざかるにつれ喧騒も遠くなる。茜色に染まる空。魔石灯に照らされる石畳。遠くに見える防壁。その側面を走るニアーツ。
異世界の夕暮れの風景であり、シヴァが慣れ親しみつつある街の景色でもあった。
「あ、シヴァさん。今お帰りですか?」
家の近くまで来たとき、青年に声を掛ける者がいた。近所に住むリリィである。ちなみに彼女は今日は非番であった。
「ああ。リリィは……買い物の帰りかな」
シヴァがそう言ったのは、彼女が肩から提げているパンパンに膨れた袋からの推測であったが。
「外れです。シヴァさんの家に向かう途中でした」
「お裾分け?」
「はい。あの、迷惑でしたか?」
「いや全然。むしろこんなに頻繁に貰って迷惑じゃないかと心配しているところだよ」
「ふふ、なら良かったです」
ここに越してきてから六日。二日に一度はこうして作りすぎたという料理をお裾分けしてもらっているのだが、もちろんこれはシヴァの家に行くための口実でしかない。
「ここで受け取ってハイさよならとはいかないな。日も暮れるし、いつものように一旦家に行こうか。それから送るよ」
「はい、それじゃあ行きましょう!」
「俺の家なんだけどな」
こうして道端でお裾分けを貰ったらリリィと一緒にシヴァの家に行き、頂いた料理を魔道具の冷蔵庫にリリィが仕舞ってから彼女に家に送り届けるのが日課になりつつある。
「おじゃましまーす」
家に着くと、リリィは勝手知ったる我が家といったかんじで室内の魔石灯を点けて一直線に台所の冷蔵庫へと向かい、シヴァから袋を受け取って料理を入れていく。
その後ろ姿を見ながら何やら考え込んでいる様子のシヴァ。間違ってもリリィの裸エプロンを想像しているわけではない。
「どうかしまたか?」
冷蔵庫に料理を入れ終えたリリィは青年の様子に気付き声をかけた。
「いや、お裾分けを貰うのは良いのだが、いつも道端で会うか、リリィが玄関で待っている場合もあるだろう? 治安がいいとはいえ、やはり女性の一人歩きは危険だなと思ってな」
なにせこの辺は閑静な住宅街であるし、大通りほど明るくもない。犯罪や危険はいつも身近にあるものだ。
「んー……確かにそうですよねえ」
人差し指をあごにあて考える素振りを見せるリリィ。その眼は何かを期待しているようにも見える。
「だから、ほれ」
「わっと!」
無造作に放り投げられた何かを受け取るリリィ。
「この家の合鍵。良かったら受け取れ」
「いいんですか?」
「良いも悪いもない。これからは俺の帰りを待たないで勝手に入ってくれて良いよ」
「分かりました。勝手に入らせてもらいます!」
嬉しそうに鍵を握るリリィを見て微笑むシヴァであるが、
(よしっ、計画通り!)
などとリリィが考えているとは夢にも思っていないだろう。逞しい女性である。
それから、リリィの訪問が増えたのは言うまでもない。……まあ、シヴァも悪い気がしていないようなので問題はないだろう。
四月十四日、夕――シヴァの家の近所。
「シヴァさん、こんにちはー!」
後ろから声を掛けられ振り返ってみれば、
「おう、リリィ……ってそちらは?」
見慣れない女性がリリィの隣に佇んでいるではないか。
年齢は三十台中頃といったところだろうか。身長はリリィより少し低く、おっとりとした顔には小じわが浮かんでいるが、美人である。髪と瞳はリリィと同じくアメジストを溶かし込んだような薄紫色。この人はもしやリリィの?
「紹介しますね、私の母です」
やっぱりそうか。
「ふふっ、初めましてですねシヴァさん。リリィの母です」
「初めまして、シヴァと申します。ギルドではリリスさんにお世話になっています」
「あら、本当に礼儀正しいのね。娘からはよく貴方の話を聞いていて、早く会ってみたかったのよ」
「……はい?」
「ちょっ、お母さん!」
慌てたようにリリィが母の口を止めようとするが、当の母親は止まらない。
「あらこの子ったら顔を真っ赤にして何を照れてるのかしら、リリィがいつもシヴァさんのことを聞かせてくれているのは本当のことでしょう?」
「本当にやめて!」
「シヴァさんから見てリリィはどうかしら」
「どうと言われても……素敵な女性だと思います、よ?」
「あらあらまあまあ! 良かったわねリリィ、素敵な女性ですって。あ、そうだシヴァさん、そんな堅苦しい言葉遣いしなくても良いわよ? もっとフランクに、それこそ家族に話すように砕けたもので良いわ」
「は、はあ」
「お母さん、ほんっとうに怒るよ!?」
「あら恐い」
そう言いながらコロコロと笑うリリィの母。その笑顔と笑い声はリリィにそっくりで。本当に母娘なんだなあと実感するシヴァであったが、
(どうしてこうなった)
リリィの母のシヴァに対する態度はまるで娘の彼氏に接するかのようで、微妙に居心地の悪さを感じるシヴァ。
彼の感想は正しい。リリィはあえてシヴァが帰ってくる頃を見計らって母親と一緒に出かけたのだ。無論、母にシヴァを紹介するためである。
しかしまさか母親が暴走するとは思いもしなかったが。
母は母で、目の前の青年が娘の想い人と知り、舞い上がってしまったのだからしょうがない。
ともあれ、こうして徐々にリリィの包囲網は完成に近づきつつあり、知らず知らずの内に逃げ場を失っていくシヴァであった。本当に逞しい女性である。




