第17・6話 受付嬢リリィ
通商連合国ブリタイ。その東部にある商業都市ディンク――
夜も開けきらぬ住宅街の一角。
一軒の家から猫型の時計仕掛けの置物が主を起こす鳴き声が聞こえてくる。
「……んん。おはよう、マリー」
眼をこすりつつ、幼少の頃に両親から貰った機械仕掛けの猫に声をかけ、アラームを解除したのは見目麗しい女性であった。
歳のころは二十といったところだろうか。アメジストを溶かし込んだような薄紫の長い髪が、仰向けになった彼女の背中から落ちていく様はそれだけで妖艶。
眼は髪と同じく薄紫色で、未だ意識が覚醒しきれていないようで、とろんとしているのが妙に可愛らしい。
体つきは細いが出るところはしっかりと出ており、引っ込むところは引っ込んでいる。だぼっとしたワンピース状の寝巻きの上からでも隠しきれていない胸が一際目立っていた。
世の男性が今の彼女を見れば、間違いなく獣と化して襲い掛かるだろう。
ベットの上で仰向けになったまま、リリスはマリーに内蔵されている時計を見た。
朝の五時を指している。いつもの時間だ。
冒険者ギルドに働くリリスの朝は早い。
可愛らしい小さな口から欠伸を漏らしながらベットから抜け出し、出勤の準備を始めていく。
部屋を出て洗面所で顔を洗って眠気を飛ばし、鏡で髪を整え、洗面所を出る。
「お早うママ」
「お早うリリィ。もう少しであなたの分が出来上がるから、座って待ってて」
台所に立つ母親の頬に口づけながら挨拶を交わし、言われたとおり食卓に朝食が並ぶのを待つ。
ちなみにリリィと言うのは彼女の愛称であるが、家族以外には親しい友人にしか許していない。
母親が用意してくれた朝食を取り終え、諸々の準備をし、ギルド支給の冬の制服に袖を通せば支度は終了だ。
最後に姿見で確認。うん、問題ない。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
彼女の髪と同じ薄紫色に染まりつつある四月の空の下、石畳をブーツで鳴らしながら、リリィは職場へと向かう。
家から都市の中心部付近にあるギルド街までは歩いて約半時間。
着いた頃には午前六時半になる。
正面玄関を回り込み、ギルド横にある職員用の扉から建物内部へ。
「お疲れ様、ジーン。すぐに代わるわ」
「あら、もうこんな時間? おはよう、リリィ。こっちも書類の準備をするわね」
同僚と挨拶を交わしながら互いに引継ぎの準備を始めた。その間は受付を一旦停止する札を立てる。
ギルドはどこも二十四時間体制で開いているので、今もロビーには多種多様な種族の冒険者で賑わっている。ロビーの一角がバーとして食事やアルコールを提供しているのも賑やかさに一役買っているのだろう。
中には目敏くリリィの姿を認めた冒険者がナンパの声をかけて来るも、リリィは無難に躱していく。
受付嬢には必須の手段である。
引継ぎを終えて受付に座り、停止の札を取り、並んでいた冒険者の案件を処理していく。
ちなみに、二つ隣の男性受付のところは空いているのだが、誰もそちらに回ろうとしない。
忙しい受付嬢、暇な受付紳士。ギルドにおける一種の風物詩であった。
リリィが途切れない受付の仕事を片付ける中、一風変わった青年が冒険者登録に来たのは午前の九時ごろのことだった。
聞けばパス村の村長からの紹介状を持っているという。
紹介状を持っているという事は、なにかしらの依頼を受け、それを達成したという事。
(見たところ一人のようだけど、仲間はいないのかしら?)
紹介状を受け取り、蝋印に押された紋章を手元の見本帳と見比べ確認しながら、ちらりと青年をみやる。
黒目黒髪で顔の作りは至って平凡。
武器はどこにも所持しているようには見えず、その身に纏うのは薄い灰色の、のっぺらとした艶の無い、見たこともない鎧。
体の作りも引き締まってこそいるものの、そこまでがっしりとしてるようではなさそうだ。
言ってはなんだが、それほど強そうには見えない。
(なのに、この隙のない姿勢)
数多くの冒険者を見てきたリリィでも、こんなに綺麗で隙のない者は数えられるほどにしか見たことがなかった。
紹介状に押された紋章がパス村のものであると確認し、次いで中を確かめる。
書状によると、目の前の見た目二十台の青年はどうやらシヴァというらしいが、そこに書かれていたのは少しばかり目を疑うものであった。
(ゴブリン十一匹を単独撃破! しかもユニーク二匹を含む集団を一時間程度で殲滅ですって!?)
ゴブリンは魔物の中でも最弱の部類に入るモンスターではあるが、それでも数が多ければ面倒であるし、そこにユニークが一匹でも含まれれば難度は一気に増す。
もちろん、パーティーを組んでいれば別ではあるが、書状には単独と書かれている。それも一時間程度で、だ。
書状を疑うわけではないが、これはいくらなんでも。そう思ったリリィは、目の前の冒険者から不興を買おうと一応確認が必要だろうと判断した。
「シヴァ様、でよろしいですか? ……はい、ではシヴァ様。ユニーク二匹を含むゴブリン・ストローの集団十一匹を単独で撃破したとありますが、このことに間違いはありませんですか?」
リリィの言葉を耳にした冒険者たちがざわめく。
一時間で殲滅、という情報はあえて伏せた。ロビーには多くの冒険者がいる状況に配慮してのことであったが、ユニークを含む十一匹のゴブリンの集団を単独撃破という情報の前では余り意味はなさそうだった。
しかも目の前のシヴァという青年、周りのざわつきが気にならないのか、平然と間違いないとのたまった。
しかし、言葉だけではやはり信用に欠けるのも事実。
疑わしきは証拠の提示を求めよ。
それが社内規則である。
確たる証拠が欲しいリリィは規則に則り、ギルド規定の討伐証明の提示をお願いしたところ、青年は一つ頷いてカウンターにゴブリンの右犬歯と魔石をズラリ並べたではないか。
(まさか本当に一人で!?)
リリィは表情に出さないよう驚愕しつつ手袋を嵌め、先ずは討伐証明の右犬歯を手元の魔法具の上に置いた。
この箱型の魔法具には、上に置いた物を調べる機能が備わっている鑑定の魔法具だ。
すぐに鑑定結果が魔法具の手前――リリィ側の表面に現れ、間違いなくゴブリンのものと証明された。
次いで、魔石を一個一個確かめていくも、それもモブゴブリンとゴブリン・ストロー及びストロー級亜種のものと証明された。
ここまで確かな証拠を示されれば疑いようもない。
リリィは青年に疑うような真似をした非礼を謝ったが、シヴァなる青年は気にしなくて良いと笑って許してくれたことに、リリィはほっと胸を撫で下ろした。
中には自分の腕が侮辱されたと不機嫌になったり、それを材料に迫ってくる冒険者も多いのだ。
どうやらシヴァという青年は他の冒険者と違い温和な性格をしているようだと、リリィの中の好感度が少し上昇した。あまりガツガツした男はお好みではないようだ。
次に魔石をどうするか訊ねる。魔石の用途は多岐に渡るため、できればギルドに卸して欲しいところ。ちなみにゴブリンの右犬歯に利用価値はない。
青年はこちらの意図を性格に汲み取ってくれたようで、ゴブリンの右犬歯の処分を頼みながら魔石を卸してくれた。
右犬歯をカウンター下の専用のゴミ箱に放りながらお礼を言い、魔石の売却は青年の冒険者登録が終わってからという事を伝えたあと、登録のための質疑応答を始める。
名前はシヴァ。人間の男性で歳は二十五。
自分より五つ上のようだがそんな風には全然見えない。童顔のようだとリリィは思ったが、別にシヴァは童顔ではない。日本人であれば歳相応の顔であるが、日本人が幼く見えるのは異世界でも同様らしい。
出身は東の果てにある国……と両親から聞いているらしいのだが、詳しいことは本人も分からないという。
家族揃って諸国を旅で重ねてきたという話から、どうやら青年は自由民で間違いないだろう。
自由民であるのなら、滞在日数を聞かなくてはならない。自由民は基本、一月以内の滞在であれば、税金を免除されているが、それ以上であれば税金が発生するからだ。
だが、青年がこの国に来たのは四日前。免除期間なので税金の審査はない。
手元の紙の項目を飛ばしながら税金が免除されていることを伝えると、青年は不思議そうに聞き返してきた。
改めて自由民は一月以内の滞在であれば税が免除されると言う、自由民であれば常識であるはずの説明をすると、青年はまるで今初めて知ったという表情を見せた。
これは一体どういうことか。彼は両親から何も聞かされていないのだろうか?
リリィの言外の疑問を読み取った青年は、放任主義の両親の事を教えてくれた。
彼の両親いわく、『知りたいことや行きたい場所は自分の力で為してこそ価値がある』――らしい。
どう聞いても面倒だったから教えなかったという風にか聞こえないのだが、まさかそれを面と向かって言うわけにもいかず、リリィは無難に「面白いご両親ですね」 と答えたのだが、思わずこみ上げてきた笑いを漏らしてしまった。
それは脳みそまで筋肉で固まり、根拠のない自分への自信で出来ているような冒険者を相手にする受付嬢としては失態で、慌てて取り繕うとしたリリィだったが、「お陰でこうして苦労している」と苦笑をもらす青年は、リリィの失態を気にしている風でもない。
そんなシヴァの態度はなかなかに新鮮で、リリィの中でまた青年への好感度が上がったのだったが、次の質問でその好感度は著しく下がることとなる。
その質問とは、青年が得意とする武器やスキルに関するもの。
当然、個人によって得意とする武器やスキルには傾向がある。それを把握することもギルドには必要なことであった。
なぜなら、ギルドに寄せられる依頼の内容によっては指名する場合もあるからだ。指名する際には内容に合った武器やスキルを持った者を選ぶは当然。
なのだが、この質問を嫌う冒険者も多い。自分の手を明かしたくないからだ。得意とする得物や習得しているスキルを教えるという事は、それだけ対策を取られやすいということ。
対して青年の答えは、全て。
その言葉の意味を図りかね、訊ね返すと、
「剣に始まり槍、弓、などの武器類、それに伴って、スキルや魔法も等しく扱える、という意味だ」
と、臆面もない答えが返ってきた。
あり得ない。
それがリリィの正直な感想であると同時に、先ほどまでの好感度が一気に下がった。この青年も結局は他の冒険者と同じく、根拠のない自信でできているのだな、と。
そもそも、一つの武器の習熟には長い時間がかかる。それはスキルや魔法の習得も同じだ。
大抵の冒険者が扱える武器は二つほど。スキルや魔法に至っても同じ。多くても四つほどだろう。
しかもスキルや魔法はどちらも魔力を消費して行うもので、一回の戦闘で使える回数は大体五、六回と聞く。それを等しく扱えるということは、よほど潤沢な魔力量がなければできない。
そもそも魔法を覚えるためには一定の魔力量が必要だ。だからこそ、魔法使いはどのパーティーでも重宝される。
勿論、両方を覚えて扱う者、いわば魔法戦士と呼べる冒険者はいるが、大抵はどちらか一方は保険のようなものだ。
それを目の前の青年は、武器もスキルも魔法も等しく扱えるというのだから、リリィが幻滅するのも無理はない。
とはいえ、本人がそういうのであれば、受付嬢としてはそれを登録用紙に書き込むしかない。
「……分かりました。では全適正ということで」
平坦な声でリリィが言うと、青年はがっかりという風な表情を見せた。
(たま~に居るのよね、こうやって気を惹こうとする人)
シヴァの態度にさらに好感度を下げるリリィであったが、次の展開の結果で青年を見直すばかりか、下げていた好感度以上の好意を感じるようになる。
「ガッハッハッハ! オイオイ聞いたかあ? 全適正たぁ、とんだホラ吹きが入ってきたじゃねえか!」
シヴァに向かって飛ばされる野次。
投げたのはバーでお酒を飲んでいるギルドランク『O』の冒険者ドッドと、彼の団メンバー三人。どちらも中堅の実力者たち。
ちなみに彼らの団のランクは先ほど『P』に上がったばかり。
恐らくギルドのバーで昇進祝いをしていたのだろうところに、格好のカモがやってきたというわけだ。
(また面倒なことになったなあ)
が、当の本人は気にした風もなく、チラリと一瞥しただけで、こちらに向き直ってしまう。
それが気に食わないドッドたちは、さらに口汚くシヴァを罵った。
「おい、無視するんじゃねえぞ! それとも俺たちが恐いかぁ!? このカマ野郎が!」
「……独りを相手に多数で言いがかりを付ける奴らにカマ野郎と言われてもな」
ゲタゲタと嗤う男たちに、あろうことか青年は心底面倒そうな顔をして言ったのだった。
(この人本気!?)
ドッドは冒険者らしい冒険者で、自分の実力に無駄に自信を持っている性格の持ち主だ。単刀直入に言えば脳筋ではあるが、中堅ランクであるところの『P』に相応しい実力の持ち主だ。
当然、スキルも持っている。
中堅ランクに上がるには、最低でもスキルを持っていなければ上がれないのだから。
ちなみに、どのようなスキルを習得するにも体力と筋力を必要とする。つまり、実力者とはそれ相応の体、筋肉を有しているのだ。
そんな彼に言ったシヴァの言葉は、まさに火に脂を注ぐようなもので、ドッドは一瞬にして怒りで顔を真っ赤にしながら筋肉を膨張させ、持っていたジョッキをテーブルに叩きつけた。
「ホラ吹きのカマ野郎にしてはいい度胸じゃねえか。ゴブリンの集団を倒したからって調子に乗ってんじゃねえぞ? 今から優しい俺様が言葉遣いってのを教えてやるよ」
怒気を纏わせた男がゆらりと椅子から腰を浮かして青年を睨む。
対して自然体で立ち上がったシヴァの見た目は細身。
両者を見比べ、青年のほうに勝ち目を見出すものは殆どいなかった。居るのはほんの数人。いずれもドッド以上のランクを持つ者たちであった。
当然、一般人であるリリィの予想は前者だ。万に一つもシヴァの敗北を疑っていない。
ゴブリンの集団を単独撃破は確かに驚くことだが、それでも今日から冒険者になる者と中堅の冒険者の間には確たる溝がある。
そう思っていたのだが、リリィの予想はあっけなく裏切られることとなる。
今まさに私闘が始まろうという直前、目の前の青年の装いが一瞬にして切り替わった。
身に着けていた鎧がいずこかに消えさり、見たこともない衣装(この世界にスーツは存在しない)に身を包んだのだ。
リリィをはじめ、息を呑む観客と化した冒険者たち。
(今のは魔法? でも、一瞬で鎧をどこかに収納する魔法なんて聞いたことがないわ!?)
シヴァが示したのは魔法が使えることを証明しただけでなく、オリジナルの魔法を持っているということ。
オリジナルの魔法など、高位の魔法使いのみが出来る技術だ。この都市でもそんな高等技術を持っている高位の魔法使いはたった一人しか居ない。
つまり、この青年の魔法の腕はその魔法使いに匹敵することである。
もちろん、ギルド内での攻撃魔法は禁止されている。が、今重要なのは青年があえて鎧を外したことにこそある。
青年は言っていたではないか。スキルも魔法も、等しく扱えると。
つまり、鎧など不要だと感じるほど、強力なスキルも持っている?
そのことに気付いた周りが、さらに息を呑んだ。
それはドッドも同じだったが、今さら後に引けるわけがない。ケンカを売ったのはこっちなのだから。
「行くぞカマ野郎!」
「来い。お前にライブのマナーを教えてやる」
挑発に挑発で返すシヴァ。
遂に私闘が始まる。が、それも一瞬で終わってしまった。
目にも留まらぬ速さでドッドへと近づいたシヴァが、一撃で伸してしまったからだ。
およそ人間から発せられるとは思えない打撃音とともに、体を折り曲げて垂直に吹き飛ぶドッドの姿に、湧いていた観客がポカンと口を開けた。リリィもそうだ。
だが、仲間をやられて黙っていないのはドッドの中間達……だったのだが、やはり全員一撃で気絶させられていた。
「……今度はマナーを守ってライブを楽しむんだな」
勝利の台詞を残し、こちらに戻って来る青年。
静まり返っていた場が、今までにないくらい湧き上がる。
まさしく圧勝であった。
中堅の実力者たちを手玉に取った新人冒険者は、周りから掛けられる称賛の言葉を気にする風もなく、受付へと戻って来た。
驕らない青年の態度に、リリィは不覚にも胸を少しときめかせてしまった。
中断していた登録用紙の空欄を埋めながら、リリィは「お強いのですね」と素直な感想をシヴァに話すと、青年は「相手が弱かっただけかもしれない」と謙遜してみせる。
やはりこのシヴァという青年は、他の冒険者とは違う。他の冒険者であれば、謙遜どころか自慢するところであるはずだ。
ますますリリィの中でシヴァへの好感度が上がっていく。
用紙への記入が終わり、後ろに居る同僚に手渡す。
質疑に問題はなかった。特に、実力はたったいま示したばかりなので、すぐさま登録されてギルドカードが発行されるだろう。
こんな上玉をギルドがみすみす逃す手はないのだから。
あとはギルドカードが出来るまでの間、ギルドの説明や依頼の受け方、冒険者の権利、ランクの説明をするだけ。
なのだが、意外とこの説明が曲者だ。
大抵が脳筋の冒険者が説明の時間を嫌がるのだ。
とはいえ、こちらも規則である。聞こうが聞くまいが説明はしなければならない。
なぜなら、後で手続きや報酬の件などで問題が発生した場合、向こうから聞いてないと言われても、こちらは確かに説明したと主張するためである。
これも組織の利益を守るための手段である。
本来であれば、ギルドへの上納金の説明など、冒険者にとっても有益な情報だらけなのだが、聞いてもらえないのであれば意味はない。
だからといっておざなりにも出来ず、せめて上納金の部分だけでも聞いてもらえるよう努力せねばならないのが、受付に関わるギルド員の頭痛の種であった。
それほど嫌がる相手をなだめながら説明するのは骨なのだ。
だが、シヴァは違った。
こちらの説明に真剣に耳を傾け、分からないところや疑問に思ったところなどはすぐに質問を投げかけてくる。
これほど真面目に聞く冒険者は、もしかしたら初めてかもしれない。
他の冒険者からされる質問など、せいぜいがリリィの胸の大きさといったセクハラ紛いだというのに。
色々と質問してくる青年に、リリィは気を引き締めて答えていく。
なにせこの青年、他国の冒険者ギルドとは連携が取れているか、他国から流れてきた賞金首を討ち取った場合、どこの冒険者ギルドが報酬を払うのかなど、普通ならば気にしない部分にまで尋ねてくるのだから。
ギルド員、特に受付に関わる者として、質問に対する答えによどみがあっては受付嬢の名折れとばかりに、リリィは研修の際に習った知識を掘り起こし、よどみなく答えていく。これでも受付暦三年なのだ。まだまだ知識にカビは生えていない。
「シヴァ様がパス村で請け負ったのは、討伐依頼に含まれますね。きちんとした依頼でしたので、達成依頼として記録が残ります」
先ほど同僚に渡した用紙に書いているので、あらかじめギルドカードに記録されているだろう。
一通りの説明が終わったところで、そのギルドカードが来たので、青年に渡す。
今度はギルドカードの説明である。
こちらは他の冒険者も比較的素直に説明を聞いてくれる。なにせ自分の冒険者ランクが直に見れるのだから。
もちろんシヴァも黙って聞いていた。
ギルドカードでできることは、先ほども言ったが自分の氏名などの表示と一緒に、自身のランクや達成依頼数も表示される。非達成依頼数も表示されるが。
また、お金も入れることが出来る。
それを聞くと、どの冒険者も首を傾げるのだが、目の前の青年もまた同じようだ。
お金の入れ方と取り出し方を実践してもらうと、青年は目を丸くしていた。
最後にギルドカードが身分証明証にもなることと、紛失した際は速やかにギルドへ通知するよう説明すると、青年は無くしたカードに記された情報はどうなるか訊ねてきた。
この青年、着眼点が違う。普通であればそんなことなど気にも留めないというのに。
実のところ、紛失したカードの情報は、ギルド内にある『ノンモ文明』由来の魔法具で遠隔消去されるのだが、それは極秘事項である。情報を遠隔操作できると知られれば、情報の改竄を疑われるからだ。
なので、リリィとしてはギルドでなければ情報を抜き出すことはできないので安心してくださいと言うしかない。
納得していない様子の青年であったが、それも少しの間だけのことであった。自分なりに納得できる理由をみつけたのかもしれない。
ともかく、納得してもらえたのであれば、ギルドカードの説明は終わりだ。
最後に質問はないかと訊ねたところ、青年はしばし考えたの後、今までに聞いた説明を整理してまとめ、それに間違いがないか訊ねてきた。
聞く限りよく理解しており、青年がきちんとリリィの説明を聞いていた証拠でもある。
そのことが何故かこそばゆく感じながらも、「はい」と答えた。
他に質問はないか訊ねると、調べ物がしたいという青年に、二階にある無料で使える蔵書室を教える。
(さっきの私闘を見る限り戦士タイプだけど、学者向きでもあるのかしら?)
なんにせよ、勤勉であることは好ましい限りだ。
最後に、預かっていた魔石の売却額を提示する。こちらが示した売却額は4200G。もちろん手数料が引かれているが、一人で得る金額としてはまずまずの大金である。
普段であればここから不毛な値段の交渉が行われるのだが(ギルドは値段の交渉に応じていない)、青年はあっさりと了承。
受け渡すお金は手取りかギルドカードへの振込みが選べる。それを聞こうとしたところ、青年から先んじてカードへの振込みを希望された。
大抵の冒険者はカードへの振込みという手段を理解し、慣れるまでに相応の時間がかかる(中にはベテランであっても嫌がる者もいる)というのに、この青年はもう理解しているらしい。
(この人、頭の回転が速いんだわ)
もちろん、そんなことない。
シヴァが理解しているのは、半カード社会である現代日本で慣れているからである。
ともあれ、リリィの勘違いはシヴァの好感度に駄目押しをするのに十分で、
(決めたわ、私の結婚相手はこの人よ!)
実力は申し分なく、性格は穏やか。かといって根暗というわけでもなさそうで、冗談交じりの返答も時折り混ぜるくらいには気さく。
顔は平凡だが、結婚相手と見定めてからはそれも気にならなくなった。
それに、短い時間とはいえ、今まで一度もリリィにナンパな言葉を掛けてこなかったことからも、女性に対してガツガツしていないのも良い。
加えて、知識欲も情報の飲み込みも高いと見える。
これを有料物件といわずして何というのか。
(絶対にモノにしてみせるわ!)
カウンターから一段下にある、受付専用の机に置かれる支払機で、渡された青年のギルドカードへ入金をしながら、リリィはそう決心した。
入金を終え、カードをシヴァに返す。
青年が席を立つのに合わせてリリィも立ち上がり、優雅に一礼。そして周りに聞こえるよう、宣言する。
「シヴァ様、当ギルドへのご登録と魔石の売却、ありがとうございました。本日の説明は、シヴァ様の担当である私、リリスがさせて頂きました」
ギルドには、個人の冒険者を受付係りが担当する制度はない。
ないのだが、半ば暗黙のルールとしての担当ならば存在する。
いうなれば、「私はこの人に目をつけました」宣言だ。
その暗黙のルールを知っているギルド員と冒険者たちは、リリィの宣言にざわついた。
ざわついた大半は、リリィを狙っていた男どもであり、残りはリリィと同じくシヴァに好感を抱いていた女性たちである。
とはいえ、あくまで宣言。他の女性たちへの牽制程度にしかならないのだが、牽制は牽制だ。特に同じ職場で働くギルド員には有効だろう。女性冒険者には効き目はないが。
いや、シヴァという、中堅の冒険者を鎧袖一触で打ち破る破格の実力者が現れたのだから、同僚への牽制もどれほどのものか疑問だ。
それだけ強者とは、この世界ではモテるのだ。
なにせ魔物が蔓延るこの世界。
いくら分厚い防壁や強力な砲台に守られていようと、それを上回る魔物は幾らでもおり、死ぬ時はあっけなく死ぬ。
現に、このディンクと同程度の防御力を持った都市が魔物の群れ、ないし、たった一匹の魔物によって壊滅したという話はごまんとあるのだ。
だから、この世界の女性にとって、強い男性を求めより強い子孫を残そうとするのは、もはや義務めいた生存本能である。
優秀なスキル持ちや魔法使いの才能は、遺伝しやすいという結果もある。
だからこそ、シヴァが最初に立ち寄った村で出会った女性、リズもシヴァに体を許したのだ。
それに、強い男性と番いになれれば、危機に陥った時それだけ生存率が高まるというもの。
性格の不一致や好みの問題さえ無視すれば、百利あって一害ないである。
例えある程度、女性にだらしくとも許容範囲だ。そこら辺はリリィも理解している。無論、遊びでない限り、という注釈はつくが。
特にリリィの場合、今のところシヴァに対して何も思うところはない。むしろ好みのタイプである。
だからこそ、リリィという愛称で呼ぶこともさりげなく許したのだ。
彼女は本気であるし、自分の容姿にもそれなりに自信もある。これまでに振った男性の数はもうすぐ三桁に及ぶ勢いだ。……まあ、その大半が彼女の体目当ての冒険者だったが。
(絶対に負けないんだから!)
そうぎらついた目でシヴァを見送るリリィの目は、まさしく獣の目であった。
ともあれ、こうしてシヴァはリリィに目を付けられた。
ところで、ガツガツした男が嫌いなリリィであるが、今の自分がまさしくガツガツしていることに、果たして彼女は気付いているのだろうか。




