第12話 初ニアーツ
「兄ちゃん、あれが駅だ」
ニアーツについて色々と聞いている内に、どうやら駅に着いたようだ。
オルドが指差す斜め上前方。
頭上十メートルを通るニアーツ用の線路にくっつくようにして、箱型の駅が見えた。
駅には階段を使うようで、エレベーターなどは無いらしい。
(モノレールはあるのになあ)
内心首を傾げるシヴァだったが無い物はしょうがないと諦め、折り返し式の階段を昇る。
ニアーツを利用する者は意外と多いらしく、先ほどからシヴァを追い越して行く者や逆に降りてくる者とすれ違ったりしていたが、階段の幅が広いので譲ったりする必要はない。
階段で十メートルも昇ると考えれば、普段ならば嫌気が差すものだが、夕暮れが迫った時間帯ともあり、一段ごとに視線が高くなるオレンジ色の景色は見ごたえたっぷりであり、少しだけ近くなった異世界の空はゴミゴミとした日本の街よりも広く美しい。
それに、今のシヴァはWGⅢの装備であるプロテクトアーマー兼パワードスーツを着ているので階段を昇ること自体が苦ではない。
だが、それはシヴァに限ったことではないようで、見る限り辛そうに昇っている者は一人も居ないのには驚きだ。この世界の人は中々の健脚の持ち主らしい。が、現代文明に慣れたシヴァからすれば、苦では無いとはいえニアーツに乗る度に毎度階段を昇るのは御免こうむりたいところだ。
元より、ニアーツが地上から十メートルも離れて走っているのは魔物に襲われないようにするためなのだから仕方ない。そうと分かっていても、つい愚痴ってしまうのは現代人ゆえだろう。
ちなみに、魔物が現れたさいは、階段は地上から切り離され、駅へと昇ってこないように折り畳まれるそうだ。その時に階段にいる人間が潰されないよう、十分な空間も確保されている。
ほどなくして階段を昇り終え、駅へと着く。
シヴァが首をめぐらせて観察してみたところ、箱型のホームは幅が十メートル、奥行き五メートルほど。簡素な造りのようで、入り口の方にある駅員用の部屋以外は何も無く、地球で見かけるような売店は無いようだ。
天井には埋め込み式の照明が等間隔で付いており、駅構内を明るく照らしだしている。オルドに聞いてみたところ、あれも魔石を利用した『魔石灯』だという。
他には、ホームの端(ニアーツに乗り降りする場所)には転落防止用の柵とバー――いわゆるホームドアが設置されていた。ニアーツの到着と連動しているらしく、これにも魔石が使われているようだ。いやはや魔石の利便性は相当なようだ。
構内を一通り観察し終えたシヴァは、ようやく自分がチケットを買っていないことに気付き、隣に立っているオルドへと向き直って訊ねる。
「そういえばチケットはどこで買えば良いんだ?」
「おう、それならあそこで買える。買い方も教えてやるよ」
オルドが指したのは駅の入り口にあった小さな部屋だ。あそこが窓口だったらしい。
近寄って見ると、窓口には男性がおり、窓口の上には路線図があり、その隣には路線図に対応した時刻表と価格表らしきものもある。
(これがこの世界の文字か。ふむ……やはり見たことがない文字だ)
時刻表などに書かれた文字は見慣れないもので、無理に似たような文字を挙げるとするならば、ロシア字に近いともいえなくもない。
(数字も見慣れない物だが、恐らく十進法だろうな)
シヴァがそう結論付けたのは、数字と思しき物の数が、十個以上見られなかったからだ。
ちなみに、文字も数字も翻訳機能が働いており、どちらの上にも日本語訳がルビ表記の形でシヴァの視界に浮かんでいた。
「兄ちゃん、あの路線図を見てみろ。今、俺たちがいるのが『カマルス駅』だ。……おう、二重丸で記されている所な。んで、俺たちが向かう都が、大きな丸で示されている『商業都市ディンク』ってところだな」
路線図を指しながら説明してくれるオルド。見るとディンクまでの間に二つほど駅を通るようだ。
「乗換えとかあるのか?」
「もう路線図の見方を覚えたのか、飲み込み早ぇな兄ちゃん。駅には停まるが乗り換えはねえよ、乗ってりゃ着く」
感心したオルドが次に時刻表の説明するのを半ば聞き流しながら、
(次のニアーツが来るのが18:00丁度。今が……17:31だから、約半時間後か)
PZ5のホームメニューから時間を確認したシヴァの横で、時刻表の説明を終えたらしいオルドが価格表を指差して説明しようとたのを遮り訊ねる。
「あのカマルス駅―ディンク間、五百Gってのがそうだな? あの窓口で言えば良いのか?」
「その通りだがよ……本当に飲み込みが早えな。本当に乗るの初めてなのか?」
胡乱気な目で見てくるオルドに、内心少しやりすぎたかと思うも無視するシヴァ。
思ったとおり、窓口で伝えて購入するようだ。2090年代の日本ではすでに存在しない販売形式だが、話には聞いたことがある。
「まあいいや。うら、買い方が分かったんならさっさと買って来い」
胡乱気に見ていたオルドに背中を押され、窓口に立ったシヴァ。行き先を述べながら代金を置くと、窓口の男性は愛想の良い笑顔を浮かべながらチケットを渡してきた。
受け取ったチケットを見ると『カマルス駅―ディンク』と明記され、カマルス駅の文字の上にはスタンプが押されていた。ここで乗ったという印だろう。
「チケットは失くすなよ。降りた駅を出るときに提示しなくちゃなんねえからな」
「分かった」
「次のニアーツは半時間後だ、適当に待ってようや」
言って、窓口から離れたオルドは構内の適当なところで背負っていた大荷物を降ろすと、その上にドッカと腰を下ろしてしまった。
シヴァもオルドの側に腰を下ろしながら、そういえば外国の電車とかって定刻どおりに着かないと聞いたことがあるなと思い、隣の大男の商人に訊ねてみた。
「ニアーツの運行は基本、『魔石回路』が行っているからな。魔物に襲われでもしねえ限り遅れるとかありえねえよ。きっちりばっちり定刻どおり着くから安心しな」
魔石回路というのがどういったものなのかは分からないが、聞く分には恐らく無人運行システムなのだろうと判断したシヴァは驚きを示すように目を大きくした。
「無人で動いているのか?」
「おうよ。一応、運転手はいるが、まあそっちは非常時に備えてだな」
なるほどと納得するシヴァ。異世界のモノレールは日本並みに時間に正確らしい。
ほどなくして、駅員が笛を鳴らし、不必要にホームドアに近寄らないよう注意を呼びかけ始めた。
都行きのニアーツが到着したようだ。
駅に進入してきた三両編成のニアーツが、ゆっくりと減速しながら停まる。車両の扉とホームドアのバーの位置がピタリと一致していた。
PZ5で時間を見ると、16:00丁度。なるほど確かに時間に正確だ。
箱型の大型車両を観察してみると、支柱やレールよりも明るく艶のある銅褐色を下地に暗褐色の斑が入った、いわば大理石調。中々に高級感がある色合いだ。
スライド式の扉はドアノブが付いていることから、流石に自動ではなく手動ではあるようだ。一車両につき片側二つのみ。
手動式の扉と車体の大きさ以外は日本でもみる電車とそっくりだ。
ホームドアのバーが下り、ニアーツ側の扉を駅員が開けると、待っていた人たちが荷物などを抱え乗り込んでいくが、降りてくる人は殆どいないようだ。
「ほれ、俺たちも行こうぜ」
いつの間にか荷物を背負って立っていたオルドが手を差し伸べていたので、シヴァは彼の手を取って立ち上がり、ニアーツへと歩き出す。
いざ乗り込んでみると、電車にそっくりだという感想はさらに強まった。
車体両脇に備えられた長椅子型の座席。その上には荷物を置くためのラック。光を取り入れるための広い窓。
日本の電車との違いは吊革がない事と、天井に備えられている用途不明の折り畳み式の階段くらいしか見当たらない。吊革がないことから、立つほどの満員にはならないのだろうと推測できる。
世界は違えど、やはり人の発想の行き着く先は似るものなんだなと、シヴァは感慨深く思った。
オルドの大荷物は流石にラックに入らないため、床に置いて適当な席に座り、出発まで大人しく待つ。
その間を利用して、先ほどから気になっていた天井に付いている折り畳み式の階段をオルドに訊ねたところ、この強面の商人が答えたのは、
「あれは空の魔物が襲ってきたとき、雇われている傭兵がレールの上に出て迎撃するための階段よ。……ああ、扉なら階段を降ろせば見えるぜ」
空を飛ぶ魔物と聞いて最初驚くシヴァだったが、よくよく考えればゴブリンがいるのだから空の魔物がいてもおかしくないだろうと気付き、傭兵の件も合わせて納得した。
襲い掛かる空の魔物と聞いて、すぐに思いついたのがドラゴンである。だが、それを聞いたオルドは笑って「そんなん出て来たら迎撃する前にお陀仏よ」とのことで、それよりも遥かに弱いハーピーなどが主な魔物だそうだ。
やはりドラゴンはこの世界でも最強らしいが、シヴァの持つレベル999でステータスカンストの『EFⅩⅥ』と、百近くある全てのジョブをマスターし、色んな意味でバランスブレイカーとされた最強の隠しジョブまでマスターした『一攫千金! ジョブ☆チェンジ』(もちろんレベル、ステータス全てカンスト済み)とでは、どちらが強いだろうか?
上に挙げたゲームの話ではあるが、どちらでもシヴァの持つキャラはドラゴンなど武器を持てば1ターン、素手でも3ターンあれば殺せる。
(いつかは試してみたいところだな……)
それからほどなくして駅員が笛を鳴らし、扉を閉めた。
出発の時間のようだ。そう思うと、鼓動が高鳴る。
シヴァはそこまで鉄道に興味はないが、モノが異世界産ともなれば話は別だ。
乗客がさほど居らず、席にも余裕があることをいい事に、シヴァは体を捻り、窓から駅のホームを眺める。
次のニアーツを待つ者がちらほらと居るが、それでもガランとして見えた。
十年前にようやく少子化を脱却した日本であれば、どの駅でも大抵は見送りをする者で溢れているのが日常なので、シヴァには寂しい景色に見えて仕方ない。
(まあ、魔物がいる世界で見送りもなにも、そもそもそんなに外に出る機会はないのかもな)
駅の雰囲気にやられたのか、気付けば先ほどまであった高鳴りは冷めていた。
窓辺に頬杖を付いて眺めていると、ニアーツが静かに動き出す。
頭上から微かに聞こえてくるのは何かの駆動音か、それともレールを滑る車輪の音か。
ゆっくりと流れていくホームは十秒と経たない内に視界から消え、広大に広がる大地に取って代わった。
反対側の窓から差し込む夕陽。眺める窓の外には夜の気配を含む深い藍色の東の空に、刻一刻と影が覆っていく大地が見えた。
少しの振動を道連れに、ニアーツは商業都市ディンクを目指して進んでいく。




