第20話 リリィ包囲網・上
四月六日――宿。
明くる日の早朝、シヴァは宿のベットの上で腕を組みながら何やら思案中のようである。
考えを巡らせていたのは幾つかあるが、その一つがレベルのことである。
この世界にレベルがあるということは、昨日ホワイトスライムの捕獲依頼のさいに、彼の魔物を『コンフィグ』の魔法で調べて分かったことだ。
そしてシヴァはこの宿が大通りに面しており、二階の部屋という、窓を開ければ人が大勢行き交うのを見れる立地を生かして、下を通る人や亜人たちを『コンフィグ』の魔法でステータスを覗き見ていたのだ。
この世界の住人のレベルがどれほどのものか調べるためである。
その結果、一番高い者でレベル54。職業は傭兵の戦士であった。一番低いの者はレベル1。意外と多いが、全員が子供とあって納得である。次に多いのがレベル2から3。これはいずれも一般市民の青年や大人である。
ここから観察しただけだが、そんなにこの世界のレベルは高くないようだ。少なくともレベルが100越えしている者は一人もいない。
平均レベルは20から30といったところか。
この結果は、俺TUEEE! で異世界観光を望むシヴァからすれば願ってもないことだ。
(まあ、楽観はせずに今後も要調査だな)
となれば今後しばらくはレベルまでスキャンできないWGⅢ仕様ではなく、ステータスを覗き見れるEFⅩⅥ仕様でいたほうが好ましい。
それにしても、とシヴァは思う。
レベルが存在することをこの世界の住人が知っているかどうかだ。
シヴァが異世界歩きの参考にと読んだWeb小説らでは、主人公以外知らないという設定が多々あったがこの世界はどうなのだろう。
(……まあ、どちらでも良いか。確かめたところでどうにかなるわけでもないしな)
次に考えていたのが、生活基盤を整えたいということ。
シヴァはこの街を拠点にして異世界観光をするつもりである。が、肝心の生活拠点が決まっていない。
宿を拠点にしても良いのだが、昨日今日と泊まった宿は青年の好みではなかった。最初の宿は従業員の態度に、今泊まっている宿はベッドの硬さが気に入らなかった。
となれば、家具を含めた内装を自分で選べる賃借物件が良いか。幸い金ならある。
しかし、どこで借りれば良いか分からない。この街に来たばかりなので、未だ地理を把握していないのだからしょうがないとも言える。だからこそ、生活基盤を整えたいのだ。
(仕方ない。リリィに相談してみよう)
他に頼れる人物がいないのだから致し方なし。何かと世話を焼いてくれた行商人であるオルドは数日は忙しいと言っていたし、そもどこに住んでいるのかも分からないのだ。
最後に考えていたのが、魔石仕掛けの置物のことである。
そも、シヴァがお金を稼ごうと思った最大の理由が、この魔石仕掛けの置物を気に入ったことであり、なおかつ、既製品を購入するのではなくオーダーメイドにすると決めたからだ。
魔石仕掛けの置物を取り扱っている『夢の園』の店主によると、オーダーメイドには最低でも20,000Gという話だったが、シヴァは昨日だけで二十万G稼いだので、早くも金額の面はクリアしたのだった。
が、思い返してみればどんな機能をつけるかに関しては何も決めていない。
(これは一度『夢の園』の店主と話し合う必要があるな)
ふむと頷き、粗方の思案は纏まった。
メニューから『装備』の項目を選び、さらに『お気に入りセット1』を選ぶと、セット1に登録されていた装備が瞬時にしてシヴァの体に装着された。便利な機能である。
ちなみに『お気に入りセット1』は戦闘に特化した装備である。
支度を整え、PZ5の時計を見ると午前七時を少し回ったところ。ここから冒険者ギルドまでは約半時間の距離。
リリィはいるかなと思いつつ宿をチェックアウトし、ギルドに向けて足を進めるシヴァであった。
四月六日――リリィ宅。
冒険者ギルドで受付嬢として働くリリィの朝は早い――が、今日は一段と早かった。
時刻は午前四時。
生あくびを噛み締めつつ、部屋の鏡台で顔をチェック。目の下のクマが酷い。美人が台無しである。
それというのも昨日、無理を言って一日中受付けに座っていたからである。二十四時間営業のギルドは本来八時間勤務であるが、シヴァが依頼を受けたので彼がいつ帰ってきても良いように後のシフトの同僚に代わってもらったのだ。それも全てシヴァの好感度を上げるためである。
仕事を上がったのが午後十一時。リリィは直帰することなく商業ギルドへ赴くと、仲の良い職員を呼び出して何やら相談。それから数十分後、苦笑を浮かべながらリリィに何かのファイルを手渡すギルド職員。それを受け取り、また自分の職場へ戻ると、自分のロッカーに今受け取ったファイルを保管しようやく帰宅。すぐに泥のように眠り、今に至る。
リリィは鏡台に置いた二本の瓶のうち一本を手に取ると、蓋を開けて一気にあおった。飲んだのは冒険者や傭兵御用立ちのアイテム『眠気殺し』。本来なら魔物などに『スリープ』を掛けられた時に飲むものだが、雑務に追われるギルド職員たちはこうして使う。
ハッカを焦げるまで煮詰めたような強烈な味にリリィは顔をクシャクシャして体を数秒震わせるが、眠気は一発で吹き飛んだようだ。とても男性に見せられる顔ではなかったが。
次に手に取った瓶を同じく一息であおる。こちらは『眠気殺し』とは違い、爽やかな味で飲みやすいようだ。今飲んだのは美容ポーションである。効果はシミやそばかす、肌荒れに目の下のクマの改善。こちらも効果は抜群のようで、すでにリリィの目の下を陣取っていたクマは無くなっていた。さすがは女性の必須アイテムと名高い美容ポーション。
眠気とクマを撃退したリリィであるが、実は今日、非番である。
なのでこんなに朝早くから起きる必要はないのだが、何か目的があるようだ。
リリィは部屋を出て洗面所で顔を洗うと、台所へ。誰もいない。まだ家族は寝ているようだ。
魔道具である冷蔵庫から幾つかの食材を取り出すと、リリィは「よしっ!」と可愛らしく気合いを入れて調理に取り掛かるのだった。
「行ってきまーす」
調理を終えたリリィはそれをランチマットで包んで鞄に仕舞い、外用の服でおめかしして家を出た。
時刻は午前六時。
向かう先は自身の職場である冒険者ギルド――の正面玄関が良く見える店の前。
そこでリリィは待ち人が現れるのを待つのだった。獲物を狙う豹の如く。
午前七時半。
冒険者ギルドの手前まで来たとき、シヴァは後ろから声を掛けられた。
「シヴァさーん!」
「ん?」
振り向くと、少しはなれた所からこちらへ走ってくるリリィの姿があった。のだが、彼女の呼び声と姿に違和感を感じるシヴァ。
その違和感が分からない内に、リリィがシヴァの元へ辿りついた。
「おはようございます、シヴァさん! 今日もお仕事ですか?」
「いや、今日はリリィに相談があって――ああ、呼び方と服装が違うのか」
シヴァ様ではなくシヴァさん。
服装もギルドの制服であろうカチッとしたドレスではなく、今日はライトイエロー調の長袖ワンピースに身を包んでおり、アメジストを溶かし込んだような薄紫の長い髪はサイドで纏められ、服装と相まって良く似合っていた。
「今日は私、非番なんです。似合ってますか?」
ワンピースの裾を軽くつまみ、腰を左右に捻りながら感想を求めるリリィ。
ワンピースの丈はそう長くない。なのでリリィが腰を捻る度に裾がひらひらと舞い踊り、彼女の健康そうな太ももがチラリズムする。が、シヴァは紳士であるからして、ガン見などしない。カンストしたステータスを無駄に活かし、ベストなタイミングで一時停止をかけてから、ゆっくりと鑑賞したのだ。もちろん服装を、だ。決して太ももではない。偶然太ももも目に入るが、それは全体を見るため仕方ないことなのだ。ちなみにしっかりとスクリーンショットを何枚も撮るシヴァ。EFⅩⅥにはスクショ機能があるのだ。
「とても似合っているよ」
一時停止を解き、心からの賛辞を送るむっつり青年にリリィは「本当ですか!」と笑顔で喜んで見せた。
決してお世辞などではない。特に服のデザインが良い。ライトイエローは彼女に良く似合っていたし、丈の短さもシヴァの好みだ。腰に巻かれた紐はくびれを強調し、型崩れしないよう補強が入っているらしい胸元は彼女の胸を美しく盛り上げ、シヴァの視線を独占していた。
「……じと~~」
「ハッ!?」
わざわざ口に出された擬音に我に返るシヴァ。胸元から目線を上げれば、ジト目で見ているリリィのご尊顔が。
「シヴァさんのエッチ」
言うなりプイッと顔を横に向けるリリィ。
(ぐはあっ!)
そのかわいらしい仕草に、エッチと蔑まれてショックを受けるよりも胸をキュンと高鳴らせる二十五歳青年。とはいえ嫌われても困るシヴァは必死に謝った。
「ふふっ、分かりました。特別に許しちゃいます。ほどほどにしてくださいね?」
もとより怒ってなどいなかったのだろう。笑顔で許すリリィに、またも胸をキュンとさせるシヴァ。その表情を見逃さないリリィは好感度を稼げたことを確信し、内心でガッツポーズ。計算高い女性である。
そしてこのやりとり、傍から見ればいちゃつくバカップルそのもので、ギルドに出入りする一人やもめの冒険者たちから恨みがましい視線を頂戴していたのだが、二人がそれに気づくことはなかった。
「それよりも私に用があったみたいですけど?」
「ああ、そうだった。時間はあるかな?」
「ええ、さっきも言ったように今日は非番ですから。ここを通ったのも偶然ですし」
嘘である。一時間も前からギルド前で待ち構えていたのはどこの誰だったか。
「そうか、なら都合が良いな。実は借りられる物件を探しているのだが、どこで借りれば良いか教えてもらえると助かる」
「それなら冒険者ギルドでも幾つか物件を扱っていますよ。見てみますか?」
「お願いしたい。というか、ギルドは不動産にも手を出しているのか」
「アハハ、少しだけですけどね」
親指と人差し指で「少し」を表現するリリィは、ついでにギルドが物件を扱っている経緯を説明した。
国の土地は当たり前だが国のものだが、それら全てを中央が扱うのは無理であり、各自治体に委託している。そして自治体も、その半数を商業ギルドに委託しており、その他のギルドは商業ギルドから分配されている。ギルドが物件を扱うのは、シヴァのように物件を探すギルド員が意外と多いからだ。
「それじゃあ資料を取ってきますから待ってて下さいね」
「ん? 中で説明するんじゃないのか」
「非番の日まで職場に居たくないじゃないですか」
「確かにな。分かった、待ってる」
リリィの言い分に苦笑してみせながら見送るシヴァ。
それから間もなく、腕にファイルを抱えたリリィが戻って来た。
「お待たせしました! ここじゃなんですから移動しましょう、シヴァさん」
「だな」
「この先に落ち着いて話せる喫茶店があるんですよ」
並んで歩きながら、ころころと笑うリリィを見てようやく理解するシヴァ。違和感の正体は呼び方や服装だけでなく、声音や雰囲気もまるで違うのだ。昨日一日しか職場で働くリリィを見ていないが、受付嬢として働く彼女の声音はもっと硬く、姿勢もピンと張り詰めていたように思える。が、今は違う。声は柔らかく、姿勢は伸びているが力が入っていない。恐らくこちらが素で、オンとオフをきっちり切り替えられる女性なのだろうとシヴァは察した。
ふと隣のリリィと自分の格好を見比べる。
春の装いのリリィと全身鎧の自分。これは女性と歩く格好としてどうだろう。セーフか? いやアウトだ。
「どうかしましたか?」
小首をかしげながら顔を覗きこんでくるリリィ。
「いや、なんでもない。悪いがリリィ、喫茶店に行く前に服を売っている店を案内してもらえるかな」
「服屋ですか?」
「折角めかしこんでいる女性と並んで歩くんだ。鎧など無粋な格好だろう」
イケメンが言えば台詞もイケメンだったのだが、シヴァの顔は生憎と平凡そのものなので、台詞が寒い。
が、リリィはといえば自分に気を使ってくれる青年の気遣いが嬉しかったのか、喜色満面。ほのかに頬を朱に染めていた。恋は盲目である。
「分かりました、服屋はこっちですよ」
「お、おい。急かすな」
シヴァの手を取って走り出すリリィ。恋人つなぎのような指をがっちり組むようなものではなく、リリィがシヴァの親指と小指を除く三指を握るような手の取り方であるが、これはこれで甘酸っぱい。これが現代日本ならネット上で『爆発しろ! いや、俺がさせてみせる!』と大量のテロ予告で埋め尽くされているところだ。
リリィが案内してくれた服屋で何着か購入したシヴァ。見立ててくれたのはリリィである。しめて780G、日本円に換算すれば78,000円。高いのか安いのか。代金を受け取った店員のホクホクした顔を見れば、答えは一目瞭然である。
ともあれ、その場で着替え、上下ともにシックな色合いで纏めらたデザインの服に身を包んだシヴァ。これならリリィと並んでも恥ずかしくない。ちなみに残りの服はアイテム欄に収納済みである。
買い物を終え、当初の予定通りリリィお勧めの喫茶店に入る二人。内装はなるほど女性は好きそうだが、男性が入るには敷居が高い。そんな店内であった。
適当な席に座ったのだが、リリィが座ったのはシヴァの対面ではなく何故か隣である。距離が近い。シヴァが窓際、リリィは通路側。なぜか逃げ場を封じられたように感じるシヴァであった。
ウィトレスが来たので『アエット』なる飲み物をホットで注文。まだ朝も早いので食べ物は取らない。店員が持って来たアエットは見た目も味も紅茶であり、ほのかな苦味がアクセントになっていて美味しい。また、添えられている薄くスライスされた『ノメール』なる果物をアエットにつけると味が変化するというので試してみると、レモンティーになった。ちなみにレモンティーはノメルアエットというらしい。まんまである。
「それで紹介できる物件なんですけど、これなんかどうでしょう?」
「ん?」
言って、持っていた資料をテーブルの上に乗せるリリィ。
広げられたのはどうやら家の見取り図とこの街の地図のようだ。
この資料こそ、昨夜商業ギルドの友人から無理を言って譲ってもらった物件である。ギルド間の不動産物件は譲渡可能なのだ。
リリィはシヴァがこの街に来たばかりで居住地が定まっていないこと、稼ぎが良いことから近いうちに宿から賃貸住宅を探す可能性を考えて優良物件を用意していたのだが、生憎冒険者ギルドが扱っている物に、リリィが求める物件はなかったので商業ギルドに頼ったというわけである。本当に計算高い女性である。
「場所はギルド街にほど近い住宅街の一角です。繁華街や商工業区へのアクセスも悪くないですよ。必要な家具などは一通り付いてますし。えっと、地図だとこの辺りですね」
リリィが指し示たのは、住宅街とギルド街の境目であり、三本ほど大通りを抜ければ着ける繁華街や商工業区は十分に徒歩圏内。なるほど、確かに勝手が良さそうだ。
「家賃は一月500Gですけど、シヴァさんの実力なら大丈夫でしょう?」
500Gというと日本円にして五万。この世界の一年は地球と同じく十二ヶ月で閏年はないので、年間で借りても6,000G――つまり六十万円。アクセスの良さを考えれば十分安い。ちなみにシヴァの所持金は現在207,150G。仮に全額家賃に充てると、約三十四年もの間住めることになる。無論、シヴァはこの世界に骨を埋めるつもりはないのでそんなに長く借りるつもりはないが。
間取りをもう一度見てみる。築十年の一階建て3LDK。風呂場とトイレは個別。家具も完備。うれしい事に鍋やフライパンなどのキッチン用具も揃えられており、入居したその日から炊事が可能。これで本当に月500Gで良いのかと思うものの、こんな優良物件を見せられて悩む必要などない。
「こちらを借りよう」
「分かりました。あ、書類にサインしてもらう前に一応見てみます? 鍵も借りてきてるんですよ」
「そうだな。まあ見ても借りる意思は変わらないと思うが」
「だと嬉しいです。そうすれば私の営業成績も伸びますし」
ぺろりと舌を出して冗談を言うリリィに、「じゃあ止めるか」とシヴァが意地悪く応じれば、
「あー、酷いんだあ」
とはにかむリリィ。なんだこの甘ったるい空気は。
それから二人はノメルアエットを飲み干し、件の物件の下見へと向かった。
「ここがそうです」
リリィが案内してくれた家はレンガ造りで瓦葺の三角屋根という外観。大通りからは外れているが、その分周りは静かな住宅地といったところ。
中もざっと見て周ったが文句は無い。ベットが若干硬く好みではなかったが、それは敷布団を替えれば良いだけなので問題ない。
書類にサインし、詳しいことはまた明日ギルドでということなった。ちなみにまだ鍵は渡せないらしいので、今日までは宿に泊まる事になるようだ。
そして家を出たところで、
「あ、そういえば私の家も偶然同じブロックにあるんですよ。ここから十分くらいかな? あっちのほうですね」
さも今思い出したかのように言い、自分の家の方角を指すリリィ。もちろん偶然などではない。わざわざ自分の家と同じブロックにある物件を探していたのだ。冒険者ギルドにはなかったので商業ギルドに働く友人に頼みまでして探したのだ。お陰で高い食事をおごる羽目になってしまったが、後悔はない。全ては有望株のシヴァを射止めるための出資なのだ。もはや計算高いというよりも計算尽くの女性である。
「そ、そうか。案外近いんだな」
シヴァも何か感じ取ったのかも知れない。背中に悪寒が走ったのだ。なにせ今のシヴァはEFⅩⅥ仕様。ステータスの直感はカンストの9999。本来なら戦闘時にしか反映されないのだが、見方によってはこれも戦闘といえる。恋の戦闘だ。なので9999の直感が働いたのかも知れない。
「これからの近所付き合いよろしくです」
「ああ、こちらこそ」
「見かけたら声を掛けてくださいよ? 無視したら嫌ですよ?」
「勿論だ」
「私よく母と買い物に行くんです。もしかしたらその時に合うかもしれませんね」
「ありえるな」
「その時は母に挨拶してくださいね」
「分かった……うん?」
答えてから最後の一言は何かおかしいんじゃないかと首をかしげるシヴァだったが、リリィは気にした様子もなく、話は彼女が良く行くお店の話に移っていたのでうやむやになってしまったが、
(なんだろう、自分から袋小路に飛び込んだようなこの気分は……)
その後、リリィに頼み、家具などを扱う店や金物屋を兼ねる鍛冶屋、道具屋、万屋や家の近所を案内してもらい、最後に家具屋でそこそこ良い値段の布団一式を購入し、アイテム欄に放り込んだ。リリィはもう慣れたが、店の人は驚いていた。
店を出る頃にはすっかりお昼で、シヴァは案内してくれたお礼にどこか入ろうかと提案したのだが、考えてもみればこの街に来てまだ三日目の自分に気の利いたお店など分かるはずもなく。言った側から「面目ない」と謝る羽目になってしまった。
「アハハ、気にする必要はないですよ。それに丁度良かったかもしれません」
「うん?」
「今日、非番だって言ったじゃないですか? 実は朝から出かけていたのも、友人と近くの公園で弁当を食べようと思っていたんです。……ほら」
言って、持っていた鞄を広げて中を見せる。そこには朝早くから作っていた例のランチマットに包まれた弁当が二つ。
「ふむ、弁当が二つとは……リリィは見かけによらず食べるんだな――アイタッ!?」
「シヴァさんと言えど殴りますよ? 一つは友人のです。私はそんなに食べません!」
「もう殴っているじゃないか。まあ話は分かったが、その友人はどうしたんだ?」
「急用が入ったとかでお流れになってしまいました」
もちろん嘘である。もとよりシヴァのために作った弁当である。
「なのでシヴァさん、良かったら食べてくれませんか? 小食の私には量が多すぎますし」
小食の部分を強調して言うリリィ。
「量が多すぎますか」
「多すぎます」
「だったら分かった。リリィのウェストを守るため、俺が一肌脱ごうじゃないか――っいて!?」
「一言多いです!」
むくれたリリィに背中を強く叩かれるシヴァであったが、どちらも楽しそうだ。ちょうどそのやりとりを見ていた通行人の青年が唾を吐いたのはきっと偶然である。決して青年が一人身だとかそういう悲しい理由ではないはずだ。青年に幸あれ。
「あ、約束していた友人というのはもちろん女友達ですよ?」
「いや、聞いてないし」
「言っておかないとシヴァさん、妬いちゃいますし」
「俺は妬いちゃうのか」
「妬いちゃいますね」
などと和やかに言い合いながら去っていく二人の後ろで、またも通行人の青年が何度も唾を吐いたが、絶対に偶然である。




