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第10話 時間の流れは胡蝶の夢が如し

 ゴブリン退治を終えたシヴァは、村に戻り村長の家を訪れていた。


「……た、確かにゴブリンの犬歯」


 村長は机の上に置かれた討伐証明である右犬歯を見て驚愕する。


「モブゴブリンやゴブリン・ストローだけでなく、ストロー級の亜種(ユニーク)までもいた集団をこの短時間でとは、いやはや驚くばかりです」


 村長の隣に座る、昨日も居た門番の男も同じ表情で追従した。 

 それもそのはず、シヴァが村を出てまだ一時間ほどしか経っていない。なのにシヴァが早戻って来たと聞いたとき、村長たちは逃げ帰ってきたかと思ったほどである。

 だが、実際にはちゃんと退治し終えていたので驚いたのだ。


「ゴブリン相手ならこの程度、造作もないさ。紹介状という報酬もあるしな」


「うむ、この実力ならば儂(わし)も喜んで紹介状をしたためさせて貰いましょう」


 村長の強い頷きにシヴァは内心でガッツポーズを決めた。


「書くのに少し時間を頂くが、こちらで待つかね?」


 村長に問われ、ふむとシヴァは顎に手を当てて考える。こちらで待つのもいいが、どうせならこの時間を使って一度日本に戻った方が良いかと考えたのだ。

 こっちの世界に来て早三日目。異世界と元の世界の時間の流れが一緒だった場合、シヴァは誰とも連絡を取らないで三日を過ごしたことになる。

 むろん、何度かゲームソフトを入れ替えるために何度か元の世界に帰ってはいるが、それでも異世界で過ごしている時間のほうが圧倒的に長いのだ。

 所有しているマンションとアパートの運営を管理会社に丸投げしているとはいえ、それでも数日にいっぺんは管理会社から報告やらの電話が来るし、友人からの電話も来る。それらに何日も出なければ不審がられて部屋まで誰かが来るかもしれないと考えれば、ここらで一度戻り、管理会社と友人たちに数日ほど独りになりたいので連絡手段を持たずに遠出すると伝えておいたほうが良いだろう。

 それはそれで理由を聞かれるかもしれないが、自分探しに出るとか適当な理由でもつければ良い。


(それと、こっちの世界と元の世界の時間の流れにズレがないかも調べておきたいしな)


 異世界で過ごす一時間が元の世界の一日とかに相当すれば大問題だからだ。さすがにそこまでのズレはないだろうが。

 本来ならこういったことは最初のうちに済ませておくに限るのだが、どこか抜けているシヴァである。

 ともかく、そういった事情もあってここに留まるよりも宿に戻る方が何かと都合が良い。

 この場で元の世界に戻った場合、村長たちにはシヴァが忽然と消えたように見えるかもしれないからだ。そうなったら大騒ぎになるだろうと思い、思案していたシヴァは首を横に振って村長に答えた。


「いや、宿で待たせてもらうとしよう。推薦状とやらを書くのにどのくらい掛かりそうか?」


「報酬の金もあるから、そうさな……大体一時間くらいは欲しいんだが」


「分かった。一時間後にまた伺(うかがわ)せてもらうとしよう」


 シヴァが席を立つと、門番の男が「自分も行こう。ゴブリンが退治されたことを触れなければいけないからな」というので、宿まで一緒に行くこととなった。



 宿に着くと、ゴブリンの集団が出たとの報せを聞いて集まっていた人たちが不安そうな顔をして早速群がってきたが、門番の男が事情を説明し始めると表情は一転して安堵の色に変わっていった。

 村人たちから感謝の声を貰いながら「少し休む」と言って部屋へと戻るシヴァ。


「……ふぅ。人から感謝されるなんて滅多にないから戸惑うな」


 これが半ニートの悲しいところである。照れ隠しにポリポリと頬をかくが気持ちを切り替えるべく、今度はパンパンと頬を叩(はた)いた。


「さて、時間は一時間しかないんだし、ちゃっちゃと用事を済ませてくるか! っとその前に、こっちの時間はっと」


 両方の世界の時間の流れを確かめるべく、脳内コントローラでPZ5のホームメニューを呼び出して右上の時計を確認すると、時刻は『アトラージュ暦5992 4/3/ 14:21 36』となっていた。

 PZ5のホームメニューやゲーム内メニューを開いている間は何故か時間が止まるのでこういった検証の際は便利である。


(午後の二時二十一分三十六秒ね。おしい、後一分あとだったらぞろ目だったのに……ってそんな事どうでもいいか。さて、今度こそ戻ろう)


 時間が止まっている間は自身も声を出せないので頭の中でしょうもないことを考えつつ、ホームメニューを閉じて、今度はゲーム内メニューから『タイトル画面に戻る』を選択して日本の自室に戻るのだった。



 視界が暗転した後、まず目に入ったのはテレビに映し出されたW(ワールド)G(ギア)Ⅲのタイトル画面が暗闇の中に浮かび上がっている。

 目を他に向けると、確かに日本の自室だった。部屋が暗いのは遮光カーテンがほぼ年中引かれたままだからだ。


「うし、戻って来た。こっちの時間は……今調べても仕方ないか。帰るときに確認しよう。まずは――」


 日本の自室に戻って来たシヴァは、すぐに行動を開始した。

 最初に管理会社に電話し、数日から一週間ほど遠出するので連絡がつかなくなるが、戻ってきたらこちらから連絡する旨を説明し、次に両親や付き合いが長い友人たちにも同じ事を言う。

 管理会社は問題なく了承し、シヴァの両親も元より放任主義なので一人息子がどこに行こうと心配する素振りも見せなかったが、シヴァとしてもその方がありがたい。友人たちは土産を頼むと言われたが、笑ってスルーした。

 最後に一番付き合いが長く、中学からの腐れ縁でもある友人、オタルに電話を掛けたのは、聞きたいことがあったからだ。


「――フッ、ついに俺の力が必要になったか、シヴァ」


 繋がるや否や、聞こえてきたのは芝居がかった台詞だった。


「いや全然これっぽっちも必要ないな。聞きたいことはあるけど」


「ならば問うがいい。俺はそれに答えてみせよう」


 しかしシヴァも慣れたもので、速攻で切り捨てた。が、相手もさるもの、シヴァのあしらいを華麗にスルーしてのけた。


「相変わらず堪(こた)えないのな、腐れ中二ート」


「フン、このくらいで堪えるのならこの年まで病気をこじらせたりするものかよ。あとニートは余計だ」


 オタルという男は中学からこんな感じであり、二人の会話もずっとこんな感じではあったが不思議と気が合う彼らだった。


「で、シヴァよ。俺に何が聞きたい? またゲームのことか?」


「ん、正解。ソフトの入れ替えが面倒でさ、何かツールとかないか?」


 シヴァはこれまで、異世界にいる間状況に応じてソフトを入れ替えたりしていたのだが、一々こっちに帰ってきてソフトを入れ替えるのが面倒になってきていた。

 そこで考えたのが、ゲームソフト自身をPZ5に入れることが出来ないかということだ。以前、ネットでそういったツールが出回っていると見た記憶があり、オタルならあるいは、と思ったのだ。


「……は? お前馬鹿だろ?」


 だがしかし、返ってきたのは多分に呆れを含んだ言葉であった。


「馬鹿って何だよ」


「シヴァよ、PZ5のファームウェア最新だって言ってたよな? 新しく追加された機能にソレ、付いてるぞ?」


「……マジか」


 マジだ。というオタルの言葉に、シヴァは慌ててPZ5のホームメニューを漁り、『ソフトのイメージ化』という項目を見つけた。

 最近ファームウェアの更新が多く、いちいち変更点を見ていなかったので分からなかったシヴァである。


 試しとばかりに、早速WGⅢをイメージ化してみる。すると画面には『終了予定時間残り30分』と出た。


「マジだった。いや、すまん、助かった」


 嬉しいのは、PZ5の兄弟機である携帯ゲーム機であるPZ Bidama(ビーダマ)(通称Pダマ)も同じことができるということだ。これでPダマのソフトも入れ替える必要は無くなった。といっても今のところ『シャシカノ』しかないが。


「気にするな。ゲームを色々買ってもらったからな」


「ゲーム? ……ああ、何日か前にセーブデータを貰った時のやつか」


 異世界を旅すると決めた時、状況に応じてゲームを使い分けようと思いたったが、ステータスやアイテムなどをコンプしていないタイトルが幾つかあった。

 そのゲームのコンプしたセーブデータをオタルが持っているというので三日前に貰ったことがあり、その際の報酬としてオタルが欲しがっていたゲームを何本か買ってやったことがあったなと、シヴァは思い出した。


「おいおい、耄碌(もうろく)する歳でもないだろう。何日も前どころかほんの半時間前のことだぞ?」


「……何?」


 オタルの言葉にシヴァは慌てて耳から携帯を放し、その液晶画面をトップに変えて日時を確認したところ、そこに表示されていたのは『209*/4/10 10:56 02』となっていた。

 それは確かに、シヴァがオタルからセーブデータを貰った日だった。


(……異世界で三日も過ごしたのに、こっちでは殆ど時間が進んでない?)


 単純に考えれば向こうの三日はこっちの時間に換算すると三十分程度ということになるが。


(いや待て。確かあの日は異世界に行く前にご飯とトイレに行ったんだよな。それが多分二十分そこら。あとは何度かソフトの入れ替えに戻ってきてるから……それらを含めれば大体三十分にはなるな)


 だとすれば、向こうで三日過ごしたのにこっちでは“殆ど”時間が進んでないどころか“全く”時間が進んでないことになる。


(そんな馬鹿なことがあるのか? いや、ゲーム機を通して異世界に行ってる時点で馬鹿げた現象なんだが……となると)


 もし向こうで何日過ごそうと、こっちでは時間が全く経過していないのであれば、こっちで過ごしている時間は、異世界の時間においてどのくらい経っているのだろうか? とシヴァは疑問に思った。

 やはり全く時間が経過していないのか。それとも幾らかは経過しているのか。

 電話からはオタルの声が聞こえてきていたが、シヴァはそれに答えぬまま、PZ5のコントローラを手に取った。


(どうせ異世界で過ごす時間がこっちに影響しないのであれば、今向こうに戻っても問題ないだろう。今は俺がこっちに帰ってから向こうでどのくらい時間が経ったのか調べるのが先だ)


 こっちに戻ってからすでに十分以上は経っているはずである。

 シヴァはオタルの声を聞き流しながら、スタートボタンを押したのだった。



(……二時二十一分三十七秒。マジか……多分、一秒も進んでないな)


 異世界へと戻って来たシヴァは、すぐにPZ5のホームメニューから時刻を確認した。

 結果、一秒しか進んでいなかった。その一秒もホームメニューを開くまでに掛かった時間だろうことから、実質的には時間は全く進んでいないことになる。

 ということは、異世界で過ごした時間は元の世界では一瞬にも満たない時間であり、元の世界で過ごす時間も、異世界においては一瞬にも満たない時間であるということ。


(まるで胡蝶の夢だな)


 シヴァが思い出したのは、中国の故事に出てくる話である。

 ある日、夢の中で蝶になった男がこの世の春を楽しんだ後で目が覚める。蝶となって過ごした時間は男の一瞬の夢の出来事であり、また、男が夢で蝶になったのか、それとも蝶が夢の中で人になって過ごしているのか

は分からないという話だ。

 シヴァはこの話に今の状況と異世界と元の世界を行き来できる自分とを重ねたのだ。


(まあ便利だからいっか。両方の世界で過ごす時間がどちらか一方で経過しないってことは、気兼ねなく異世界ライフを満喫できるってことだしな!)


 それと、時間が経過していないのであれば、今後は人前でも気にせず元の世界に戻れるということだ。これは便利なことだろう。

 シリアスな面持ちから一転、シヴァはお気楽に考えることにした。元よりシリアスが苦手な男なのだ。


(さて、そうと決まれば一旦(いったん)、元の世界に戻るか。オタルを放っておいたままだし)




「――おい、シヴァ、聞いてるのか?」


「ああ、すまんすまん。聞いてる聞いてる」


 自室に戻って来たシヴァは、オタルへと返事を返す。その前に携帯の画面で時間を確認したのだが、やはり異世界へ行く前と変わっていなかった。


「まったく、突然黙りやがって。新手のイジメかと思ったぞ。ああ、それとな、もし耄碌(もうろく)したのなら悪いことは言わん。お前の貯金を全て俺に渡――」


「ざけんな腐れ中二ート。それに耄碌なんかしてない、ちょっと寝不足で頭が混乱しただけだから安心してバイトでも探せ」


 オタルの言葉の上から被せるように言いながら、適当に誤魔化すシヴァ。


「チッ!」


「……そんなに働くのが嫌か」


「半ニートのお前にだけは言われたくないわ!」


 時間の事を気にしなくても良くなったシヴァは、全てのソフトをイメージ化する間、オタルと不毛な言い合いを続けたり食事を摂ったりしてから異世界へと戻っていったのだった。

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